第191話 元凶と真の黒幕

 俺は鼓動の高鳴りを抑えるため、深く息を吸い吐いた。


「……ヴォイド=モナーク。そうだ、ブラックドラゴン黒竜もそいつが竜神様みたいなことを言っていた」


「アタシらは、にわか信者だから詳しくないけどね。確か『虹色の巨大な竜』だと伝えられているようだね」


「虹色の竜? なんだ……覚えがないのにぞわぞわするな。メルフィは博学だし何か知っているか?」


 俺は隣に座っている魔道士ウィザードの義妹に聞いてみる。


「いえ兄さん、得には……ごめんなさい」


 申し訳なさそうに言いながら俺の腕にしがみつき上目使いで見つめてくる、メルフィ。

 パーティ達の間で周囲がいる時はイチャコラ禁止とルールを勝手に設けているようだが、この子だけはグレーのようで、こうして密着しても然程咎められることはない。

 これぞ、メルフィがよく口走る『妹特権』というやつだろう。


 一方で、カーラは「ハハハ」と軽く笑う。


「仕方ないよ、きっと竜学士でもわからないさ。竜人リュウビトの存在さえ知られてないだろ? つまりそういう神様だとアタシらは割り切っている。別に祀っちゃいなかったけどね」


「みんな元教団なのに信仰心が薄いんだな? 実は竜守護教団ドレイクウェルフェアの連中って大抵はそうなのか?」


「私達は教えよりも任務優先で活動する実行部隊ですぅ。一般の信者や信仰騎士と異なり、説法は重要視されていませんでしたので」


 ロータの話から、信者にも色々な立場と役割で成り立っているということか。

 半分以上は世界にテロを仕掛ける過激派組織だからな。


「しかし任務に失敗すると粛正対象になるけどな。だからネイミア王国で冒険者として活動もしていたんだ」


「そういや四人とも冒険者ギルドじゃS級の冒険者だったな? ギルドカードとか偽装じゃなかったのか?」


 俺の問いに、フリストは「まさか、ちゃんとしたギルドカードだよ」とセイラに匹敵する豊満な胸元からカードを見せてきた。

 いったいどこに収納してんだ、この女部族戦士アマゾネスさんは?

 けど間違いなく正真正銘のギルドカードだ。


「おたくら教団内じゃヤバ系の任務は避けてたんだろ? それと冒険者で活動していたことと関係があるのかい?」


 セイラの問いに、フリストは頷いた。


「ああ、気に入らない任務を断る代わりに冒険者として稼いだ報酬金をお布施として教団に収めていたんだ。それでオレ達は腫物扱いながら、教皇には誠意が認められ粛正対象から外されていたってわけだ」


「……世の中、金がモノを言う」


 フリストの説明に重ねる形で、スヴァーヴがぼそっと呟く。


「んじゃ、どうして今回は任務を受けたの?」


「ウィルヴァ様とパーティを組み、シェイマ様の護衛任務というまともな内容だったので断る理由がなかったからですぅ」


 ディネの疑問に、ロータが答えた。

 お互いエルフ族同士だけになんか可愛いらしくて癒される。


 俺の隣に座る、アリシアが「ふむ」と気難しい表情で頷く。


「……シェイマか。竜聖女という肩書があったな。高位の聖職者の割には随分と落ち着きのない女だったが、奴は教団ではどのような立場なのだ?」


「発言権は最高司祭ハイエンド・プリーストの次くらいある筈だよ。教団じゃ、ナンバー3の位置かな? 何しろ、教皇様の『実娘』だからね」


「「「「え!?」」」」


 何気ないカーラの暴露に、俺達は揃って驚愕する。


「ってことはだ! シェイマも竜人ってことなのか!?」


「ああ、クロック。半分はそうかもね。母方は人族の信者だったと聞いているけどねぇ……色々な種族と交わりようやくできた奇跡の子だと、護衛依頼の際にドレイク教皇本人が言ってたよ。けどアタシらからすれば残念娘としか言えないねぇ」


「カーラの言う通りです。教皇様から寵愛を受けるあまり、聖職者にもかかわらずあのような、わがままでミーハーな性格となったようですぅ」


「おまけにプライドが高く見栄っ張り……さらに執念深いからタチが悪いよ」


「……教皇、子育て下手すぎ」


 四人からボロクソに言われている竜聖女。

 確かに簡単にボロを出しそうになるわ、結構なポンコツぶりだった。

 要するにシェイマは竜人と人族とのハーフってことだな。

 だから余計に竜を庇う言動が聞かれていたのか。


「シェイマといえば特殊スキル《バーサーク・レクイエム狂戦士の鎮魂歌》だけど、普通の人族と何か違った力とか持っているのか?」


「……さぁ、アタシらは知らないね。口うるさい、じゃじゃ馬姫程度にしか思ってなかったから」


「体力はありませんが、神官プリーストとしての腕前は確かだったですぅ」


「あと手先も器用で、クロックとメルフィ……アンタらの人形を作っては、よくハサミで首ちょんぱして楽しんでたねぇ。呪殺術は使えないみたいだけど」


「……陰気なところもある」


 嫌われて上等だと思っていたが、そこまで憎悪を抱いていたとは……てか酷くね?

