第十三章 始まりの異郷

第192話 全ての発端と生まれ故郷

 ~ユエルside



 わたしが物心ついた時、既に孤児院で暮らしていた記憶があります。

 そう、ウィルヴァお兄様と姿が見えない妹レイルと共に――。


 わたしがレイルの存在を知るきっかけはウィルヴァお兄様からそう教えられたからだ。

 あの子は自分達とは異なり『本当の父』に似た姿だったばかりに、この世界の干渉を受けることができない存在なのだと。


 したがって食事の必要がなければ生理現象もない。

 お兄様より「レイルも日々成長している」と教えられるも、わたしでは見ることができないので実際どのような姿なのかわかりません。


 ただ、レイルの声を聞くことができます。

 ですが実際の声ではなく、思念として頭に響く言葉でした。


『――ユエルお姉様。あの男子、素敵だと思わない?』


(……そうでしょうか? わたしにはよくわかりません)


 姿が見えないのに、よく恋バナや女子トークなど今時風の内容でよく話しかけてきました。

 そういう部分では、わたしよりも年頃の少女でした。

 こうして会話を重ねている限り、レイルは穏やかな性格で無害です。

決して誰かを傷つけ争うような妹ではなかった筈です。


 ですがレイルはウィルヴァお兄様を嫌っていました。

 決してお兄様には言いませんが、わたしにだけによく胸の内を打ち明けてくれていました。


『ワタシもウィルヴァお兄様のこと尊敬はしているわ……けど嫌い』


(どうしてです? お兄様が貴女に何か言ったのでしょうか?)


『違うわ……完璧な存在だからよ。本当のお父様に選ばれた存在……ワタシとお姉様は「間引き」のため調整され生まれたようなモノよ。つまり出来損ないね。だからワタシもお姉様も中途半端でしょ?』


(……わたしは別に。確かにレイルは不憫な思いをしているでしょう。せめてお友達でもいれば良いのでしょうが)


『ワタシはお姉様とお話しできればそれでいいわ。お兄様では決して言えないことも、お姉様には言えるからね……けど』


(けど?)


『――ウィルヴァお兄様には負けたくない。必ず「銀の鍵」として使命を全うしてみせるわ』


 銀の鍵。


 話の節々に聞かれるワードです。

 わたしにはなんのことかわからず、ウィルヴァお兄様に聞いても「ユエルには関係ないよ」と流されてしまいます。


 ですがもう一人、同じ事を口走る人物がいました。


 それが育ての義理父、ランバーグ公爵です。

 わたくしがお兄様と孤児院で過ごしていた時、不意に現れ養子として引き取られました。


 当初はウィルヴァお兄様だけの養子縁組でしたが、お兄様より「ユエルも一緒でなければそちらには行かない」と断固として譲らず、ランバーグが折れる形でわたしも養女として迎え入れたのです。


 しかし、わたしは明らかに余され者であり冷遇を受けていました。

 ウィルヴァお兄様が予め釘を刺してくれたことで目立った差別や虐待こそありませんでしたが、特に期待されることもなく何か用があっても雑用ばかり押し付けられる日々を送っていました。

 それに養女ということもあり、政略結婚の駒としても使えないので尚更だったのでしょう。


「――ユエル、お前はウィルヴァの言う事だけ聞いていればいい。くれぐれも兄の邪魔だけはするなよ。彼こそ世界の命運を握る『銀の鍵』なのだ」


 最初はウィルヴァお兄様が勇者パラディンを目指されているが故の指示、あるいは命令だと思っていました。


 ですが実際は違っていた……お兄様を『銀の鍵』として利用し、密かに内通する竜守護教団ドレイクウェルフェアに引き込むための計画だったとは見当もつきませんでした。


 そんな義理父ランバーグも、まさか実の祖父だったとは……正直今でも信じられません。




「――ユエル君、ここが『ポプルス村』、キミ達の生まれた場所だ」


 クロウさん達と別れてから三日後。


 わたしはカストロフ伯爵と共に、『ポプルス村』に辿り着いていました。

 そこはミルロード王国の北部に存在する深い峡谷沿いの辺境地であり、公式なマップにも表記されていない寒村で「隠れ村」とも呼ばれている。


 本来、馬車を使用しても8日以上はかかってしまうほどの辺境ですが、カストロフ伯爵の特殊スキル《ディメンション・タワー異次元の塔》により一瞬で到着することができました。



