第八章 隣国のネイミア

第109話 王女に信頼される劣等生




 次の日。


 ようやく『ネイミア王国』の領地に入ることができた。


 強力な結界で守られた城砦の門が開かれ、ネイミア王国の騎士団が総出で出迎えしてくれている。


 流石に待遇がいい。

 花嫁を迎え入れる準備は万全のようだ。


 でもソフィレナ王女は結婚を断る気なんだよな?

 あんまりVIP待遇されるのもマズくね?


 俺達が乗って来た『幻獣車』は城砦に設備されている専用の厩舎へと保管される。

 護衛していた騎兵隊も当面は砦で待機しているそうだ。


 ソフィレナ王女に、専属の護衛である王宮騎士テンプルナイトと侍女達が用意された馬車に乗ることになり、そのまま『ネイミア王城』へと向う予定である。


 俺達パーティの冒険者としての任務は、あくまで『ミルロード王国』から『ネイミア王国』までの護衛なのでクエストは達成したようなものだ。

 しかし、「ソフィレナ王女が結婚を断って帰国する際も護衛する」と約束してしまった手前、数日間は滞在しなければならないのだが。



「――クロウ、ずっとわたくしの傍にいていただけません?」


 不意に、ソフィレナ王女が言ってきた。

 泣きそうな顔で懇願する姿に、俺はドキッとする。


「お、王女様……それは、どういう意味で?」


「例の話(結婚を断る件)……車内では息巻いてみたものの、わたくし一人では不安がありますわ。貴方達と一緒なら、そのぅ……勇気が湧いてくるというか」


 ああ、そういうことか。

 一瞬、告白されたと思い違いをしてしまった。

 

