第187話 クロウの秘めた決意

 それからも勇者サリィは百合的な欲望を延々と吐き散らしている。


「――まずは勇者パーティの子達を嫁として迎い入れるわ! 次にリーゼよ! あの超バインバインが忘れられないのよん! 後輩くんには悪いけど寝取っちゃうからねぇ! そういや後輩くんのパーティメンバーも美少女ばっかよねぇ!? 全員、つまみ食いしちゃおうかしらん! もう堪んねぇぇぇなぁぁぁ、オイッ!!!」


 右大腿部の損傷と出血を忘れるほど、サリィは自分の妄想でハイテンションとなっている。


 黙って聞いていた黒騎士ウィルヴァは首を横に振るう。


『……今度はそちらの時間稼ぎですか? お仲間の神聖官クレリックが駆けつけて来るまでの……既にリーゼ先生の《サンクチュアリ・ナビゲーター聖域への案内人》で連絡済みですね? 距離からして、到着まで残り2分くらいでしょうか』


「ギクッ!」


『サリィさん、僕は前周・・で一度貴女とお会いしている。ミルロード王城で勇者パラディンの引継ぎした際……貴女はそうやってふざけつつも使命感に溢れ、この世界の風潮や世襲について疑念を抱き反骨していた。きっと今もその筈です』


「前周? ア、アンタ、いったい何を言ってるの?」


『願いを叶えたいなら、寧ろ僕達につくべきです。っと言っても信念の固い、サリィさんなら拒否すると思いますが……どちらにせよ、その足じゃまともに戦えない。回復薬ポーションも使い果たしているようですし、そもそも僕はその時間を与えません。もう無理に動かない方がいい……早く止血しないと数分後に死にますよ?』


「ムカつく奴ッ! 次に会ったら殺すからね!」


『残念ですが僕は誰にも殺されるわけにはいかない……それが許されるのは、この世でただ一人の男です。そう嘗て好敵手ライバルであり友と呼んだ彼――』


 ウィルヴァは動けない勇者パラディンに背を向けて歩き出した。

 例えサリィが短剣ダガーを投擲しても、彼のスピードなら瞬時で躱すことができる。

 いや、それ以前にあの鋼鉄に覆われた漆黒の鎧に通じるのか疑問だ。


 それにウィルヴァが指摘した通り、サリィが受けた右大腿部の損傷は動脈を貫いている。

 骨も砕かれているので無理に動けばダメージは悪化し、出血死する可能性さえあった。


 ウィルヴァは魔竜ジュンターに近づくと、傷ついた体に掌を添える。


『随分と無様な有様ですね――淳太君』


『うっ、うるせぇ! とっとと俺を逃がせ、「銀の鍵」め! 何故、いつまでも留まっている!? 早くしねぇと勇者の仲間が駆けつけてくるだろーが!』


『これでわかった筈だ。知的種族を侮ると手痛い目じゃ済まないということ。今後は僕とドレイクさんの指示に従ってもらう。それで助けてあげるよ。抜かれた心臓や骨もなんとかしよう』


『こんな時に交渉はやめろ! 早く逃がせぇ! もうそこまで連中が来ているゥゥゥ! あの勇者を復活させて、今度こそ俺を殺しに来るゥ! 来ちまうんだよぉぉぉぉぉ!!!』


『勘違いするな。これは交渉でなければ盟約でもない――命令だ。貴様は僕達の、竜守護教団ドレイクウェルフェアに服従するしか生き残る術がないんだよ。嫌なら、この場で切り捨てる……別のエンシェントドラゴンを手駒にするまでだ』


『わ、わかった! 服従する! だから早く助けてくれぇぇぇぇ!!!』


 魔竜ジュンターの言葉を聞き、ウィルヴァは首肯する。

 チラッと後方を見据えた。


 跪く勇者パラディンサリィの後方からパーティの仲間達が近づこうと向かって来る。


『接触まで残り30秒か……もう限界だな。思わぬ奇襲で貴重な兵を全滅されてしまったが、淳太君の躾けもできたし……何よりクロウ君に会えた。結果オーライとしよう――最高司祭ハイエンド・プリーストエナ、お願いします!』


 ウィルヴァが呼びかけると、上空の扉は応じる形で開かれた。

 途端、入り口から凄烈な光輝が注がれ、見る者の視界を奪っていく。


「な、なんなのよぉ、もう!」


 サリィは愚痴を零して目を伏せる。

 間もなくして視界が回復した頃には、上空の扉が消失していた。

 黒騎士ウィルヴァと魔竜ジュンターの姿も見られない。


 あの一瞬で何事もなかったかのように全て消え失せてしまった。


「チクショウ、あのクソがぁぁぁ! あたしのハーレム・パラダイスの夢がぁぁぁぁぁ!!!」


 サリィは屈辱に苛まれ絶叫する。割とどうでもいいことで激昂していた。


 ほぼ同時に彼女のパーティが到着する。

 神聖官クレリックカネリアによって損傷の回復がなされ、無事に命を繋ぐことができたのであった。



◇ ◇ ◇



(――っというわけよん、後輩くん! あの黒騎士ウィルヴァって男、殺してぇ!! あたしのハーレム・パラダイスを返してぇよぉぉぉん!!!)