 そして標識のない街道に、わたしは佇んでいた。

 すぐ隣にはカストロフ伯爵と護衛役の騎士10名が立っている。

 異様に厳重体制なのは、それだけわたしが重要参考人であることを意味していた。


 ウィルヴァお兄様が何かしらの形で、わたしと接触し来るのではないだろうかと想定した上での配置だ。


 もしそうだとしても、わたしに接触してくるのはお兄様ではなく、きっとレイル……あの子しかいないと思ってる。

 それならそれで言ってやりたい事は山ほどあるのですが……。


 わたしは初めて目の当たりにする景色を見入っている。

 特に懐かしさとかはない。率直に寂しい村だと思った。

 

 視界には雑然と何件かの家が集まった村がある。

 老朽化した建物から過疎化が進んだというより、「時が止められた村」という感想だ。

 また村の家は山の斜面にも点在し、山頂には環状列石の柱が立ち並んでいると言う。


「同時にランバーグの生まれ故郷でもある村だ。と言っても、その名すら偽名だがね」


 カストロフ伯爵が言うには、義理父いえ祖父の名は「オールド」という老人だったとか。

 妻に先立たれ、娘のラーニアと二人で暮らしていたらしい。


「村の人があまりいらっしゃらないようですね?」


「なんでも流行り病が伝染しているらしい。っと言っても、王都で売っている回復薬ポーションで簡単に治る程度だけどね」


 村人達が回復薬ポーションを買うには王都まで遠すぎることと、金銭面の都合で各々が隔離し合った生活を送っているとか。


 すると、不意に上空から巨大な怪鳥が羽ばたき降り立った。

 護衛の騎士が剣を抜き威嚇する中、カストロフ伯爵は冷静に「剣をしまえ、大丈夫だ」と指示する。


「危ぶねぇ~っ。伯爵がいなきゃ、オレら攻撃受けてるっすよぉ、シャロ先生~」


 怪鳥の背後から聞き覚えのある男性の声が響いた。

 声の主は怪鳥の背に乗っていたようで、とても軽快な動きで降りてくる。


 人族の男性だ。

 細身で長い茶髪を鶏冠とさかのように突き立てている、どこか爬虫類っぽい見た目と雰囲気。

 この方はスキル・カレッジの対竜撃科Bクラス担当教師、ニノス先生です。


『騎士さんの任務上、仕方ないでしゅ』


 怪鳥はおぼつかない口調で言うと、全身が眩い光輝に包まれ形を変えていく。

 光が萎み凝縮され、深緑色のおさげ髪をした小柄で華奢な幼女の姿となった。

 いや、この方は小人妖精リトルフ族の立派な女性だ。

 同じくスキル・カレッジの対竜撃科Cクラス担当にてわたしの担任教師でもある、シャロ先生でした。


 話しによるとシャロ先生は魔法で怪鳥の姿となり、ニノス先生を背に乗せてここまで飛んで移動してきたそうだ。

 自分の体を変化させるなんて……流石は対竜撃科の教師です。


 それにしても、


「どうしてお二人がこの村に?」


「私が呼んだのだよ、ユエル君。エドアール教頭に頼んでね。これから赴く場所に専門家である二人に来てもらった方がより真実に近づけるだろう」


 確かにシャロ先生は、あらゆる魔法に長けて使い分ける魔法のスペシャリストだ。

 その知識は神聖魔法から呪術系の闇魔法にまで多岐に渡る。


 けどニノス先生は良く分かりません。

 噂では元盗賊シーフとか暗殺者アサシンとか色々な肩書きが囁かれています。

 Bクラスを担当しているということは、そっち系の技術に特化していること、また中距離攻撃や支援に特化した先生であることは確かです。


「ユエルっち、オレはランバーグの親父に育てられた元『隠密部隊』の一員だったんだ。とある理由で足を洗い、スキル・カレッジの教師になったのさぁ」


 ニノス先生がいう「とある理由」とはリーゼ先生と同様、先代の勇者パーティに暗殺者アサシンとして組んでいたことにある。

 なんでも国王の命で『隠密部隊』から選ばれ抜擢されたとか。

 任期終了後、顔バレしたことで『隠密部隊』からいられなくなり、エドアール教頭の配慮で教師として招かれたそうだ。


「最初に先代の勇者パーティに入った頃はよぉ、ランバーグ親父の教育もあって機械みたいなキャラだったんだぜぇ。けど、その頃の勇者パラディンはチャラい性格もあって、色々と教えられていく内にこんな感じになっちまったんのさぁ。こんなキャラじゃ『隠密部隊』に戻れないべぇ、ユエルっち?」


「ニノス先生、あたちの生徒に『っち』とか付けないでくださいしゅ。素直に追放され、エドアール教頭のお情けで教師になったと言うべきでしゅ」


 シャロ先生の指摘に、ニノス先生は「そりゃ言わない約束しょ~?」とおどけて見せる。

 顔馴染みの存在に、少しだけ気が楽になりました。


 こうして、わたし達はポプルス村へと入って行く。

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