第十二章 勇者達の乱戦

第170話 変わりゆく女子達の関係

 あれから数日後。

 俺こと、クロック・ロウを取り巻く環境が一変してしまった。


 エドアール教頭から正式に次期勇者パラディンの内定が決定され、スキル・カレッジで広められる。

 劣等生の集まりとされるEクラス初の快挙に周囲は大いに盛り上がった。

 まぁ近いうちに『対竜撃科』へ移動することになるんだけどな。

 とはいえ異例には違いなく、あれだけ暗く陰気だったEクラスも希望が持てたのか明るくなったのは確かだ。



「――あいつが一年のクロック・ロウか。Eクラスなのに勇者パラディンになったと言う……マジかよ」


「まぁ『対竜撃科』のエリート女子をパーティとして取り込んでいるだけあるよな。けど冒険者としての実績と、奴自身の特殊スキルも相当ヤバイらしい。噂では何体のエルダードラゴンを葬っているとか」


「どうして、そんな優秀な生徒がEクラスなの? 『対竜撃科』でよかったんじゃない?」


「なんでもスキル鑑定祭器が故障していたんじゃないかって噂だ。まぁクロックも雑用係ポイントマンとして相当高いスキル持ちなのは確かだけど」


雑用係ポイントマンなのに勇者パラディン? 聞いたことねぇ……」


 上級生から同級生まで。

 俺の噂が絶え間なく囁かれ、「Eクラスの奇跡」と祭り上げていた。

 なんとも面映ゆい限りだ。


 同時に奴のことも噂になっている。


 ――ウィルヴァ・ウエストのことだ。


 俺が次期勇者パラディンと発表されたと同時に、休学扱いだった奴はスキル・カレッジを自主退学したことになっている。

 無論、詳細は伏せられた状態だ。


 そして義理父、ランバーグ公爵も真相が伏せられたまま謎の病死として処理されている。

 当然、本当のことを明かせるわけはないが、おかげで「自慢の息子が勇者パラディンの選考でEクラスの生徒に負けたことでショック死したのではないか」と妙な憶測が飛び交っていた。

 

 またウィルヴァも姿を晦ませていることから、「逃げた負け犬エリート」としてより信憑性が生じてしまっているようだ。


 それは双子の妹であるユエルにも影響し、「兄を見捨て、クロックに乗り換えた」など、あまりよくない風評が流れているらしい。

 

