第11話 割り切れない兄妹間




 スコット先生との話し合いを終え、一人で廊下を歩く。


 すると、


「えっと、クロックく~ん!」


 リーゼ先生が走って追いかけて来た。

 その度に両乳がゆっさゆっさ揺れている……。


「あっ、先生……先程はどうも。それにすみません、俺がいることで先生にも迷惑を掛けてしまうかもしれません」


「ううん、大丈夫~。それに先生こそ、ごめんね~、呼ばれた理由がああいう話だと思わなかったから~」


「いいえ、スコット先生の考えもわかります。より優秀で強い生徒を育成するのが、このスキル・カレッジの目的ですからね……学則がなかったら、今頃は強制でAクラスに移動させられていたでしょう……」


「ふ~ん、クロックくんって凄く大人の考えを持っているんだね。普通、スコット主任の前で、あそこまで言えないかも~。現に先生もスコット主任の前だと尻込みしちゃうしね~」


 ペロっと下を出すリーゼ先生に、俺は「ははは」と軽く笑う。


 まぁ、精神年齢は大人だからな。

 アリシア達や『竜』を相手にしていれば、まだ殺されないと思えるだけ、スコット先生と話しても安心だと思っている。


「それにね。先生、とても嬉しいよ~」


「嬉しい、リーゼ先生が? どうして?」


「だって、Aクラス行きを蹴ってまで、Eクラスのこと思ってくれているでしょ?」


「いや、俺は別に……ただ自分の未来だけを考えての言動です。別にクラスのことまで……」


「そお? でも先生ね、みんなから色々言われているけど、あのクラスが一番好きなんだぁ。だからクラスのみんなには、少しでも自信を持って胸を張って卒業してもらいたいの~」


 リーゼ先生はギャルっぽい間延びした口調の割にはしっかりとした自分だけの信念を持っている。

 じゃなきゃ、とても劣等生と言われたクラスの担任でいられるわけがない。


 いつもハイテンションなのも、陰気臭いクラスを元気付けるためか……。


 俺も当時は、この先生の想いや魅力に気づいてやれなかったな。



「リーゼ先生、言わせてもらっていいですか?」


「なぁに?」


「――結婚は慎重に考えてくださいね。お金持ちや貴族だけは絶対にやめてください」


「ん? んん? んんん~?」


 俺からの突拍子のない言葉に、先生はただ首を傾げるだけだ。


 そりゃまぁ、そうなるわな。


 けど言わずにはいられない。

 娼婦館ルートだけは回避してあげなければ……。


「俺が卒業までに無難な男を見つけてやりますよ! 先生には幸せになってもらいたいんです!」


「えっと……クロックくん。どうして先生が誰ともお付き合いしてないこと知ってるの?」


「え? いやぁ……勘です」


 ふ~んと、小柄なリーゼ先生は顔を覗き込んでくる。

 俺は目を反らすしか術を持たない。


「ハッ! まさか、クロックくん……先生のことを――!?」


 やべぇ、変な方向で勘違いしてきたぞ。

 リーゼ先生は思い込みが激しいんだ。


「ち、違いますよ! 俺は先生を見直しただけです! 勘違いしないでください!」


「えへへ……密かに生徒に想われるなんて嬉しいなぁ。先生、初めてだよ~。そっかぁ、うん、わかったぁ」


「何がわかったんですか?」


「クロックくんが『勇者パラディン』か『竜殺しドラゴンスレイヤー』に選ばれたら、先生のこと迎えに来て~ね♡」


 どさくさ紛れにとんでもない注文をしてくる、リーゼ先生。


 彼女の言う『竜殺しドラゴンスレイヤー』とは、知的種族が誇る最高峰の称号であり、勇者パラディンよりも厳しい条件の下で初めて得られる超プレミアの名誉職だ。


 一国に仕える『勇者パラディン』は入れ替わり制であり条件が発生した後、国王の判断で獲得できる分、『竜殺しドラゴンスレイヤー』は専門の評議会が厳正な審査してようやく称号権利が与えられるという。


