第193話 生贄儀式と竜神の子

 ~ユエルside



 わたしとカストロフ伯爵、シャロ先生とニノス先生に加え護衛の騎士団10名が『ポプルス村』に訪れた。


 流行りの伝染病が萬栄しているとのことで村人の姿は見られないも、各建物から何やら視線を感じてしまう。

 これだけの面子に加え、全員が武装したよそ者だ。

 見られるくらいなら仕方ないと割り切った。


「カストロフ様、これからどちらに向かえば良いのでしょう?」


 わたしの問いに、カストロフ伯爵は遠くに見える山に向けて指先を向けた。


「あそこの山腹辺りに大きな旧家がある。そこで、ある男と待ち合わせをしているんだ」


「ある男?」


「協力者であり情報提供者だよ。会えばわかる」


 カストロフ伯爵はそれだけ言うと先へと歩み出し、わたしは彼の後をついて行く。


 しばらく歩くと、


「――ラーニアちゃんかい?」


 一人の老婆が家屋から出てくる。

 腰が曲がり杖をついているが、健康状態に問題はなさそうだ。


 老婆が言う「ラーニア」とは実母の名だ。

 どうやら、わたしを見て勘違いしているようだ。


「……わたしはラーニアではありません。ユエルという、その方の娘です」


 正直に説明したが、老婆は首を傾げながらじっと見つめてきた。

 確か母は18歳でわたし達を生んで亡くなったと、ウィルヴァお兄様から聞いている。

 なんでも目に見えない妹レイルが原因だとか……わたしにはよくわかりませんが。


「娘? 言われてみれば瞳の色が違うねぇ……身形も立派だわぁ。顔立ちは瓜二つだけど……そうかい、そういや亡くなったんだっけねぇ」


 老婆は思い出したのか理解を示している。

 年相応の物忘れがあるようですね。


「はい。こう見ても神に仕える身なので……お婆さんは母のこと知っているのですか?」


「あ~あ、よく家に遊びに来ていた子じゃよぉ。とてもいい子でねぇ……村中で評判のべっぴんさんだったねぇ。だけど父親のオールドが妻を亡くしてから気狂いとなって、あの子は酷い目に遭わされてねぇ、とても可哀想だったのぅ」


 父親のオールド――義父だったランバーグの本名だ。

 なるほど、だから母に似たわたしに余計辛く当たっていたのかもしれません。


「ご婦人、オールドという男についてどこまで存じていますか? その男は娘に何をしていたのでしょうか?」


 カストロフ伯爵が丁寧な口調で訊いている。

 その紳士的な態度に、老婆は「随分と良い男だねぇ……あたしが後40歳若ければねぇ」と頬を染めて意味深なことを言ってきた。


 既婚者である伯爵は「ははは」と愛想笑いを浮かべている。

 流石はアリシアさんのお父様。滅多なことに動じない、大人の余裕ですね。


 途端、老婆の表情が真剣に満ちた様子へと一変する。


「――人体実験じゃよ」


「人体実験?」


「そうじゃ、あそこの山頂にある『石柱の遺跡』で、夜な夜なラーニアを連れて怪しい儀式をしとったそうじゃ。村の男達が何人も目撃しとる……」


 老婆は言いながら、これからわたし達が向かう山の方向に人差し指を向けた。

 なんでも山頂に石柱が並ぶ環状列石であり、よく深夜に大きな炎が上がっていたと言う。


「怪しい儀式ですか?」


「うむ、その通りじゃ。オールドが姿を消してから、村の若い衆が『石柱の遺跡』を調べたことがある。そしたら土の中から魔物や人族らしき頭蓋骨が幾つも見つかったんじゃよ」


 目撃した村人の証言では、『石柱の遺跡』にてオールドがラーニアを全裸にして魔法陣を描いた中心に寝かせて怪しげな儀式を施していたとそうだ。


「シャロ先生、どう思います?」


「はいでしゅ、カストロフ伯爵。土の中から発見された骨の類は、おそらく闇魔法で使用した生贄でしゅ。何かを呼び寄せるための生贄儀式サクリファイスでしゅね」


「呼び寄せるですか?」


「あたちが調べているところでしゅが、遥か古代の竜人リュウビトもその生贄儀式サクリファイスによって異界の神を呼び寄せ、人族の女性を母体にして産ませた『竜神』の子だという伝承があるのでしゅ」


