第173話 悪評ばかりの女勇者

 あれから準備を整え、俺達はミルロード王城に向かった。

 スキル・カレッジの権力者である、エドアール教頭から直々の要請という形で午後の授業は免除となる。


 教頭室での話し合い後、間もなくして俺達を迎えに騎士団が数台の豪華な馬車引き連れて訪れた。

 まるで王族並みのVIP扱いに学園内は騒然となり、またもや俺に対して注目の眼差しを集めてしまう。


 なんだか糞未来でウィルヴァが勇者パラディンに決まった時よりも話題の的になっている気がする。

 まぁ、あの未来じゃウィルヴァが勇者パラディンに選ばれることは必然だったからな。好敵手ライバルになりそうな生徒もいなかったし。

 加えて俺は劣等生から成り上がったわけで、そのエリートに勝った男として何かと話題性があるのだろう。


 なので、これも次期勇者パラディンの務めだと割り切ることにした。



「――結局、勇者パラディンの悪口しか話さなかったな、エドアール教頭……」


「仕方ないよぉ、クロウ君。サリィちゃん、本当に酷いからね……唯一、褒められるのは戦闘面と地頭が良いくらいかな。後は教頭先生が言っていた通りの子だと思うよぉ」


 送迎馬車にて。

 俺の向かい側に座っている、リーゼ先生が愚痴を漏らすように言ってくる。

 エドアール教頭により、元勇者パーティの一員である彼女も同行するよう指示を受けていた。

 いつもポジティブなリーゼ先生にしては嫌々そうに引き受けていた気がする。


「嘗て一緒のパーティだった先生も、よく円満退職できたよね?」


「勿論、最初は却下されたよぉ。けど先生の場合、サリィちゃんの気に入りそうな後輩の子を代わりに紹介したことと、あとは彼女の弱味を握っていたからね……それで退職できたって感じかなぁ」

 

 それのどこが円満だよ?

 もろ脅迫して、ようやく退職に持っていった形じゃねーか。


「弱味って何?」


「色々よ。元盗賊シーフだけに手癖が悪いからね。衝動的に窃盗を働いては、よく衛兵に捕まってたわ……まぁ大抵は先生がチクってたんだけどね。それと自称、恋愛マスターを名乗っていただけに相当浮世を流していたって感じぃ。よく一般人に手を出して泣かせていたわ。バレたら間違いなく勇者職パラディン剥奪だねぇ」


 え~っ、マジかよ。

 窃盗だけでも超ヤバイってのに、男遊びまで頻繁だったとは……そりゃ勇者失格だな。

 てか泣かされる一般人の男達って何よ……トラウマを背負い克服を目指す俺としては、情けない連中ばかりだぜ。

 大方どっかのヘタレ美少年とかがお好みってか?


「偽装までして勇者職パラディンになりたかったのに素行を改めぬとは、私にはよくわからない思考ですね?」


 俺の隣でアリシアが気難しい表情を浮かべている。

 そりゃ常に騎士道を貫き正々堂々としている彼女が想い浮かぶ勇者パラディン像とは相当かけ離れているからな……無理はないか。


「基本、サリィちゃんは損得勘定で物事を判断するからねぇ。勇者パラディンの大変さより『特権』に目を付けたって感じぃ」


 確かに命を懸ける分、ほぼ未来が約束されているからな。

 引退後も城を与えられ、貴族の領主として領土だって貰える。

 そして優秀な子孫を残すため、一夫多妻制が認められていると言う……。


「あとはエドアール教頭が推薦しようとした生徒にも不満があったみただよ……学生の頃、『あんな見栄えだけのイモより、私の方が遥かに優秀だもん』って口癖のように言ってたわ。確かに実際、『竜狩り』に関してはサリィちゃんが優秀なんだけどね」


「確かに満期まで勇者パラディンを全うしていた人だからね……実力は本物かもしれない」


「ん~? クロウ君、サリィちゃんはまだ現役だよぉ?」


「あ、いや……そうっすね、ははは」


 危なねぇ……うっかりポロるところだった。

 まさか五年後の未来からタイムリープしたとは言えないよな。

 言ったところで信じてもらえないだろうけど。


 そうこう雑談している内に、ミルロード王城に到着した。

 馬車から降りた途端、騎士達が整列して出迎えてくれている。


「次期勇者パラディンクロック・ロウ様! それにパーティの方々、ようこそおいでくださいましたぁ!」


 鎧を纏った騎士隊長らしき人が敬礼すると、配下の騎士達から兵士に至るまで一斉に敬礼してきた。


 なんっつう、ウェルカムな待遇だ。

 まるで現役の勇者パラディン並みじゃないか?


