第186話 現役の女勇者VS元未来の勇者

 勇者パラディンサリィの説明によると、彼女の特殊スキル《強奪者の強制転換ロバリー・コンバージョン》により、魔竜ジュンターを追い込むんでいた。


 心臓と右足を奪った後、二度と空に飛べないよう翼の尺骨を奪い、さらに左眼の眼球を奪ったと言う。

 また攻撃されないよう肩関節と尻尾の骨を奪い、完全に身動きが取れない状態にした。


 そこまではサリィの独壇場であり、ある意味でなぶり殺しの状態だったと言う。


『こ、この女……勇者パラディンの癖にエグイ真似ばかりしやがってぇ! 来るなぁ、もう来るんじゃねぇぇぇ!!!』


 史上最も超巨体とする身を屈め怯えるエンシェントドラゴン。

 とても知的種族の天敵とされる、竜族最強の生物とは思えない情けない姿だ。

 

「うっさいわね! おたくが逃げ回るからでしょ!? 素直に急所を晒してくれれば一瞬で終わらせてやるわ!」


 サリィは言いながら、『魂力』用の回復薬ポーションを飲み干している。

 ちなみにこれが、彼女がストックしている最後の魔道具アイテムだ。

 つまり、あと一撃か二撃くらしか特殊スキルが使えないことを意味している。

 強力で絶対的な能力ほど魂力の消費が激しいものだ。


 サリィはそのことを悟られないよう平静を装う。

 じわじわと魔竜ジュンターに迫っていく。


『うわぁぁぁぁぁ、誰かぁ! 誰か助けてくれぇぇぇぇ! レイルゥ! あの糞小娘はどこに行ったぁぁぁぁぁ!!!』


 魔竜は長い首を上空に掲げ咆哮を上げる。

 それは恐怖を陥れるモノではなく、身動きが取れず逃げ場のない悲痛の叫びだ。


「無様ね……アンタ本当にエンシェントドラゴンなの? まるでガチで人族みたい……それにレイルって誰よ? まぁ、いいわ。今の状態なら奴の体をよじ登って残りの心臓も奪えそうね。次で終わらせてあげる」


 サリィが身を屈め踏み込もうとした、その時だ。



 ――ヴォォォッ!



 突如、空気を裂く異音が発生し、サリィは咄嗟に横に飛んだ。

 思考よりも体が真っ先に反応した。

 

 視線を向けると、遥か後方から一直線状に沿って地表が黒ずみ煙を上げている。

 さらにサリィがいた位置には黄金色の光輝に包まれた人の形を成した何かが佇んでいた。

 黄金色の輝きは徐々に小さくなり、少しずつ本来の姿を露わにしていく。


 ――全身が漆黒の鎧に覆われた、黒騎士。


『流石はミルロード王国を代表する現役の勇者パラディン……直感だけで反応して躱し切るとは。まぁ僕も攻撃するつもりはなかったんだけど』


「誰、アンタ? ウィルヴァ・ウエスト……ふーん、後輩くんと同じ勇者パラディン候補だった生徒ってわけ? 自分から権利を放棄して祖国を捨て、竜守護教団テロリストに加担するなんてイカレてるねぇん?」


『リーゼ・マイン先生ですか? 彼女の《サンクチュアリ・ナビゲーター聖域への案内人》は相手の本質を見抜き、リアルタイムに仲間内で情報と戦況をリンクさせる能力……やはり厄介なスキルだ』


「邪魔すんじゃないわよ。アンタもあたしの射程距離にいるんだからね」


『《強奪者の強制転換ロバリー・コンバージョン》ですね。相手の何かを奪う特殊スキル。射程距離は10メートルくらいでしょうか?』


 初対面にもかかわらず言い当てる、黒騎士ウィルヴァ。

 サリィの瞼がピクッと痙攣した。


「……どうやって知ったのよ? ここでしかお披露目してないんだけど? エンシェントドラゴンって思念を送ることができたっけ? それとも魔法?」


『そちら側に存在が知られてしまっているようなのでネタバラしいたしますが、僕の妹です。あの子が遠くから、貴女の魔竜ジュンターを追い込んでいるところを眺めていました。彼女は僕達兄妹のみ思念を飛ばすことができる。「銀の鍵」と竜族以外の存在では決して目視することのできない妹です。まぁこの世界自体の干渉を受けない子なのですが』