「まさか、その遺跡でラーニアが子を宿したというのか? ウィルヴァ、ユエル君、そして目に見えない妹レイル……」


 ということは、わたし達は竜人リュウビトという存在になる。

 いえ正確にはお兄様とレイルの二人が……。

 そしてわたし達の本当の父親こそ、竜守護教団ドレイクウェルフェアが崇める『竜神』ということになる。


 カストロフ伯爵は「なるほど」と呟き理解を示した。


「自分の娘に竜人リュウビトを生ませる。いや、ウィルヴァとユエル君を見る限り、より異なる存在なのかもしれない」


「――『銀の鍵』。ウィルヴァお兄様は自分がそうだと言ってました。そしてレイルも同じだと仰っています」


 どういう意味か今でもさっぱり理解できませんが、自分達が『本当の父』に選ばれた特別な存在だと言いたかったのだと思っています。

 当時のわたしは、ウィルヴァお兄様が英雄譚として語られるような「選ばれた存在」なのだろうと解釈し、お兄様を応援するために聖職者の道を選んだわけなのですが……。


「……銀の鍵? これから会う男も同じことを口にしていた。詳しくは聞いていないが確かめる必要があるだろう」


 カストロフ伯爵はそう言い、老婆にお礼を伝えて別れた。

 わたし達は目的地である山の旧家へと向う。



 山道を上って一時間後。

 そこは丁度山腹に位置し、最も集落から離れた場所にあった。


「この屋敷が、嘗てランバーグことオールドと娘のラーニアが暮らしていた家だよ、ユエル君」


 カストロフ伯爵が教えてくれる。

 その屋敷は改築を繰り返していたのだろうか?

 他の建物よりも新しい感じに見える木造の大きな家だ。

 しかし全ての窓には板が張られ、扉には頑丈そうな錠前が取り付けられている。


「錠前には魔法が施されているっすね~。外壁や窓の板も同じ結界が張られているっす。オレなら余裕で解除できるっすけど、伯爵さんどうしますぅ?」


「いえ、ニノス先生。その前に会うべき男がいます。少し待ってください」


 カストロフ伯爵が答えていると、近くの茂みから一人の男が現れる。

 ぱっと見は30歳半ばで、純朴そうな顔立ちに特徴のない村の民風だ。

 強いて言えば身体が相当鍛えられている。おそらく現役の冒険者だと思った。


 しかし、この男性……ずっと身を隠していたのでしょうか?

 一切、気配を感じませんでした。


 男の出現で、ニノス先生を始め騎士団が武器を手にし警戒する。

 ですがカストロフ伯爵が皆に制止を呼びかけ、「彼が待ち合わせていた男だよ」と教えてきた。


「彼の名はジェソン。この村の者であり、現役のSSS級冒険者だ。確か勇者パラディンサリィと同じ組織にいた盗賊シーフでもあったな?」


「はい、カストロフ様……勇者パラディンサリィとは嘗て同じ盗賊ギルドに属していた身です。ですが誤解しないでください。俺は冒険専門の盗賊シーフであり所謂義賊ってポジで、勇者パラディンサリィは幼いながら窃盗を目的としたガチの犯罪者でした」


 わたしも小耳に挟んだことがありますが、現役の勇者様は優秀ですが随分と手癖の悪い方だと聞いています。


 にしてもこのジェソンという方も、まさか最高位のSSS級の冒険者だったとは思いも寄りませんでした。

 だから一切気配を感じなかったのですね。


 そんな中、ジェソンはわたしに視線を向けると、突然小刻みに体を震わせ始め酷く狼狽して見せる。


「……ラ、ラーニア? ラーニアなのか!?」


 ジェソンはそう叫ぶと両手を広げ、歩み寄ろうと近づいて来る。

 わたしは訳がわからず身を屈めると、カストロフ伯爵が前に出て彼を制止させた。


「彼女はラーニアじゃない。よく見ろ、18歳だった頃の彼女より若いだろ?」


「い、言われてみればですね……失礼しました。しかし、その異色の瞳、まさか……ラーニアの子か?」


 ジェソンの問いに、わたしは素直に頷いて見せる。


「はい、その通りです。ユエルといいます」


「ユエル? そうか……キミなのか。無事で良かった。しかし大きくなったな」


「え? ジェソンさんはわたしの事を知っているのですか?」


「ああ、キミ達のことはよく知っているよ。キミの兄、ウィルヴァのこともね。何せ、俺とラーニアは幼馴染だったんだ。一時期は相思仲でもあったんだ」


「え!?」


 瞳を見開き驚くわたしに、ジェソンは母との関係を話してくれた。

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