 いったいどんな顔で、俺とメルフィの人形を首ちょんぱしていやがったのか想像つかないわ。


 いや、それよりも……。


「ユエルの話だと、ウィルヴァと目に見えないレイルって妹は『本当の父親似』だと言っていた。そしてウィルヴァだけが生まれた時から父親の言葉が届いていたと……なんなくだけど、シェイマと似た境遇のような気がしてならない」


「ウィルヴァ様も竜人とのハーフだって言うのかい?」


 カーラの真っすぐな疑問に、俺は瞳を背けて考え込む。


「ハーフとか、そういった形じゃない……もっと特別な何かじゃないかと思う。でなければ、あそこまで完璧な奴なんて存在するわけがないんだ」


 遡及前の時代から、ウィルヴァは勇者パラディンを演じながらずっと俺を騙していた。

 しかも、奴も俺と同様に記憶を保持したまま今の時代に来たという言動が聞かれている。

 にもかかわらず、自分から闇堕ちして華やかだった人生を捨ててまで俺達の前に立ちはだかってきた。


 ――全て『創世記ジェネシス計画』とやらのためだ。


「四人は『創世記ジェネシス計画』って言葉で何か知っていることはないのか?」


 俺の問いに、四人とも「知らない」首を横に振るう。

 やはり教団内でも極一部の者しか知られていないワードのようだ。


「カーラ達の話を聞く限り、やっぱり気になるのは――竜人様ことヴォイド=モナークという存在だ。教団に祀られているってことは、この世にはいない神様ってことだよな?」


「クロウ様、何が仰りたいのでしょうか?」


 アリシアの疑問に、俺は軽く首肯する。


「俺には、ウィルヴァが自分の意志で裏切ったとは思えないんだ……その竜人ドレイクといい、シェイマといい、ゾディガー王といい、俺達の常識枠から外れた巨大な何かによって操られている気がしてならない。連中が言う『創世記ジェネシス計画』に則って……であれば、俺はウィルヴァや教団の連中よりもそいつが一番赦せない!」


虹色の竜神こと、空虚なる君主ヴォイド=モナーク――。

俺はそいつこそが全ての元凶であり黒幕ではないかと思っている。

重要な場面では、必ずそいつの名が出てくるからだ。


「クロック、あんな目に遭ってもウィルヴァ様を庇おうとするなんて凄いね……優しくていい奴だ。改めて見直したよ」


「やはり勇者パラディンとして素質に溢れているのですぅ。私達も支援する甲斐もありますぅ」


「だな。何があっても、其方はオレ達が身を挺してお守りしよう」


「……クロック、隠れイケメン」


 なんだろ?

 四人の好感度がやたらと上がったような気がする。

 ちょっと照れちまうが仲間となったことだし、互いの親交が深められたかもしれない。


 てか悪魔族デーモンのスヴァーヴよ、隠れイケメンってどういう意味だ?

 普段はそうでもないって言いたいのか?

 まぁ、いいや。


「みんなありがとう。これからもよろしく頼むよ。俺のことはクロウと呼んでくれ」


「何度も言うが、貴様らはあくまで二軍だからな。基本、我らがメインとしてクロウ様の傍におり全力でお守りする――いいかぁ! 決して雌の顔でクロウ様に近づくなよ! それと我らの聖域に侵入することは許さぬぞ!」


 アリシアさんってばしつけぇ……雌の顔ってどんなんだよ?

 おまけにセイラ、ディネ、メルフィまで便乗して「そーだ! そーだ!」を煽る始末。

 なんでみんな必死なの?


 カーラ達は再びドン引きして「勝手にすれば……」と呟いている。

 なんだか、ウチの子達がこんなんでごめんなぁ。


 こうして頼もしい仲間が増えたと思っていた頃。


 もう一人の仲間である、ユエルが『ポプルスの村』で思わぬ事態になっていたとは……。

 俺は知る由もなかった。

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