第172話 謝罪の理由と勇者の素性

 何故か謝罪してくる、エドアール教頭。

 国王に頼まれて生徒に国の極秘クエストを押し付けたからだろうか?


 しかし、俺は次期勇者パラディンだ。

 国の一大事となれば招集されるのは当然だと思うが……。

 ましてや相手はエンシェントドラゴン、並みの軍事力で勝てる相手ではない。


 当然、優秀な特殊スキル能力者が必要となるだろう。

 それこそ勇者パーティの存在が不可欠となる。

 また勇者パラディン達を補佐する者も必須だ。

きっと俺達はそこに当てられるに違いない。


「教頭先生が謝る話じゃないと思いますよ? エンシェントドラゴンの危険性は誰だって知っていることですし、俺達もそれなりの覚悟があって今まで戦って来たんですから」


「いや、私が謝罪したのはそっちの意味じゃない……そのぅ、今の勇者パラディンの件でね」


勇者パラディンですか? まぁ、当初の予定より会うのが早くなった程度で、俺としては別に問題はないかと?」


「いや大問題なんだ、その勇者パラディンがね」


「はぁ?」


「――エドアール教頭、それ以上は!」


 俺が首を傾げる中、スコット先生が制止を呼び掛けていた。

 なんだ、妙な感じになっているぞ。

 

 エドアール教頭、まるで俺と現役の勇者パラディンと会わせるのが申し訳ないという様子だ。

 けど先週、ウィルヴァの件で落ち込む俺に対して「一度会ってみるといい」とか言ってたじゃん。


「……いえ、スコット先生。ここまで来たら正直に打ち明けるべきでしょう。本当は王城で顔合わせする程度なら問題ないと思ったのですが、共にクエストとなると……否が応でも彼女の人物像が明らかになってしまいますからね」


「彼女? 今の勇者パラディンですね?」


「ああ、そうだクロック君……名は、『サリィ・ストーン』。我が王立恩寵ギフト学院スキル・カレッジ始まって以来の恥とも言える生徒だった」


 は、恥?


 いや仮にも勇者じゃん。

 一国の象徴に対して何を言っているんだ、エドアール教頭は?


 すると隣に立つリーゼ先生が、俺に向けて視線を合わせてきた。


「本当だよ、クロウ君……サリィちゃんは元盗賊シーフだけあり、色々と手癖の悪い子なのよ」


盗賊シーフだって!?」


 マジかよ……盗賊シーフだったのに勇者パラディンになったのか?

 けどそれを言うなら、雑用係ポイントマンなのに次期勇者パラディンになった俺も十分に異色だよな。


「先生殿、手癖が悪いとはどういったことでしょか?」


 アリシアが訊いている。


「色々よ。基本、窃盗は美学だと思っている子だからね……勇者パラディンになっても変わらなかったわ。時折、ヘマして衛兵隊に掴まって二~三日牢獄に入っていたため、クエストに遅れたことさえあるんだからね……あとぉ」


「あと?」


「……先生から言えない。エドアール教頭、言い出しっぺなので説明してもらっていいですかぁ?」


 いつも教頭には頭の上がらないリーゼ先生が、珍しく強気な姿勢で話を振っている。

 ついさっきまで「先生の中で現役の勇者パラディンはいない」と断言していたからな。

 円満退社とか言いながら、実は勇者パラディンと揉め事でもあったのだろうか?


 エドアール教頭は「ふぅ」と深く溜息を吐きながら首肯した。


「……わかりました、いいでしょう。ただし私が関わっている範囲だけですよ。それ以外のことは……まぁ会えばすぐにわかるでしょう。特にクロック君のパーティはレディばかりですからね」


 ん? 何を言ってんだ?

 俺のパーティが女子であることで何がわかるって言うんだ?

