第10話 Aクラスへの誘い




 だが、



 つん。



 剣ではなく人差し指で、アリシアの整った鼻梁の先に触れさせる。


 俺はスキル能力を解除した。



「――はぁっ!? 何だと!? クロック・ロウ、貴様どういうつもりだ!?」


「スコット先生、俺が先に三撃目を与えたぜ。さっきの手首攻撃を含めてな。俺の身体を使ったんだから攻撃として成立するだろ?」


 アリシアを無視し、審判約のスコット先生に問い合わせる。


「うむ……そうだな。以上、それまでとする! 決闘の勝者、クロック・ロウ!」


 スコット先生が叫んだ瞬間、周囲から歓声が沸いた。


「ちょっと待て!?」


 アリシアは声を張り上げる。


「何だ、騎士の癖にいちゃもんか? 文句は聞かねぇぞ」


「違う! 最後の一撃なんなんだ!? 鼻つんとは……貴様、私をバカにしているのか!?」


「剣……または体の何処かを使って触れればいいんだろ? ルール違反は犯してないぜ」


「わ、私はそういうことを言っているのでは……」


「――それにだ。あんたの綺麗な顔を傷つけるつもりは最初からねーよ」


「なっ……!?」


「俺が欲しかったのは、アリシア……あんたに屈しない覚悟と自信だったんだ」


 そう言って背を向ける。


 颯爽と足取り軽く、食堂を出た。






 トイレにて。


「うぉぉぉぉっ! よっしゃぁぁぁぁ! 俺は勝った! 勝ったぞォォォォォッ! アリシアに勝ったんだぁ! 見たか、オイ! 俺の勝利だぁァァァッ、ウッヒョーーー!!!」


 歓喜のあまり意味なく拳を振るう、俺。


「い、いかん……暴れたら、急に眩暈が……」


 どうやら結構血液を失っていたらしい。

 軽い貧血状態ってやつか。


 受けた傷は全部、以前の状態に戻したまでは良かったが……。


 俺のスキル能力 《タイム・アクシス時間軸》の欠点は『液体』にはスキル効果を与えることが出来ないのだ。


 けど、眩暈より嬉しさの方が何倍もあるぜ。


 ――あのアリシアに勝ったんだ!


 この万年雑用係ポイントマンのこの俺がだぞ!


 何回でも言うぞ!


 俺は勝ったんだ!!!


 これでクソッタレの未来を変えられた筈だ!


 もう誰も俺を無能者と呼ぶ奴はいねぇ!

 誰にもバカにされることはねぇ!

 虐げられることもねぇ!


「よぉぉぉし! 後の目標は――」


 このまま無事にスキル・カレッジを卒業して、俺はソロの冒険者になる。

 そしてスローライフだ。


 レアリティSRの特殊スキルと、カンストした技能スキル。


 どこにでも通用する筈だ。


 五年後の未来だって冒険者として、そこそこ成立してたんだからな。


 だったら尚のこと問題はねぇ!



 俺は気分を落ち着かせ、平然と教室に戻った。


 Eクラスの連中は、俺を奇異の眼差しで見つめてくる。


 そりゃそうだろう。


 同じ劣等生であり、落ちこぼれだと思っている男が、ヒエラルキー最上位であるAクラスのエリート様に決闘で勝ったんだからな。


 しかも実はとんでもないレアスキルを持ってましたってやつだ。


 普通に「お前何者!?」くらいは思うだろう。



 リーゼ先生が入ってくる。


「えっと~、みんな知っていると思うけど~、クロックくんがEクラス初の決闘で快挙を成し遂げました~、拍手~ッ! イエーイ! パフパフ~♪」


 一人だけ盛り上がる担任教師。


 他の生徒達はテンションが低く、パラパラとした拍手だけが聞こえる。

 元々こういう根暗クラスだから仕方ない。


「あとぉ、クロックくんは放課後、教員室に来てね~」


「どうしてですか?」


「えっと~、スコット先生がお呼びなの~」


 リーゼ先生に言われ、放課後に行ってみることにした。






「失礼します」


 俺は教員室に入る。


 リーゼ先生が出迎えてくれて、奥側にある一学年の主任室へと招かれた。

 こじんまりしているが清潔感溢れる一室だ。


 古くて立派な机に座り心地の良さそうな椅子に座る、学年主任のスコット先生。

 王族に仕える現役の至高騎士クルセイダーだけあってオーラが半端ない。

 アリシアを10倍にしたような威厳を放っている。


 机の隣には、Aクラスの担任であるイザヨイ先生が立っていた。

 俺と同じ黒髪の人族、『和の国』の出身だとか。

 相変わらず、目が細くて笑っているように見える。


「クロック君、よく来てくれた。まぁ、座りたまえ」


 スコット先生に促され、俺は用意された椅子に座る。


 なんか圧迫面接……あるいは尋問を受ける気分だ。


「クロック君。キミの特殊スキル能力拝見させてもらった。Aクラスでも稀なレアリティを持っている……どうして今まで黙っていたのかね?」


「いえ、黙ってたんじゃありません。つい最近、気づいたんですよ……それより聖堂にある鑑定祭器、実は壊れているんじゃないですか? それのおかげで俺はエラー級のハズレスキル扱いだったんっすからね!」