「あのぅ、お出迎えは嬉しいんですけど、俺ぇまだ学生だし正式な勇者パラディンじゃないので、こういうのはやめてもらっていいですか?」


「いえ! 騎士団の中で勇者パラディンはクロック・ロウ様となっております!」


「いやいやいや、ちゃんといるでしょ現役の勇者パラディンが?」


「いえ、おりません! 皆、記憶から抹消しております! 早く任期を終える日を待ち侘びている次第です!」


 え? 何よ、それ?

 もろスキル・カレッジの教師達と同じ反応じゃん。

 

 そういや、何度も窃盗を働いて衛兵に掴まっているんだっけ。

 だから騎士達にまで存在を否定されているのか?


 やべぇとしか言えないぞ、サリィ・ストーンさん。


 それから俺達は『謁見の間』に案内された。


 重鎮達が整列する赤絨毯の奥側に、玉座に腰を降ろす老人ことゾディガー王がいる。

 国王のすぐ隣には側近の宮廷魔導師と最高司祭が立っていた。


 さらにアリシアによく似たソフィレナ王女もいる。

 俺を見るや、こっそりと手を振ってくれた。


 兵士の案内で、俺達は赤絨毯の上を歩かされる。

 既に冒険者風の装いをした6人の女性達が国王の前で跪いていた。

 俺達も彼女達に習い跪き、深々と頭を下げる。


「よく参られた、クロック。まずは其方が次期勇者パラディンになり、余は嬉しく思うぞ。ソフィレナも大層喜んでおる。そうじゃな?」


「はい、お父様……いえ陛下。これでミルロード王国の未来は安泰だと思っております」


 ずっと俺のことを推してくれた二人だけに、めちゃくちゃ喜んでくれている。


「ハッ、これも陛下と姫さ……いえ、ソフィレナ王女のご支援の賜物だと感謝しております!」


 いくらソフィレナ王女と友達の間柄とはいえ、このような場でタメ口は不味い。

 もう以前の俺じゃないのだから、王族に対し礼節はわきまえないといけないぞ。


「うむ、しばらく会わん内にすっかりらしくなったな。余は嬉しく思うぞ。さて、わざわざお主を呼んだのは他でもない。大体のことはエドアールから聞いていると思うが……」


「ハッ、エンシェントドラゴンの件ですね?」


「うむ。大群を引き連れ、突如現れたかと思うと点々と各国に奇襲を仕掛けておる。幸い、どの国も陥落に至らず事なきを得ているが、隣国のネイミアも襲撃を受けている以上、次は我が国だと確信しておる。クロックとパーティ達には、竜共が体制を整えている内に行動に移してもらいたいのだ……隣にいる勇者達と共に――」


 隣だと?

 じゃあ、この女性達が……現役の。


 そう思考を凝らす中、ゾディガー王から「座ったままの自己紹介もあれだろう。双方立ち上がり、顔を合わせるが良い」と告げられる。


 俺達は言われるがまま、その場で立ち上がり向き合った。


「紹介しょう。その者が現在の勇者パラディン、サリィ・ストーンだ」


「サリィよ……アンタがあたしの後釜のね、ふ~ん」


 少女、いや女性だろうか。

 随分と背が低く小柄な彼女は探るような眼差しで、この俺を見据えている。


 屈強の勇者パラディンにしては随分と華奢だと思った。

 長いブラウン髪を後ろに束ねるポニーテールに、ネコ科の動物を彷彿させる目尻が吊り上がった大きな瞳、形の良く小さな鼻梁と唇。まるで子猫のような愛らしい容貌だ。

 小柄な見た目もあって、実年齢は23歳くらいの筈だが随分と幼く見える。

 下手すれば俺より年下と思われても可笑しくない美少女。


 また俺と同様に身形も軽装だ。

 動きやすい青と白を基調としたコートにマフラー姿で、両腰に短剣を二本ずつ携えている。


 この子、いや彼女が現役の勇者パラディンか……。

 けど悪評の割には、普通のロリ系っぽい美少女に見えてしまう。


「初めまして、クロック・ロウです」


「気に入ったわ!」


「へ?」


 いきなり声を張り上げる、サリィに俺は首を傾げる。

 なんだ、いきなり……何を気に入ったんだ?


 まてよ。この女勇者、男遊びが半端ないって言ってたな。

 やべぇ……ひょっとして俺、目を付けられたのか?

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