第194話 間引かれていた銀の鍵

 ~ユエルside



 幼馴染だったジェソンと母のラーニア。

 ラーニアの母、わたしにとっては祖母にあたる方が健在の頃は、それなりに近所付き合いもあり家族仲も良好だったそうだ。


 しかし祖母が亡くなってから、祖父のオールドが豹変したと言う。

 当時、祖母は病死とされていたが、祖父をよく知るニノス先生より「ランバーグの親父への見せしめで、反対勢力の貴族達に暗殺されたようだぜ~」と話してくれた。


 その頃からオールドは別の顔であるランバーグとしてミルロード王国で暗躍しており、『隠密部隊』を率いり裏社会で名を轟かせていたことが原因だった。


「暗躍者が家族を持つということは、そこが弱点にもなる。きっとランバーグの親父は、それを恐れて『ポプルス村』という辺境の隠れ村に家族を置いたようっすね~」


「だが貴族共の執念は末恐ろしい……その頃からゾディガー王の腹心として権力を持っていたランバーグを疎ましいと思う連中は奴の素性を調べ、正体がオールドという別の存在であったことや家族がいることを探り当てる輩とていた筈だ。それで手始めに妻を手にかけた……そんなところか?」


「伯爵ぅ、そんなところっすね。んで怒り狂ったランバーグの親父が『隠密部隊』で反発する貴族ごと全て葬り始末した。そんな感じっす」


 その頃、ニノス先生はまだ『隠密部隊』に入隊してなかったとか。

 なんでもエドアール教頭の指示で、昔のパイプを通じて裏社会の闇について調べていくうちに発覚した情報だそうだ。


「それからラーニアの父親オールドも人が変わったように周囲を遠ざけ、人里離れたここに屋敷を建てたんです。ですがラーニアは孤立するのが嫌で、よくこっそりと山から下りて来たり、幼馴染の俺も彼女に会いに来たものです。あの父親の目を盗んで……」


「ジェソンさんは母と恋仲の関係でもあると仰ってましたね?」


「まぁね、ユエルさん。実際キミのお母さんとは将来の約束もした時期もあったよ……俺が一人前の冒険者になったら、この村から出て一緒に暮らそうってね。俺はその頃、スキル・カレッジの学生でもあったからね」


「だけど叶わなかった……」


「ああ、全て父親のオールドのせいさ! あの悪魔め!」


 悪魔か……確かに善人では決してない方ですが酷い言われようです。

 義理父ランバーグは冷たい人ではありましたが、わたしが知る範囲では悪事に手を染めるような様子も一切見られませんでした。


 今思えば、それも義理父が得意とするカモフラージュだったのでしょう。

 わたしを冷遇し距離を置いていたのも、それらがバレないようにするためだったのかもしれません。


「ジェソン、最初に私がコンタクトを取った際、キミは今と同じことを言ってたな? あの頃はまだランバーグも生きていたから詳しく聞けなかったが、もう奴は死んでいる。今なら話せるだろ?」


「はい、カストロフ様。そのためにこの村に戻ってきたのですから……」


 ジェソンは盗賊シーフとなったのも、ランバーグから遠ざける技術を身に着けるためだったそうです。

 そして腕を磨き、SSS冒険者にまで成り上がったとか。


 そして彼の口から衝撃の事実が語られる。


「俺がスキル・カレッジを卒業し村に戻ってきた頃、ラーニアは既に誰かの子を孕んでいました。俺はショックで誰の子か問い詰めましたが、彼女は答えてくれませんでした……周囲の村人達もそういった男は見られなかったと言っています。ただ父親のオールドが夜な夜な怪しい儀式を彼女に施していたという噂を聞き、俺はてっきり父親の子だと疑ったくらいです」


 それからジェソンは心に傷を負い村から離れ、しばらくラーニアと疎遠になった。

 しかし、どうしてもラーニアが諦めきれず半年後に再び『ポプルス村』に訪れたそうだ。


「俺が再び村に戻ってきた時、既にラーニアは死んでいました。赤子を生んだのがきっかけという話もありましたが、村の者達は誰一人として子供の姿を見ていません……これだけ離れた屋敷なので鳴き声とかも聞こえなかったのでしょう――だから俺は真相を知るため、この家に潜り込みました」