 俺はスコット先生相手でも平気で文句を訴える。

 普通の学生なら緊張のあまり両膝ガクガクで震えて喋れないだろうけど。

 一応、精神年齢が21歳なので、そう簡単には動じない。


 スコット先生は両腕を組み「まさか……」っと呟く。


「そんな筈はない。あの祭器は、フレイア神殿から正式に譲り受けた代物だ」


「キミ自身、あるいは第三者がスキル鑑定できないよう、何かしらのロックを施したんじゃない?」


 イザヨイ先生が聞いてくる。


 俺は鼻でフッと笑った。


「……あり得ませんね。現に俺は王都で『占い師』からスキル鑑定を受けて、この特殊スキルに気づいたんですから」


「占い師? どんな人物だ?」


「知りません」


 きっぱりと答える。


 全身が黒のローブ姿で、辛うじて女性だってことくらいしかわからない。

 きっと、再び王都に行っても同じ場所で会えるかどうか……。

 何故かわからないが、そんな気がする。


「……そうか、どちらにせよクロック君、キミはEクラスにいるべき人間じゃない。アリシア君との剣術でも引けをとらない実力といい、明日からAクラスに移るべきだ。キミなら最高峰である『勇者パラディン』、あるいは種族『竜殺しドラゴンスレイヤー』の称号を得られるかもしれない」


「Aクラス? この俺が?」


 あのアリシアやリーダーのウィルヴァ、それに拳闘士のセイラがいる『対竜撃科』のクラス……。


「そうだ。確かにEクラスからAクラスに移動することは、この学院始まって以来の異例とも言えよう……まぁそれ以前にEクラスの者が他クラスの者と決闘で勝利したことさえ前代未聞なことだがね。クロック君、キミの才能は今のクラスで学ぶべきでないと、我々は判断しているのだよ」


 つまり、俺が劣等生扱いのEクラスに在籍することで他のクラス、特に『対竜撃科』の威信に傷がつくってか?


 この世界の社会情勢は、特殊スキルを持つ者が全てだから……。



 気に入らねぇ。



「――嫌です」


「なんだって?」


「嫌だと言ったんです。俺はこのままEクラスで学ばせてもらいます」


「どうして、Eクラスに執着するのかね?」


「別に執着しているわけじゃないんですが……一つ言わせていただくと、他のクラスより居心地がいいからでしょうか?」


「居心地がいい?」


「ええ、それに特殊スキルがレアってだけで移動されるのも疎ましいでしすし、この学院の体制にも不満を持っています。だから俺は劣等生と罵られているEクラスで卒業して『竜狩り』なんてぜず、自分だけの未来で気ままに生きますよ。目指せ、スローライフってね……あっ、別に学院の看板に泥を塗るつもりはないんで、どうか放って置いて下さい」


 俺はきっぱりと言い切ると、スコット先生とイザヨイ先生は「う~む」と項垂れる。

 

 別に先生達は一切悪くない。

 このスキル・カレッジにおいてのヒエラルキーやカースト制度に問題があるんだ。


 だからこそ俺は上には乗っからない。

 底辺だって立派に自由に生きていけることを証明してやるんだ。


「リーゼ先生はどうお思いです?」


 イザヨイ先生が意見を求めて来る。


「えっと~、私は学則通り『生徒の自主性を重んじる』でいいと思います~。クロックくんは、私が責任を持ってお預かりします~」


 リーゼ先生からの意外な返答で俺は驚く。

 てっきり厄介払いされるかと思った。


 だってスコット先生の誘いを蹴ってまで俺がEクラスに留まるってことは、今後担任の彼女にも不利益が生じてしまう可能性だってある。


 それを承知で彼女は俺を受け入れてくれると言ってくれた。


 気づかなかった……リーゼ先生って、ただの天然ロリ巨乳先生じゃなかったんだ。

 

 とてもいい先生じゃねぇか。


 こりゃなんとしても、彼女の未来も変えてやらないと可哀想だな。

 五年後、結婚した貴族夫の借金を背負って娼婦館で働くハメなんてあんまりにも酷過ぎる。


 安心しな、リーゼ先生。


 卒業まで、俺が無難ないい男を探してやっからな。


 こうしてAクラス行きの誘いを断り、主任室を後にした。






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