第218話 戻りつつある関係

「すまない、アリシア……けど、お前と同様に俺はこのパーティが、みんなのことが大切なんだ。だから誰も死なせたくない。みんなでミルロード王国に帰ろう」


 俺は真剣な眼差しを向けて言い切る。

 これも過去で彼女達と接し本来の姿を見てきたからこそ言えることだ。

 遡及する前のやさぐれた時では、そんな思考には決してならなかっただろう


「……わかりました。全て貴方様の仰せのままに」


 アリシアは従順に頷いて見せる。

 今までのことで彼女も俺に後ろめたさがある分、拒むことなく受け入れてくれた。


 俺は「ありがとう」と軽く呟きつつ、セイラの方に視線を向ける。


「というわけだ、セイラ。とっととかかって来いよ。鋼鉄手甲ガントレッドを装着したままでいいぞ。それとも雑魚だと見下していた雑用係ポイントマンに負けるのが怖いのか? ええ?」


「上等だぁ、クロウ! 後悔しても知らないよ!」


 セイラは装備を外さないまま戦闘態勢を取り、俺の顔面に向けて殴り掛かってきた。


 うおっ、相変わらず速ぇ!

 ……って、あれ?


 なんか五年前とあんま変わらなくね?

 いや、寧ろ遅ぇわ。


 俺はひょいと躱し後ろに回った。


「なんだ? ブチギレてんのに手加減してくれているのか?」


「うっさい! んなわけあるか! クッソォ、今のはまぐれさ!」


 ん? そーなの?

 てか過去のセイラはウィルヴァから独立したことで精神的に強くなり、実力も五年後越えしているってのか?


 なるほどな……。


 それからもセイラは何度も拳撃を放つが、俺は難なく躱し切る。

 もう完全に見切った。

 特殊スキルを使うまでもないわ。


「クソッ、なんで当たらないのさ……ぐすっ!」


 やはりメンタルも弱いままだ。

 半ベソかいてしまう始末。


「おい、セイラ。そんなザマじゃ、俺には一生届かないぞ。もういい歳なんだから、ウィルヴァに依存するのはやめろ」


「うっさい! あんたに何がわかるのさ!」


「わかるぞ。本当のお前はそんな弱い女じゃない。気高く強く自信に満ち溢れた最強の拳闘士グラップラーだ。俺はそんなお前に支えられ、いつも安心して背中を預け頼っていた……」


 そしていつしか好きになった。

 弱い部分も含めて全てな。


 俺は不意に動きを止めた。

 最小の動きで回避していたのと、神様とやらになったおかげで疲労はしていない。


 一方のセイラは激しく息を切らしている。


「セイラ、これで最後だ。一発、俺にガツンと食らわせてみろ。そうすりゃ俺の言っている意味がわかるだろう」


「ハァハァハァ――破ァッ!」


 セイラは渾身の力で俺の顔面を殴る。


 やっぱめちゃくちゃ痛いなんてもんじゃない。

 鼻骨が粉砕したぞ、これ。


 しかしだ、


「――《リプレイ再生》」


「ぐわっ!」


 セイラは自分の拳打を腹部に受けて吹き飛んだ。

 思わぬダメージにより、地面に蹲る彼女に俺は近づいて行く。


「悪かったな――《リワインド巻き戻す》」


 セイラの腹部に手を添え、攻撃を受ける前の状態に戻した。

 彼女は不思議そうな表情を浮かべ自身の腹部を擦っている。


「い、痛みが消えている?」


「これでわかったろ? 俺はもう無能者のクロック・ロウじゃないとな」


「クロウ様、今のは?」


 後方からアリシアが訊いてきた。

 俺は頷き詳細を説明する。


「これが俺の特殊スキル《タイム・アクシス・クロニクル時間軸年代記》だ。能力は触れた相手の時間を奪い自在に操作すること。ちなみにレアリティはEXRエクストラ……いや、今の俺はGODゴッドに到達しちまったらしい」


「な、なんと……」


EXRエクストラを超えたGODゴッドだって?」


 セイラは何事もなかったように、むくっと起き上がる。

 そもそもEXRエクストラの情報はセイラから聞いたことだ。

 なんでも彼女が「師匠」と呼ぶ人物が相応の特殊スキルがあったとか。


「嘘でしょ、あのクロウが……」


「し、信じられません」


 ディネとメルフィの二人も唖然として見入っている。

 SR級でも十分なレアだからな。

 それがEXRエクストラとなれば、彼女達にとって未到達の域だ。


 まずは俺の実力が勇者以上だとわからせ信用させるため、あえて挑発し知らしめる必要があった。

 この森を出て、ミルロード王国に帰還するには仲間達の団結が必要だからだ。


「お前達にとっては、つい今しがたのことだ。勇者と違い、たかが雑用係ポイントマンの俺如き信頼する価値もないだろう。だが信じてほしい。ここでパーティが分裂しては全員の生還は不可能だ。しかし俺達が団結すれば怖いモノは何もない。相手がエンシェントドラゴンだろうと負ける事はない。俺がそれを証明してやる」