 ジェソンはその頃から高い盗賊シーフスキルを持っていた。

 この屋敷も既に祖父のオールドによって厳重に閉鎖し封印されていたが、彼にとって難なく侵入できたそうだ。


「幸いオールドは家におらず、もぬけの殻とばかり思ってましたが……」


「が?」


「――赤子がいたんですよ、銀色の髪をした、とても綺麗で可愛らしい双子。それが、ラーニアが産んだ子――ユエルさんとウィルヴァくんです」


「え!?」


 つい、わたしが声を張り上げ驚いてしまう。


 ジェソンの話によると、居間の真ん中に三つのベビー・ベッドが置かれていたそうだ。

 そのうちの一つのベッドは空で赤子はいなかったが、二つのベッドには生後間もないわたしとお兄様が寝ていたと言う。


 にしても奇妙だ。


「ジェソン、どうしてその赤子がユエル君とウィルヴァだとわかる? いや存在じゃない、名前だよ。キミは私と出会う前から二人のことを知っていたようだ」


 カストロフ伯爵の問いに、わたしも頷き同調する。

 するとジェソンはまたも奇妙なことを言い出す。


「――自分から名乗ったんです。そのウィルヴァという赤子が自身がね」


「自ら名乗ったって……まだ生後間もないじゃないか? そんなバカな話があるものか」


「いやカストロフ様、ガチですって! 実際、双子の赤子をこの屋敷から出して孤児院に預けたのは俺なんですからね!」


「「「「なんだって!?」」」」


 思わぬ告白に、その場にいる誰もが声を張り上げた。

 ジェソンは頷き、「驚いて当然です。なんなら詳しく話ますよ」と前置きする。

 そして当時の様子を話してきた。



 ジェソンが家に侵入した時、居間でわたし達を発見した。

 同時にベビー・ベッドで寝ているウィルヴァお兄様と目が会ったと言う。


「――お兄さん、お兄さん。貴方は母の幼馴染ですね?」


「うわぁっ! なんだお前!? 赤ん坊の癖に、なんで普通に喋っているんだよぉ!?」


 ジェソンは戦慄するあまり、その場でへたり込む。


「驚かないで聞いてください。僕はウィルヴァ、隣に寝ているのは妹のユエルです」


 ウィルヴァお兄様は自分からそう名乗り、隣のベッドに寝ているわたしも紹介してきたそうです。

 その頃のわたしは顔立ちこそお兄様と同でしたがスヤスヤと寝息を立てる、ごく普通の赤ちゃんに見えたらしい。


「母か……やっぱりお前はラーニアの子か? 父親は誰だ! まさか、あのイカレ爺のオールドなのか!?」


「確かに僕達はラーニアの子供です。しかし父親は貴方が思うような範疇じゃない。いや寧ろ、よりおぞましくかつ至高の存在と言える……」


「何をわけのわからないことを言っているんだ、このガキ……ただでさえ不気味なのに。オールドはこの家にいないのか? どうして赤子のお前達だけが放置されている?」


「祖父は僕の指示で面倒を見てくれていた部下達と共に王都に滞在してますよ。別の姿でね……僕ともう一人の妹は放置されても問題ありません。ですがユエルは『普通の子』なので育ててくれる者が必要です」


「だから何を言っているんだ? 要するにオールドはしばらく戻って来ないと言うんだな? もう一人の妹って誰だよ? そこには何もない、空のベッドがあるだけだぞ?」


「ちゃんと居ますよ。けどその子は大丈夫です。祖父は手を出すことができない存在ですから……けどユエルは違う。だからお兄さんに助けて欲しいんです」


「はぁ? お前、何言っちゃってんの?」


「時間がない、よく聞いてください。ユエルは僕ともう一人の妹の調整役として生まれた存在です。しかし祖父は不要な子として間引くため殺そうとしている……だから妹を、ユエルを助けてほしいのです」


「……つまり、そこで寝ているユエルって赤子を俺にさらえと言うんだな?」


「はい。母の記憶を辿り、ずっとお兄さんが来るのを待ってました……そして僕も一緒に連れて行ってほしい」


「何故だ? お前、自分で放置しても問題ないって言ったよな?」


「ええ、全てユエルを守るためです。祖父はミルロード王国において王族の次に権力を持つ狂人です。『銀の鍵』として僕ともう一人の妹は重宝してくれますが、ユエルは直接手をくださなくても蔑ろにされ、いずれ死に至るでしょう。ネグレストって言葉を知ってますか?」


「ああ、まぁな(まさか赤子に問われる日が来るとはな……)」


「あの祖父のことです。ユエルだけいなくなれば、きっと『隠密部隊』を駆使してこの子を探し、そして殺しに来るでしょう。ですが僕が傍にいればそれを阻止することができる……実の父とコンタクトを取れるのは僕だけですから。あとは僕とユエルが成長し独立するための時間稼ぎです。そうすればユエルも自分で身を守れるし、僕も彼女を守ることでできるようになります」


 ジェソンは最初こそ半信半疑で聞いていたが、次第にウィルヴァお兄様の言葉に耳を傾けるようになった。

 また助けてあげられなかった、幼馴染であり恋仲であったラーニアの姿が思い浮かぶ。


「わかった、ウィルヴァ! お前の言葉を信じるぞ……ラーニアのためにも!」

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