第12話 抗う運命の決定




 翌朝。


 俺はメルフィと待ち合わせをして、スキル・カレッジに登校する。


 ミルロード国の王都に建造され、他の建物よりも一際目立つ大聖堂のような学院だ。

 守護女神フレイアの恩寵を受けているだけあり清楚感溢れる煌びやかな佇まいでもある。



「――では兄さん。私はここで……」


「ああ、メルフィ、頑張れよ」


「……寂しいです」


「うん……昼休み、また来ればいい。待ってるからな」


「はい」


 メルフィは柔らく微笑みをこぼし、Cクラスの教室へと向かった。


 昨日、久しぶりに甘えさせたので今日は機嫌がいい。

 

 美人で冷静クールな見た目の割に、お兄ちゃん大好きっ子だから余計に可愛いったらありゃしない。

 未来のトラウマがなければ、俺がメロメロになっているかもな。


 けど、あまり期待して受け入れてしまうと後で心変わりされた時の損失感が大きい。

 

 あの未来のように……。

 もう、あんなのは真っ平だ。


 だから、一人でスローライフを目指しているわけで……。

 


 俺はEクラスに行き、教室の扉を開ける。


 ん?


 珍しく、教室内がざわついているようだ。


 クラスの連中が一ヵ所に集まって何か話込んでいる。

 まるで怯えているようにも見えるのだが?


「おい、どうしたんだ?」


「クロック……あれを」


 男子生徒が恐る恐る指を差して教えてくる。


 何故か俺が座る席に向けて。


 そこに視野を向けると、金髪の美少女が微動だにせず、しれっと座っている。

 ほっそりした両腕と両足を組んで、どこか偉そうだ。

 

 最早、見間違える筈もない、その女は――


「アリシア!? お前、どうしてこのクラスにいる!? そこは俺の席だぞ!」


 俺が指摘すると、アリシア・フェアテールは切れ長の双眸を俺に向ける。


「知っている。だがから腰を下ろしているのだ、我が主よ」


「主だと!?」


「そうだ。貴様……いや、貴方は私との決闘に勝利した。約束したろ? 負けた方が下僕になるとな」


「それはお前が俺に勝った場合だろ!? 俺が言ったのは、二度と関わるなって話だろうが!」


「だが、ここまで事が大きくなってしまったのだ。このままというわけにもいくまい」


「事が大きくだと? どういう意味だ?」


 妙なことを言ってくるアリシアに向けて眉を顰める。


「貴方は私に勝った……そして下位のEクラスの者が上位のAクラスの者に引けを取らない『特殊スキル』を見せつけたのだ。しかも貴方は、Aクラスへの移動を拒んでいると聞く」


「ああ、その通りだ。はっきり言うと、Aクラスにはお前らみたいな偉そうな奴が多いからだ!」


「うむ。そういう包み隠さず正直な所も気に入っている。しかし、その反骨精神のおかげで周囲の者達に良しとされてないのも事実だ。特に教師達や三上位クラスの連中からな」


 アリシアが言う『三上位クラス』とはAクラス、Bクラス、Cクラスの『対竜撃科』を意味する。

 ちなみに三上位クラスは適正の職種で区切られているだけで同じ立場として見られていた。


 あれ? 待てよ……。


 つーことは俺は、その『対竜撃科』の連中と教師達から疎まれているってのか?



「良しとされないって……俺がAクラスに行かないからか?」


「そうだ。考えて見るがいい、Eクラスの出身の貴方がこのまま卒業し『竜狩り』で功績を上げてみろ、国王や民はなんと思うか……下手をしたらこの学院の威信や名誉にも関わるだろう」


 要はエリート以外に活躍するのはバツが悪いってか?

 この学院のこういう所が嫌いなんだ。


「安心してくれ。俺は冒険者を目指すが、『竜狩り』には参加しない。学年主任のスコット先生にも、きっぱりそう言っているんだ。卒業後は自由気ままなスローライフを送りたいと思っている」


 お前らのいない場所でな。


「それほどの特殊スキルを持っているのにか? 貴方なら騎士どころか勇者パラディンにもなれる器を秘めているかもしれないのに……」


「ありがとよ……。だが、これは俺の人生だ。自分の未来は自分で決める。もう二度と誰かの物差しや価値観に左右されない。そう決めたんだ」


「まるで過去に人生を失敗したような口振りだな。だがその強気意思、益々気に入ったぞ」


 アリシア立ち上がり、俺の前で跪く。

 他のEクラスの連中が見ているにも関わらずだ。


 思わぬ女に思わぬ行動をされ、俺は焦ってしまう。


「な、何してんだ、あんた!?」


「このアリシア・フェアテール。貴方様に永久に変わらぬ忠誠を誓うことをお約束しょう」


 アリシアは言いながら、どこか恥ずかしそうで頬を染めて頭を下げる。

 あれだけ高圧的な女が奥ゆかしくて可愛らしく見えてしまう。


 それに何だ……これ?