「……なるほど。その妹がレイルね? 話だけだけど、リーゼにも情報があるわ。その妹がそちら側の伝達役ってわけ?」


『そんなところです、勇者パラディンサリィ』


 ウィルヴァは鞘から剣を抜く。

 当然、サリィも両手の短剣ダガーを構え臨戦態勢となる。


「あたしとやろうっての? 音速以上に素早く動けるらしいけど、クールタイムが必要なんでしょ? まだ1分経ってないわよ」


『心配ご無用。この黒き鎧は竜守護教団ドレイクウェルフェアの教皇が開発した特殊性でね。内装に《特殊能力増幅化装甲スキルブースト・アーマー》が施され、『魂力』の増幅は勿論、僕の特殊スキル《ゴールド・フラッシュ黄金の閃光》の欠点を補う機能がある。つまり連続してスキルが発動することができるんだ』


「そっ、だから何? だったら動く前に心臓か脳みそを奪ってやるわ!」


『それも無理ですよ。この鎧の外装は《反特殊能力無効領域アンチスキルフィールド》機能が備わっている。あらゆる効果系の特殊スキル能力を無効化することができるんだ。欠点は物理的攻撃と放射系スキルは無効化できないってところです』


「へーっ、そう」


 サリィは平静さを装うも、内心穏やかではない。


(やばっ! こいつ、あたしと超相性悪い奴じゃん……ぶっちゃけ、どうしょう!?)


 などと焦り思考を巡らせていた。


 が、その時だ。

 蹲っている魔竜ジュンター側に異変が生じる。


 いつの間にか頭上から巨大な光の扉が出現し宙に浮いていた。

 それはエンシェントドラゴンの体を遥かに凌ぐサイズを誇り、淡い光を放つ謎の扉であった。


「な、何あれ!? めちゃデケェ!!!」


 勇者パラディンサリィですら驚愕してしまうほどの異常事態。


『あの扉は、竜守護教団ドレイクウェルフェアが誇る最高司祭ハイエンド・プリーストの特殊スキル――《メタスタシス・ドア異次元転移の扉》。あらゆるモノを任意の場所に転移させる能力です。戦闘向きじゃなく至極シンプルですが、あのようにエンシェントドラゴンですら対象となる万能スキルですよ』


 黒騎士ウィルヴァは丁寧に解説しながら移動し、サリィの前に立ち塞がる。

 すぐに落ち着きを取り戻したサリィは鋭く凝視すると同時に「フン」と鼻で笑う。


「何よ、時間稼ぎ? それとも戦おうっての?」


『……ただの時間稼ぎです。今、魔竜ジュンターを失うわけにはいきません。彼は「創世記ジェネシス計画」の柱と呼べる存在……サリィさんのおかげで大分痛い目に遭っていますが、逆に知的種族を侮り傲慢だったジュンターの躾けと成長になったことでしょう。そういう意味では、追い込んでくれた貴女には感謝です』


「うっさい! 逃がさないわ――痛ッ!?」


 サリィが踏み込むと同時に下肢に激痛が走る。

 右側の大腿部の中心が何かよって射貫かれていた。


 まるで銃弾を受けたような陥没した裂傷、血が溢れて足の力が入らなくなる。

 どうやら動脈だけでなく、骨も砕かれているようだ。

 

 サリィは「ぐっ……」と呻き声を上げ、その場で膝を着いた。

 顔を上げ、対峙する黒騎士ウィルヴァに視線を睨む。


『――《ゴールド・フラッシュ《黄金の閃光》》です。予め握っていた小石に特殊スキル効果を一時的に移植し、指弾で射たせてもらいました。ノーモーションから放たれる、音速を超える弾丸では、いくら勇者パラディンでも容易に躱せないでしょ?』


「……強化系の特殊スキルだって聞いたけど?」


『ええ普段は……僕は父譲り・・・の体質でして、ベースとなっている特殊スキルの系統を変化することができるのです。だから効果系もどきの効果を発揮することもできる……すみません』


「どうして謝るのよ……敵対する相手に?」


『本当は誰も傷つけるつもりなどありません……けど、そうでもしないと計画が成し遂げられない。多くの犠牲をなくしては達成できない。決められたシナリオに贖うことできない……そう定められています』


「さっき言ってた『創世記ジェネシス計画』ってやつね? なんのことかさっぱりだけど、おたくらの都合に従う筋合いなんてないわ! なんとしても、ここで魔竜ジュンターを仕留めるッ! あたしは『竜殺しドラゴンスレイヤー』になって、世界中の美女と美少女達とで、レッツ・ハーレム・パラダイスなんだからぁぁぁぁぁ!!!」


 この期に及んでも欲望に忠実な勇者パラディンサリィ。


『……はぁ?』


 黒騎士ウィルヴァは絶句し、しばらく沈黙するしか術を持たなかった。

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