 まぁ、乗り掛かった舟だし。


「ええ、俺達は一向に構いません。ご迷惑でなければ、このまま護衛を継続いたしますよ」


「わぁ! 嬉しいです! クロウ、感謝いたしますわ!」


 ソフィレナ王女は両手で、俺の手をぎゅっと握り締める。

 その行動に周囲がざわめいた。


 う、うむ……感謝で手を握られただけとはいえ、一国の王女が庶民の俺に対して不用意の接触は普通あり得ないだろう。


 この国じゃ一応、嫁入り前ってことになっているしな。


 案の定、ネイミア王国の騎士達は目を丸くして驚いていた。


 一方で自国の王宮騎士テンプルナイトと侍女達は、俺のこと完全に『勇者パラディン』扱いしてくれているので微笑ましく見守っている。


 だけど、同じ仲間である筈のアリシア達の視線が最も痛かった。

 特に俺に対して鋭い目つきで凝視してくる。


 俺から手を握ったわけじゃないのに……。


 どうやら、この子達は「不可抗力」という言葉を知らないらしい。



 こうして、俺達もソフィレナ王女について行く形で、『ネイミア王城』へ向かうことになる。


 まぁ、俺も初めて行く国だから、ちょっと観光気分だ。

 それこそ、アリシア達は他国へ行く事態が初めてだろう。


 国内だと『竜』に狙われることもないだろうし、反国王派とかも他国の領土で何か仕掛けてくるとは思えない。

 したがって、そんなに構えることもないと思った。




 ソフィレナ王女の要望で同じ馬車に乗った俺は窓から村や町の風景を眺める。

 勿論、パーティ女子達も一緒だ。


 ちなみに側近である筈の王宮騎士テンプルナイトと侍女達は別の馬車に乗せられていた。

 これだけでも俺達パーティが、ソフィレナ王女に相当信頼されている様子が伺える。


 なんか、もう……ウィルヴァ超えしているような気もしてきたぞ。



「案外、ミルロード王国に戻ったら、クロウは既に勇者パラディンの推薦を貰っているかもね~」


 ディネが俺の気持ちを見透かしたように言ってきた。


「ああ、私もそう思うぞ。この度の戦いは、ミルロード王国の歴史に残しても可笑しくない大義だからな」


 アリシアまで便乗してくる。


吟遊詩人バード伝承詩サーガに取り上げられるかもしれません。クロック兄さんはそれだけの偉業を成し遂げたのですから……」


 隣に座るメルフィが嬉しそうに頬を染めて、俺の腕に身を寄せている。


 確かに今回の戦いは激しかったな……。


 竜守護教団ドレイクウェルフェアの暗殺を回避したり、イエロードラゴン軍団を蹴散らしたり、そして誰も命を落とさず無事に終えることができた。


 クエストとはいえ、とてもランクAの冒険者がこなせる事じゃない。


 アリシア達が言うように、SSSの冒険者だって難しい偉業だろう。


 だけど――。


「……三人共。俺を持ち上げてくれるのは嬉しいけど、結局戦果を挙げたのは俺じゃなく、ここにいるみんなだからな。俺一人じゃ、ここまで戦えなかったさ」


 考えてみりゃ、直接敵を斃したのは全てパーティ女子達じゃないか。

 俺は指示と防御に徹しただけだ。


「しかし、何度も言わせて頂きますが、クロウ様あっての私達です! そうだよな、セイラ?」


 アリシアは嬉しそうに、セイラに話を振る。


「え? ああ、そうだね……アリシアの言う通りだ。アタイもクロウが一番だと思っているよ」


 頷きつつ、温度差のある返答。

 何か歯切れの悪そうにも感じる。


「どうした、セイラ? 何か気になることがあるのか?」


 俺は聞いてみる。


「いや……アタイもアリシア達と同じ感想だよ、うん。けど……ウィルがね」


 セイラの言葉に、ユエルも頷く。


「わたしもクロウさんは勇者パラディンに相応しく、そうなるべき人だと心から思っています。ですが、ウィルお兄様も一生懸命、努力して頑張っていたのは間近で見ていましたから……」


 なるほど。


 ウィルヴァと古い付き合いであるセイラと、双子の妹であるユエルだからこそ、わかる心情ってことか。


 俺とて、これでウィルヴァと決着ついたとは思っていない。


「セイラ、ユエルありがとう……俺もウィルヴァがどんなに凄い奴か誰よりも理解しているつもりだ。まだ勝負は終わっていないさ。きっと奴のことだから、とんでもない仕掛けを用意しているに違いない。このまま大人しく終わるような男じゃないからね。俺は油断せず、そう期待しているんだ」


「クロウ……アンタ、やっぱ凄い男だよ」


「本当に……お兄様が認めた方なだけあります。わたしも……」


 セイラとユエルがニッコリと笑顔を向けてくれる。


 特にユエルが最後に言いかけた台詞が気になったけど、周囲の目も意識して聞かないとこにした。




 それから領主邸に一泊し、次の日の朝には再び王都へと向かう。

 昼頃に着くことになる。



 初めて目の当たりにした『ネイミア王国』王都の街並み。

 祖国である『ミルロード王国』より国土と規模は劣るも、多くの知的種族達で溢れている。


「……『竜』のおかげで戦争がない分、国交や外交もほとんどないような状態が何百年も続いている。やっていることと言えば他国間同士の情報共有くらいだよな?」


「そうですね、兄さん。魔道師ウィザードなどが、言語魔法を使って多国間でやり取りしていると学びました」


 メルフィは微笑みながら答えてくれる。

 相変わらず、俺の腕に抱き着くような密着した状態だけどな。


 それと、他国から来るのって冒険者や商人、それと難民くらいか?

 あと、竜守護教団ドレイクウェルフェアのような国際的なテロ集団もいたわ。


 そんな背景もあり、ソフィレナ王女じゃないが、このご時世に政略結婚に意味があるのかと思えてしまう。


 まぁ、奇病を患ったゾディガー王なりの親心もあっての縁談なのだろうが……。

 残り二年の寿命と言われれば、身寄りがいなくなる王女を他国へ嫁がせて幸せになってもらいたいと思うのも仕方ないことだ。


 でもソフィレナ王女は意外と自立心の高い女子で、将来は『薬学師ファーマシー』になりたいらしく、最近では冒険者も興味が湧いているらしい。


 どうやら俺達の影響みたいだけどな……。




 そして、夕刻頃。


 いよいよ『ネイミア王城』へ辿り着いた。


 ソフィレナ王女を中心に、護衛の俺達も城の中へと通される。


 軍事力に力を入れた『ミルロード王城』と違い、芸術的な文化を重んじる国柄があるらしく、城内の創りがそれっぽくて美しく華やかだ。


 しかし、鮮やかな建物に反して、随分と周囲が落ち着かず慌ただしいと思った。。


 婚約者である、ソフィレナ王女が来訪したからなのか?



 しばらく案内された客間で待っていると……。


「――ソフィレナ王女、大変です! 王太子殿下が何者かに暗殺されました!」


 突如、使い出した王宮騎士テンプルナイトがそう知らせてきた。






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