 

 まるで愛の告白をされているみたいじゃないか?


 ――いや違う……これはれっきとした『騎士の礼』だ。


 俺に対して、「永久の主として忠誠を誓う」と言っているんだ。


 あの最も因縁深いアリシア・フェアテールが!?


 この俺に!?


「ちょ、ちょっと待ってくれ! いくら決闘に負けたからって、何もそこまでする必要はないだろ!? お前にはウィルヴァがいるだろうが!?」


「ウィルヴァ? ああ、クラス委員長のウィルヴァ・ウェストか? 何故ここで奴の名前が出てくるのだ?」


「え……いや、それは……」


 流石に言えるわけねーわ。


 卒業時、お前は俺に見せつけるように、今やっているみたいにウィルヴァに跪いて忠誠を誓うってな。


 クソッ、あの時のトラウマが蘇ってくる……。


「とにかく駄目だ! 俺に構うな! もう放っておいてくれよ!」


 俺が怒鳴り叫ぶと、アリシアは俯いたまま立ち上がる。

 

 藍色の瞳を潤ませ暗く沈んだ表情から、彼女を傷つけてしまったようだ。

 だが俺は未来のお前に、その1000倍は傷つけられているからな。


「……わかった。今は退こう……だが、主よ。私は本気だからな」


 アリシアは顔を伏せたまま、勢い良く教室から出て行く。


 や、やべぇよ、あの女。

 もう俺のこと、がっつり『主』って呼んでるじゃん……。

 思い込みが激しいから質が悪いったらありゃしない。


「はぁ……」


 まるで嵐が去った静けさだ。

 もともと覇気のないクラスが、より静まり返っているような気がする。


 俺は溜息を吐き、椅子に座る。


「ん? 生温かい?」


 そっか、アリシアがずっと座っていたからだな。


 まさか、俺のために椅子を温めていたとか?


 流石にそれはないか……。





 昼休み、メルフィが来る。

 普段通り一緒に食事を取ることにした。


 そして食堂に行くと、周りがやたら俺を見ていることに気づく。


 学院中で、すっかり俺のことが広まってしまったらしい。


 それだけ、昨日の決闘でEクラスの生徒が、Aクラスの生徒に勝つなんてあり得ないことを意味している。


 リーゼ先生は快挙って言ってくれたけど、実際は禁忌領域タブーを侵した感じに近いかもしれない。


 特にこのスキル・カレッジにとっては……。


 アリシアじゃないが、このままの状態で学院に在籍していたら、他の連中から変に目を付けられてしまうかもしれない。



「――隣、よろしいかな? 主よ」


 そのアリシアが近づいてきた。

 食事を乗せたトレーを持って、やたら嬉しそうな笑みを浮かべている。


 案の定、朝の件で俺に散々言われたにも関わらず微塵もくじけてない。


 ある意味、こいつのメンタルが羨ましいぜ。


 俺の隣に座っていた奴が気を利かせて席を譲る。

 昨日の決闘もあり、この女の強さも知れ渡っている。

 したがって歯向かう奴はそうはいないだろう。


 アリシアが軽く礼を言い、俺の隣に堂々と座り込む。


「何の用だよ? 朝、俺は言ったよな?」


「私も言った筈だ……本気だとな。いくらの命令でもこればっかりは意地でも譲らん」


 頑固通り越して危険だな、この女。

 つーか、とっくの前にわかっていたけどな。


 このまま拒み続けても、こうして付きまとってきそうだ。


 もう俺に危害を加えることがないのなら、卒業までなんちゃってでもいいから主従関係を演じるしかねぇ。



「わかった……負けたよ。だけど『主』と呼ぶのはやめてくれ」


「ではなんてお呼びすればいい?」


「クロウでいいよ。前はそう呼ばれていたんだ(お前が発端だからな!)」


「クロウ様か、わかった。そうお呼びしょう」


 クロウ様……? 


 マジかよ……なんだか、とても妙な気分だ。


 まさか、こいつに『様』呼ばわりされる日が来るとは思わなかった。


 未来の自分に聞かせてやりたいぜ。

 真っ青な顔して泣きながら怯えるかもな。



 しかし、あの決闘から俺の未来が変わったのも確かだ。



 だが、どこでイレギュラーが発生して、大どんでん返しが待ち受けているかわからない。


 過去を変えるってことはそういうことだと思う。

 運命ってやつが無理矢理でも定めた未来にくっつけようとするんだ。


 今回のアリシアだってそう言えるのかもしれない。


 だが俺は変えてみせる。


 俺が望む未来を手に入れてみせる。


 運命の決定には従わない。


 いくら定められようとも最後まで抗ってやるぜ――。



──────────────────

【あとがき】

ここまで読んでいただきありがとうございました。

続きはノベルピアさんの方で連載中です。

そちらでも読んでもらえると嬉しいです。

よろしくお願いいたします<(_ _)>




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