 そう幾つも疑念が過るも、エドアール教頭は「では話しましょう」と進めてくる。


「今から五年前。サリィさんは生徒としては優秀な方でした。抜群の特殊スキルは勿論、学科もトップクラスで申し分ない才覚を秘めています……ただ、リーゼ先生が仰ったように素行が悪く、国を象徴となる勇者パラディンの資質に欠けていると、少なくても私は評価していました」


「けど、そのサリィって人が今の勇者パラディンなんですよね? エドアール教頭先生が推薦した……」


「私は推薦などしていません。当時、推薦したのは別の生徒です」


「え? どういうこと?」


「……一杯食わされたといいましょうか。気がつけば、私がサリィさんを推薦したことになっていました」


「食わされたって騙されたってことですよね? 教頭先生ほどの吸血鬼ヴァンパイアが、いったい誰に……」


「犯人はわかっています。きっとサリィさんでしょう」


「え!? ま、まさか! 仮に本人だとして、どうやって」


「それが、サリィちゃんの特殊スキルなんだよ、クロウ君」


 リーゼ先生から補足の説明がなされる。

 だけど、さっぱり意味がわからん。


「特殊スキル? 不正する能力ってことっすか?」


「ああそうだ、クロック君。その表現に近いスキルだよ……サリィさんは自身の特殊スキルで推薦状に、本来私が書いた生徒の名を自分の名として差し替えたのだ」


勇者パラディンの推薦状を差し替えた? けどそれなら筆跡とかでエドアール教頭先生の字じゃないとかわかりますよね?」


「それがサリィさんの特殊スキル能力だ。勿論、証拠がないし証明のしようもないがね。何故なら、どの生徒を勇者パラディンに推薦したかは私しか知らないからだ。記載した推薦状は封緘されたまま、ゾディガー王に届けられて国王によって開封される仕組みなのだよ」


「つまりゾディガー陛下が開封されるまで知っている者は、エドアール教頭しか知らないと?」


「その通りだよ。まぁしかし、クロック君やウィルヴァ君のように候補は何人かいたがね……しかし知っているのは教師だけで生徒は知ることはない。ただ推薦権を得られた生徒だけが、私に呼び出される仕組みなのだよ。以前から言っているだろ、キミ達は特例だと」


「ええ……本来、ここが気楽にこられる場所ではないと存じています」


「まぁそこは私がキミ達を気に入って、事あるごとに呼びつけているんだけどね……話を戻すとして、サリィさんも一応は候補に入っていた。けど実際、私は別の生徒を呼びつけており、彼に推薦権がある旨を伝えているんだ。そうですよね、スコット先生?」


「はい。教頭の指示で手引きしたのは私なので間違いないです」


「ですが蓋を開けてみれば、推薦状にはサリィさんの名前が記されていた……知る人が知れば『あ~あ、サリィめ、やりやがったな』と思うでしょ?」


「エドアール教頭先生からすればそうですね……俺は、そのサリィって勇者パラディンが持つ特殊スキルの実体が知らないので何とも言えませんけど」


「そこは共にクエストを行うことでおいおい知ることになるだろう――っとまぁ、そういうことがあってね。私の署名と捺印がされている以上は陛下に『やっぱ間違いです』とは言えず、そのままサリィさんに勇者パラディンになってもらったという経過があるのだよ」


 エドアール教頭から「間違いです」と言えない理由として、ゾディガー王にあまり弱味を握られたくなかったこと。

 また勇者パラディンの任期は非常に短いため、まぁいいかっと妥協した部分もあったと言う。

 随分と杜撰だけどな。


 それとサリィも本来推薦した生徒より特殊スキルや戦闘能力面において圧倒的に高く、素行さえまともなら勇者パラディンの素養は十分に備わっているらしい。


「……話はなんとなく理解しました。後は会ったらわかるって感じですね。けど、それでもエドアール教頭先生が、俺に謝罪するほど気に病む必要はないのでは?」


「そうかもしれない……だが一つは私の個人的な矜持と王家間の関係で、サリィさんの不正を咎めず放置してしまったこと。もう一つは、彼女と共にクエストを行うことで必ず揉める事になるだろう。そこが心苦しくて、つい謝罪の言葉をね……」


「大丈夫です。俺も多少のことは流すことができますので」


 糞未来でトラウマを抱え散々鍛えられているからな。

 多少煽られたくらいで動じることはないだろう。


 けど教師達の反応は違っていた。


「いや、必ず揉めるよ。サリィさんはそういう人だからね」


「私もエドアール教頭の仰る通りだと思う。勇者パラディンでなければ今頃は国外追放となっても可笑しくない」


「クロウ君、ほんと酷いからどうか気をつけてね」


 マジかよ。

 もう散々な言われようじゃね、その先輩……。

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