「無論、私はクロウ様を信じます!」


「アタイも負けたからね。約束通り下僕にでもなんでもなるよ……それと第二の嫁ッて件、本当にいいのかい?」


「ありがとう、アリシア。勿論だ、セイラ……俺と一緒に来い」


「うん」


 俺は手を差し伸べ、セイラの手を握りしめ彼女を立たせる。


 その光景を黙って見ていたディネとメルフィに向けて、俺は口を開いた。


「二人共ついて来るだけでいい。と言うより、ついて来い。でなければ竜に食われて死ぬだけぞ」


「……わかったよ、クロウ」


「私は……いいえ、そうですね。従いましょう」


 ディネとメルフィは、まだ自分の気持ちに整理がつかない様子だ。

 しかし、ついて来ることに関しては承諾している。



 間もなくして、ユエルがやってきた。

 彼女は妹のレイルから、ウィルヴァがいなくなった経緯を聞いている筈だ。


 俺の方から一通りのことを説明すると、「……勿論その方がいいですね」と頷いてくれる。


 これでバラバラにならず、パーティが纏まる形を作ることに成功した。

 やれやれってやつだ。


 どうせ勇者パラディンが失踪した時点で、クエスト失敗扱いとなるだろう。

 であれば、俺達はミルロード王国に帰還するしかない。


 それから国王に報告し、このパーティは解散となる筈だ。

 とはいえウィルヴァが失踪した件……彼女達を含む周囲にはどう説明しょうか。



 その後――。


 安全な場所を確保し、野営の準備に入る。

 俺はいつも通り雑用係ポイントマンとしてテントを張り、火を起こし調理するなど完璧にやり遂げた。

 その手際の良さを見て、パーティの女子達からは「やっぱり、クロウだ」と感心している。


 が、


「――おい、ディネ。作業中に悪戯しようとしてんじゃねぇぞ」


「ギクッ、どうしてわかったの?」


「お前の手口なんて知り尽くしている。俺を舐めんなよ。それに例えアリシアにチクっても、彼女はもう俺に危害を加えたりしないからな」


「ちぇ」


「俺の気を引きたいのなら妙な真似せず後ろからハグしてくるとか、お膝抱っことかを要求しろ。そうしたら思いっきり可愛がってやる」


 過去のディネがいつも俺にやってくることだ。

 そういや、エルフ族のこいつは歳を取らないから見た目もそのままか。


「誰が……って、そうしたらボクを第三のお嫁さんにしてくれる?」


「ん? ああ、勿論だ」


 大分、以前の性格に戻りつつあるな。

 元々ちょろいのと単細胞なところがあるエルフ娘だ。


「ディネさん、兄さんに騙されてはいけません。いくら実力があろうと庶民では一夫多妻制は認められないのですから、せいぜい内縁か愛人ポジで弄ばれるのがオチですよ」


 メルフィは物陰から顔だけ出し、怪訝の眼差しで俺をじっと見つめている。

 頭の良い子に限って、心境の変化につていけないものだ。

 けど何気に兄さんと呼んでくれて嬉しいけどね。


「メルフィの意見にも一理あるが、確か勇者パラディンが不在となった時、パーティ間で決めた者が一時でも勇者パラディンポジとなる。確かそうだったよな?」


「あくまで緊急処置による対応です。それと一夫多妻制は関係ないのでは?」


「念押したまでだ。せっかく纏まりかけたと言うのに、ここで拗らせたら全員の生還に支障が出てしまうからな。ミルロード王国に戻るまでは、この俺がパーティのリーダーだ。それでいいな、メルフィ?」


「……わかりました」


「それとだ……今のお前は俺のことなんとも思ってないかもしれないが、俺にとってメルフィ、お前は大切な妹だ。お前だって兄と呼ばなくなってからも『ロウ』の苗字は捨てなかったろ? いくらメルフィが拒もうとも、俺は傍から離れないからな」


「……クロック兄さん、私は……いえ、なんでも……」


 まだ気持ちの整理がついてないようだ。

 これも英知の賢者職を生業とする魔道師ウィザード職故の矜持ということか。

 しかし手応えはあった。

 いずれ、あの素直で可愛らしい妹に戻ってくれると信じている。


「――クロウさん、ちょっといいですか?」


 そんな中、ユエルが思い詰めたように声を掛けてきた。

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