 嘗て誰もが羨望した順風満帆のリア充人生を歩む双子の兄妹が、今では蔑まれ嘲笑され軽侮されている。

 まったく、ユエルが休学中なのが幸いだ。

 信じていた身内に裏切られた一番の被害者なだけに、とても聞かせていい内容じゃない。


 俺もウィルヴァの件があり、どう説明して良いのかわからず放置してしまっている。

 悩みの末、相談したエドアール教頭からは、


「所詮は噂だよ、クロック君。直接、キミに何か言ってくるようなら真っ向から否定すればいい。キミがユエル君を守ってあげる姿勢が一番大切だと思うよ」


と割と適切な助言をもらった。

 これまでドライで癖の強い印象だったが、教師として意外とまともな倫理観を持っていたようだ。末端とはいえ流石は王族か。


 それに比べて、


「みんんぁ~、クロウ君が次期勇者パラディンに選ばれちゃちましたぁ! Eクラス始まって以来の歴史的な快挙でーす! イエーイ! ヒュ~ッ、パフパフゥ!」


 本来最も相談するべきリーゼ先生が、生徒達の前でクラッカーを鳴らして一番はしゃいでいる。

 何しろ俺との結婚条件がコンプリートしたもんだから、自分のことのように喜び舞い上がっていた。

 担任がこんな有様で俺は誰にも相談できず、ついエドアール教頭に相談してしまった経緯がある。



「……ユエルは大丈夫だろうか?」


 スキル・カレッジの食堂にて、俺はふと呟いた。

 ユエルは現在、カストロフ伯爵と共に行動している。


 ひょっとしたらウィルヴァと目に見えない妹「レイル」が、彼女と接触を図ろうとするかもしれないという理由からだ。

 そして、ウエスト兄妹の生まれ故郷である『ポプルスの村』に同行しており、ユエルの母親である「ラーニア」という人物について調べている頃だろう。


 何はともあれ、俺はユエルを信じている。

 その気持ちに変わりない。

 けど今までずっと傍にいてくれた分、どうしても安否が気になってしまう。


「大丈夫ですよ、クロウ様。護衛として父上がついておりますので」


 隣に座るアリシアが微笑を浮かべ、こっそりと俺に身を寄せてきた。

 ふわっと彼女の黄金色髪から爽やかな香りが漂い、俺の鼻孔を心地よく擽ってくる。


 あの日・ ・ ・以来、ぐっと俺とアリシアの距離が縮まった。

 今まで糞未来のトラウマがあったばかりに最も苦手な女騎士から、現代では最も忠実な女騎士に格上げしたが……今では、もろ異性として意識しちまっている。


 俺の初恋の女子だと知っただけに余計だ。

 いや、それ以前からアリシアに好意を抱いていたかもしれない。

 だから糞未来であれだけ虐げられたにもかかわらず、大嫌いだと苦手意識を持ちながらも、心のどこかで憎みきれずに彼女を受け入れていたのか。

 

 不思議な感覚だけに、今ならそう思えてしまう。


「そうだな。ユエルが帰ってきたら成大に向かえてやろうな」


 俺は彼女の肩に腕を回してより引き寄せる。

 アリシアは頬を染め、「はい」と返答した。


「なんだか空気悪いねぇ」


「やっぱりアリシア、クロウと何かあったでしょ?」


「……兄さん、私にもしてくださいね」


 食器を下げにいっていた、セイラ、ディネ、メルフィが近づいて来る。

 三人とも不満気に、俺とアリシアを凝視していた。


「す、すまん……別にそういうことは、ははは」


 なんで俺が謝って誤魔化さなきゃいけないの?


「私とクロウ様の間では何もないぞ……てか寸前で貴様らが邪魔したんだろうが」


 アリシアは正直に言いつつ、俺にだけ聞こえる小声で愚痴を漏らしている。


 セイラ達は「ふ~ん」と鼻を鳴らして各々の席に座る。


「まぁ、ここまで来たらアタイもうるさいことは言いたくないけどね……けどクロウ、正式に勇者パラディンになるまで節度は守るべきだと思うんだけどねぇ」


「勿論だ、セイラ。俺もその方が助かる……」


 パーティ女子&リーゼ先生の中で、俺が正式に勇者パラディンとなった時点で彼女達と結婚することになってしまっている。

 何せミルロード王国では勇者パラディン竜殺しドラゴンスレイヤーにおいて一夫多妻制が認められているからだ。

 問題は誰が正妻なのか初婚はどうするのか、その他もろもろなどで揉めているとか。

 ちなみにそこに俺の意見や感想は一切反映されていない。


「けど最近、アリシアだけ特別なように見えるんだよねぇ? ボク達と見る目が違うっていうか……」


「そんなことないぞ、ディネ。俺はみんなのことを大切だと思っている」


 基本、俺にとってパーティ女子達は大切な仲間であり特別な存在だ。

 そりゃアリシアとは幼少期の思い出と既に結婚の約束もして、彼女もずっと大切に覚えていてくれたから、嬉しくてそういった雰囲気に陥りやすいというか……意識してしまっているわけで。


「兄さんも、まだユエルさんも戻って来ていないわけですし、そういったことは保留にして頂けると妹として助かります」


「わかっているよ、メルフィ……そうだよな、うん」


 メルフィはまだ俺と義理の兄妹であることは打ち明けていない。

 今は妹の立場として俺と堂々とイチャコラしたいらしく、正式に勇者パラディンとなった時に打ち明けて、正妻争奪戦に参入したいという思惑があるようだ。

 魔道師ウィザードだけに相変わらず強かで聡明な妹である。


「フン! 皆、私ばかりと咎めようとしているようだが知っているぞ! 私が不在時、セイラは発情してクロウ様によく抱き着き、ディネもクロウ様に甘えて膝の上に乗って抱っこしてもらったり、妹殿に関しては似たようなことを公然と我々の前でされているではないか!?」


「「「うぐっ!?」」」


「私やクロウ様ばかりと諫めるのは筋違いだ! まず己の行動を改めよ!」


 アリシアから見事に論破され、ぐうの音も出ない女子三人。

 なんだか俺と進展があって自信がついたのか、最近の彼女は逞しく見えるぞ。


「まぁアリシア、はっきりしない俺も悪いわけだし、その辺でいいじゃないか?」


「いえ、クロウ様は決して……はい、そうおっしゃるのであればわかりました」


 以前よりも、益々忠実な女騎士。

 なんだか俺まで恥ずかしくなってしまう。


「それより週末の打合せだけど……」


 俺がそう言いかけた時だ。


「――なぁ、この周辺に古竜が現れたって噂は本当なのか?」


 他の生徒達の会話が耳に入る。

 古竜って……エンシェントドラゴンか!?

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