第188話 帰還と疑惑の国王

 ミルロード王国に帰還後。


 勇者パラディンサリィは惜しくもエンシェントドラゴンこと魔竜ジュンターを討伐し損ねたが、多大な損傷を与え撤退まで追い込んだことで凱旋として大きな評価を受けた。

 また周辺国に脅威をもたらしていた竜の軍勢を殲滅したことも称えられ、近日中に勲章が授与されるようだ。


 しかし、サリィ本人は『竜殺しドラゴンスレイヤー』の資格を得られず夢の『レッツ・ハーレム・パラダイス』が遠のいたことを不服とし帰還後からふて寝中だと言う。


 勇者パラディンサリィをよく知るリーゼ先生曰く――。


「サリィちゃん。任務が失敗した腹いせに、また近いうちに盗みとか働くよぉ」


 と語っていた。

 なんでもストレス解消の捌け口として窃盗を働くルーティンだとか。

 元盗賊シーフとはいえ、随分と傍迷惑なルーティンだ。


 ちなみに次期勇者パラディンである俺とパーティ達が参戦したことは一部の貴族と兵士のみが知ることであり、国民達には知られず極秘扱いだった。

 その理由としては、俺達がまだ学生の身でありクエストの内容だけに批判する貴族もいるからだとか。

 以前は懐刀であったランバーグ公爵が揉み消し一蹴していたが、現在のミルロード王国にはそういった力を持つ人物がいない事情もあるようだ。


 一応、ゾディガー王から報酬金は貰ったけどね。

 しかも新しい別荘でも買えるんじゃね? って感じの破格の金額だった。


 本来ならこういった金はみんなで山分けにするところだが、今回はユエルが不在であることと、また女子達から「俺との将来を考えて使いたい」という提案が聞かれた。

 結局は俺が男爵バロンとして治めている「ターミア」領に寄付することにする。

 ところで俺との将来ってどういう意味だろう?



 凱旋してから間もなく、俺達は疲労を回復させ学生に戻った。

 そしてやっぱり、エドアール教頭に呼び出され教頭室へと訪れている。


「――早々に呼び出してすまない。皆、無事に戻って来てくれて何よりだよ」


 普段通り書斎机越しで対面する、エドアール教頭が俺達の働きを労ってくれた。

 教頭室には生徒である俺達以外にも、リーゼ先生とスコット先生がいる。


「ありがとうございます、教頭先生。おかげで現役の勇者パラディンから色々と学ぶことができました」


「え、本当? あんなんで? それなら良かったけど……私に気を遣わなくていいからね、クロック君」


 まさか他人をディスったことのないエドアール教頭が現役の勇者パラディンを「あんなん」扱いとは……しかも俺が気を遣っていると思っている。

 教頭、どれだけサリィ先輩のこと嫌いなんだ?

 

 そういや、サリィもエドアール教頭を嫌っていたっけ。

 俺から言わせれば、お互いの立場が違う故の軋轢って感じだけどな。

 まぁ確かに問題の多い勇者パラディンではあったけど……。


「別にそんなことは……確かに風評通りのところもありましたけど、勇者パラディンとして使命に溢れる先輩だなっと感銘を受けました」


「そんなのアレだろ? 好みの美少女達との『レッツ・ハーレム・パラダイス』計画のためとかでしょ? 彼女、そのために『竜殺しドラゴンスレイヤー』を目指すと学生時代からの口癖だからね」


 え? そーなの?

 てかエドアール教頭にまで知られているとは……サリィ先輩、あんたってどんだけ欲望を糧に生きているんだよ。


「まぁ目的はどうあれ……戦い自体は学ぶところが多かったことは事実です、ハイ」


「……優しいね、クロック君。まぁ実力だけは抜群だからね、サリィ君は。それより、リーゼ先生から報告は受けているよ。ウィルヴァ・ウエストの――」


 エドアール教頭は口調を変えて訊ねてくる。

 どうやら、こちらが本題で俺達は呼び出されたようだ。


「はい。ガチ、いえ本当に奴は『竜守護教団ドレイクウェルフェア』と徒党を組んでいました……全身が黒き甲冑に身を包み素顔こそ見せませんでしたが、あれは間違いなくウィルヴァです」