 古い伝承でも平民から一国の王になった話は多く語り継がれているくらいだ。


 俺が生まれてからずっと、この大陸において『竜殺しドラゴンスレイヤー』の称号を得たって話は聞いたはない。

 無論、五年後の未来においてもな。


 つまり、それほどまで希少価値の高い称号ってことだろう。



「え、えっと……まぁ、考えておきます」


 俺は愛想笑いを浮かべ、曖昧な返答をする。

 つーか、スローライフ目指すって言ったじゃん。


 もうリーゼ先生、こういう所が天然なんだよなぁ……。






 それから、俺は学院を出て寮に戻った。


 今日は色々疲れてしまったので、栄養を取って寝ようとした矢先。



 コンコン



 誰かが扉をノックする。


 開けると、義理の妹であるメルフィが立っていた。


「どうした? ここは男子寮だぞ?」


「兄さんの妹だと説明したら、管理人さんが通してくれました」


「そうか……立ち話もなんだから入ってくれ」


 メルフィを部屋に招き入れ、ベットに座ってもらう。


 俺は机用の椅子に腰を下ろして、彼女と向き合った。


「んで、俺に何のようだ?」


「……兄さん、いつの間にあのようなスキル能力を?」


「ああ、《タイム・アクシス時間軸》のことか? 入学式の後、王都で占い師にスキル鑑定してもらって教えてくれたんだよ。俺の本当の特殊スキルをね……それで認識して使いこなせるようになった。ただそれだけさ……」


 俺が説明すると、メルフィは両手でスカートを強く握り締めて唇を噛みながら華奢な体を震わせている。


 今にも泣き出しそうな雰囲気。


「……見ていて私……とても心配でした。兄さんがあんな無茶な戦い方をするなんて……」


 メルフィが言うのも無理ないか。


 何せ、自分の手首を斬り落として、相手に投げつけたんだからな。

 勿論、俺のスキル能力で元に戻る確証があった上だが、にしても普通やらないことだ。

 実際に半端のない度胸と覚悟が必要だったし、あと滅茶苦茶痛かったからな。


 けど、それ以前に――。


「アリシアに勝つには、ああでもしなきゃいけなかったのさ……」


「……兄さんは、あの方をご存知なんですか?」


「え? いや……初対面に決まっているだろ、あんな傲慢な女」


「兄さん、入学式日から様子が変です。前は自分から喧嘩を吹っ掛けるような人じゃなかったのに……それに甘えさせてもくれました」


「メルフィ……この際、はっきり言わせてもらっていいか?」


「はい」


「俺はもう大丈夫だ。誰の助けもいらないし、一人で十分にやっていける。だから、お前も自分の幸せを考えて自分の好きなことをして生きてほしい。俺のことは気にしなくていいからな」


「……なんですか、それ? まるで兄さんにとって私が不要みたい」


 いや俺がじゃなく、お前が俺を不要になるんだよ。


 未来でな――。


 アリシアに勝ったからって、そう簡単に全てが変わるわけじゃない。


 特に人の心ってやつは……。


 この学院には、あのウィルヴァだっているし、こいつはきっと奴に靡いて行くに決まってる。


 そこは、あくまで五年後のままなんだ。



「ううう……嫌です」


 メルフィの黒瞳から大粒の涙が零れ落ちる。


「メルフィ?」


「嫌です……私、兄さんと離れたくない。ずっと一緒がいいです」


「メルフィ……」


 なんて純粋で可愛い妹だろう。

 思わず胸が、ぎゅっと絞られる。


 けど、そう思うと決まって未来のトラウマが蘇り浮かんでしまうんだ。


 俺を無視し、まるで害虫を見るような瞳で見下すメルフィの姿が――。


 いくら強くなっても、自分の心が傷つけられるのをわかってまで、一緒にいたいとは思えない。


 俺はそこまで寛大で強い男じゃないんだ。


 それこそ真の勇者であり、リーダーのウィルヴァとは違う。



 だけど……。


 俺は、メルフィの手を握る。


「兄さん?」


「わかったよ。俺達はずっと兄妹だ……だけど他に気になる奴ができたり、俺のことが嫌になったら、どうか自分の気持ちを優先してくれよ」


「他の人なんてあり得ません! ましてや嫌いになどなるものですか! 私、兄さんがいい、兄さんだけです! 兄さんがこの世で一番大好きなんです!」


 メルフィは怒り口調となり涙でぐしゃぐしゃになりながら、俺の胸に飛び込んできた。


 俺にとって、しばらくぶりに彼女の頭を優しく撫でる。


 実際はつい最近まで、泣き虫な妹に対して、ずっとこうしていたと思う。


 ――今のメルフィは何も悪くない。


 あくまで俺の気持ちの問題なんだ。


 だから、卒業するまでは義理の兄妹関係を続けよう。


 その後、これからのことを考えればいい……。



 メルフィの艶髪に触れながら、そう思い込むことにした。






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