 説明してきたサリィから愚痴と共に訴えてくる。

 魔竜ジュンターを仕留め損ねたことで、『竜殺しドラゴンスレイヤー』になれず、何故か俺に逆ギレしていた。


「つまり、まんまと奴に出し抜かれたってわけですね……本当なら『現役の勇者パラディンの癖に~』って罵ってやりたいっすけど、相手が奴じゃ無理もないっす」


(そもそも、後輩くんが取り逃がした奴だよね? じゃあ責任取って、アリシアちゃん達を一日だけ貸してぇ! 悪戯なんてしないからぁ、ちょっとつまみ食いするだけだからぁぁぁん!)


 挙句の果てにはムカつく提案をしてくる始末。

 いい加減うぜぇ。

 けど先輩だし、「俺が取り逃がした」って点は否定できないから何も言えない。


「そこは素直にすみません。俺もまさかこんな所でウィルヴァに遭遇するとは思わなかったので……それに《反特殊能力無効領域アンチスキルフィールド》でしたっけ? 効果系の特殊スキルを無効化するって言う……おそらく俺対策に開発された鎧。あのまま戦っていたら、俺も危なかったと思います」


 そういう意味では、俺の方がウィルヴァに見逃されたのかもしれない。

 おまけに《特殊能力増幅化装甲スキルブースト・アーマーとやらで、弱点を克服するどころか強化までなされているとは……。


 クソッ! やっぱ、ウィルヴァは既に俺の上を行きやがるッ!


(じゃあ後輩くんは反省しているってわけね?)


「反省と言うか……サリィ先輩が頑張ってくれたおかげで、謎だった部分が解けたかなって感じですかね」


(だったら、アリシアちゃん達貸して! それで我慢するわ!)


「駄目に決まっているじゃないっすか……とっとと帰りますから戻って来てください」


 俺の呼びかけに、サリィは(ちょっと待って……あたしと仲間達もボロボロなのよん。もう少しで『魂力』が回復するからぁ)と、元気そうに見えて何気にギリギリの状態だったことが伺えている。


 しかしながら、あれだけの大部隊にもかかわらず、全員無事だったのは奇跡だ。

 ウィルヴァと魔竜ジュンター以外は掃討したからな。

 しばらく連中も行動を移せない筈だ。


 だが、ウィルヴァ。

 奴の口振りだと体制を整え次第、必ず攻め込んで来るに違いない。

 次こそ、奴と決着をつけることになるだろう。

 その時に奴の口から真相を聞き出してやる……。


 何故、俺達を裏切ったのか。

 何故こんなバカな真似をしているのか。


 そういや、サリィも気になることを言っていた。

 前周がどうとか、勇者パラディンの引継ぎで彼女と会ったことがあるとか。

 

 ――やっぱりウィルヴァも俺と同じ、未来から遡及してきたのか?

 

 その創世記ジェネシス計画』とやらのために――。


 俺は懐から銀色の『懐中時計』を取り出す。

 誕生日に奴から貰ったプレゼント。

 ピンチだった時、必ずこいつからウィルヴァの声が響いてくる。

 現に俺の特殊スキルが進化し強化されたのも、これが要因ではないかと思っていた。

 

 俺はぐっと懐中時計を強く握り締める。


「ウィルヴァが何を企んでいるのかわからない……けど、俺達知的種族を裏切り、竜を率いて害を成しているのは確かだ! 俺は戦う! どんな思惑だろうと断固として、俺はウィルヴァのやり方を否定する!」


「はい、クロウ様! 私も貴方様と共に正道を歩みましょう!」


「アタイもさ、クロウ! ウィルヴァの顔面に二~三発、鉄拳を食らわせないと気が収まらないよぉ!」


「クロウ、どこだろうとボクも一緒だからね!」


「兄さんに仇なす者は全て私の敵です! 常に傍にいます!」


 アリシア、セイラ、ディネ、メルフィも俺の主張に賛同してくれる。

 きっとこの場にいないユエルも賛同してくれるだろう。

 みんな俺にとって自慢の仲間であり大切な子達だ。


 そして、ゆくゆくは――いや、今考えるのは無粋な話だ。


(クロウく~ん……先生も忘れちゃ駄目だよぉ。お嫁さんにしてくれるって約束でしょ~、もう!)


 リーゼ先生が思念で訴えてくる。

 まさか勝手に俺の思念を読んだのか? 

 この先生が一番野暮じゃねぇか……ったく。


 それからサリィ達と合流し、俺達はミルロード王国に帰還した。

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