「そのようだね……なんでも『創世記ジェネシス計画』だかのために、我々を裏切り向こう側についたとか。彼のもう一人の妹、我々には見えない存在……レイルと共にね」


 俺は「はい」頷きつつ、チラっと傍に立っているリーゼ先生を見据える。


「リーゼ先生、ずっと聞くの忘れていたけど、あの時、《サンクチュアリ・ナビゲーター聖域への案内人》でレイルって妹の存在は感知できなかったの? ウィルヴァの口振りからあの森のどこかにいた筈なんだよね」


「うん、無理だったよぉ。幽霊ゴースト系なら感知できるんだけどね……ごめんねぇ」


 そうか……リーゼ先生でも無理じゃ仕方ないか。


「レイルという娘に関しては、カストロフ伯爵に調べてもらっている。ユエルさんの協力を得ながら……もうじきここに伯爵が来るだろう」


「え? 教頭先生、ユエルも戻って来るんですか?」


「いや彼女はどうだろう……昨日ようやく辺境の『ポプルスの村』に到着したようだからね。来るのはカストロフ伯爵と、あとゲストが数名ってところかな」


「数名のゲスト?」


 俺の問いに、エドアール教頭は頷き「クロック君も知っている人達だよ」と流した。

 知っているって誰よ? さっぱり検討つかんわ、いやマジで。

 まぁ、いいや。そのうちわかるだろう。


「話は変わるが、クロック君。キミ達に伝えたいことがある――ランバーグについてだが」


「ランバーグ公爵? いえ元公爵でしたね」


「ああ、まずはウィルヴァ君、いやウィルヴァだな……以前キミに話した通り、彼は義理父であるランバーグ公爵と通じて『竜守護教団ドレイクウェルフェア』と繋がりを持ったように思われているが実もう一人、教団と繋がりがある疑惑の人物がいるのだよ」


「疑惑の人物? 誰です、それ?」


「――ゾディガー王だよ」


「え?」


 思わぬ名が出て、俺の思考が停止してしまう。

 あのゾディガー国王が?

 俺のことを評価してくれている良い王様だと思ってたのに……。


 それにあの人、ソフィレナ王女の父親だろ?

 いや正確にはアリシアだけど……。


 エドアール教頭からの思わぬ発言に俺だけじゃなく、パーティの女子達さえも目を丸くして驚いている。

 彼女らとて何度も顔を合わせている人物だけに……アリシアも本人は知らないとはいえ、実の父親だ。


「ま、まさか……何か証拠とかあるんですか?」


「いいや、まだ疑惑の段階だよ。それにランバーグのことだ、ゾディガー王と繋がる証拠なんて残してないだろう」


「だったら……」


「ランバーグがどうしてあそこまで暗躍できたのか……いくら懐刀の公爵とはいえ、自由すぎると思わないかい?」


 エドアール教頭からの問いに、俺は停止していた思考を巡らせる。


「た、確かにそうですけど……ですが俺としては権力を持ち過ぎた故だと思っています。特に貴族社会って爵位とか序列で成り立っていますからね」


「その通りだ、クロック君。流石は男爵バロン……では誰がランバーグにそこまでの権力を与えたのか? 『隠密部隊』という私兵を作り、他国まで影響を及ぼせるほど……さらに今回の暴走も含まれている」


「……ゾディガー陛下が意図を引いていたと?」


「そうだ。末端とはいえ王家に属している私からしても、ランバーグの力は異常だ。最初はランバーグが陛下を何かしらの方法で懐柔していたと思っていたくらいさ……だがカストロフ伯爵とのやり取りを見ている限り、ゾディガー王は正気だ。今はあのような老体の姿だけど、常に頭はキレる聡明な人だよ」


 エドアール教頭が言う、カストロフ伯爵とのやり取り。

 それはゾディガー王が実娘のアリシアと故人であるブリッタ王妃と会わせるため、事あるごとにカストロフ伯爵と幼いアリシアを王城に招いていたことだ。


 カストロフ伯爵もランバーグにハメられ出世の道から外されるも、逆にゾディガー王に恩を売るため従いながら信頼を勝ち取り、爵位以上の発言力をつけていた。

 もしゾディガー王がランバーグに操られていたら、このような駆け引きは成立しない。


 そもそもランバーグはカストロフ伯爵が邪魔で失墜させるため、護衛対象だった赤子のアリシアを拉致するよう『隠密部隊』に指示させていたのだからな。

 現実じゃカストロフ伯爵は失墜どころか、今では王族のエドアール教頭を強力関係であり、自分より権力を有する貴族だろうと抗えない捜査権と発言権を有している。


 それらの許可を与えたのも全てゾディガー王だ。


 ひょっとして何か別の思惑があったとでもいうのか?

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