第219話 大人ならではの揉め事

「なんだい、ユエル?」


「少しお話しが……できれば二人きりでお願いしたいのですが?」


「わかった、いいよ」


 テントから少し離れた場所で、俺はユエルと二人きりになった。


「すみません、お仕事中に……そのぅ、妹から色々と話を聞きまして。ウィルヴァお兄様のこと」


「ああ、レイルからだろ? 確かユエルは思念でのやり取りしかできないんだよな?」


「は、はい……基本、彼女から呼びかけないと存在すらわかりません」


「知っている。今の俺は体質が変わっちまったみたいでね。今、レイルはキミの後で浮いている」


 俺にそう言われ、ユエルは振り向くも当然姿が見えることはない。

 対するレイルは一瞬、体がびくんと跳ね上がった。


『ちょっと、クロック! バラさないでくれる!?』


「別に姉なんだ、いいだろ?」


『そうだけど……お兄様と竜族以外じゃ、見られることがないから存在をバラされるのが嫌なの』


 レイルが言う竜族とは竜人リュウビトのドレイクと高い知能と意志を持つエンシェントドラゴンくらいで、大抵は彼女を見かけても無関心であるとか。

 そんな俺達のやり取りに、ユエルは何度も瞬きを繰り返し見入っている。


「……驚きました。クロウさん、本当にレイルが見えているんですね? ということは、ウィルヴァお兄様はやはり……」


「ああ、ウィルヴァはこの時代にはいない。五年前の過去の時代で『銀の鍵』として暗躍……いや、本当に父の命令で活動している。おそらく二度と戻って来ないと思う」


「わたしはよくわかりません……お兄様は何も教えてくれなかったから、本当のお父様のことも」


「知らない方がいいい。知ってもろくな内容じゃないさ……俺はみんなをミルロード王国に送り届けたら、なんとかして別々となってしまった『過去の世界』に戻るつもりだ。そうなったら、元いた雑用係ポイントマンとしてのクロック・ロウと入れ替わるだろう」


「元いたとは? クロウさん、貴方はまさか?」


「そうだ。俺は五年前の……いや、ここも俺が過ごした世界なんだが複雑な事情でここに戻ってきた。だから大体の事情を知るユエルに幾つかお願い事があるんだよ」


「わたしにお願い事?」


 首を傾げるユエルに向けて、俺は幾つかの要求を告げる。

 決して悪い内容じゃない。

 みんなが幸せになるための配慮と後始末だ。


 ユエルは真摯に向き合い俺を見つめながら疼いてくれた。


「――わかりました。わたしにお任せを」


「ありたとう、ユエル。どの時代でもユエルは聖女だ。そこは自信を持っていいよ」


 俺の言葉に、ユエルは照れたのか仄かに頬を染めている。


「は、はい……それとクロウさん、どうかウィルヴァお兄様をよろしくお願いします」


「ああ、わかった。決して悪いようにはしない。あいつだって本当は望んでないことを無理矢理させられているだけなんだ」


 実の父親ヴォイド=モナークによって。

 だからこそ、俺はウィルヴァを止めてみせる。

 《創世記ジェネシス》もヴォイド=モナークには渡させねぇ!



 俺はユエルとテントに戻り、今度は厠と称して一人で近くに湖へと向かう。

 月明かりに照らされ水面に反射して映る自分の容姿を見直した。


「改めて見ると酷ぇ顔だ……傷だらけだし自慢の黒髪も白髪だらけ。まさしくトラウマの象徴だな」


 俺は《タイム・アクシス・クロニクル時間軸年代記》を発動し、《リワインド巻き戻す》効果で傷跡を消し、髪も黒色に戻した。

 年齢は21歳のまま若返らせてはいない。

 神様とやらになったからか、こうした微調整も容易にできるようになった。


「おし、これで普段通りのクロック・ロウだ!」



 それから黒歴史を払拭させた気分で意気揚々とテントに戻る。


「お待たせ。腹が減ったな、飯にしようぜ」


「……クロウ様、そのお姿は?」


 アリシアが焚火の前でポーッとした虚ろの表情を浮かべ訊いてきた。

 元の姿に戻した俺をじっと見つめている。


「ん? ああ俺の特殊スキルで傷を消して髪も黒く戻したんだ。これが本来の俺って感じ?」


「そうですか……とても素敵です」


「ありがと、アリシア」


 俺が礼を言うと、アリシアは頷き顔を真っ赤に染めて照れている。

 惚れ直してくれたってところか?

 それはそれで嬉しい反応だ。


「随分といい男になったじゃないか。流石、アタイの夫だね……」


「そうだな、セイラ。お前もいい女だぞ」


「ボクもカッコイイと思うよぉ! 嘘じゃないからねぇ!」


「ディネも可愛いよ。無邪気なお前の存在が俺には欠かせない」


 俺の言葉に、セイラとディネは「えへへへ」とはにかんで微笑んでいる。

 好評で何よりだ。


 そんな中、メルフィの様子が何か可笑しい。

 上目遣いで俺のじっと見つめながら「うーっ」と唸っている。


「どうした、メルフィ?」


「皆さん……わ、私の……」


「ん?」


「私の兄さんなんですからね!」


 突然そうぶっちゃけてくると、俺に飛びつくように抱き着いてきた。


「メルフィ?」


「兄さん! クロック兄さん、ごめんなさい! 私、私……兄さんにとても酷いことを……どうしてそんな真似をしたのかわからない! わからないんです! ごめんなさい、ごめんなさい!」


 泣き叫ぶように懺悔してくる、メルフィ。

 その健気な姿に俺は胸が絞られ、ぎゅっと妹を抱きしめる。


「もういいって言ったろ? 大好きだよ、メルフィ」


「私もです! 大好きです、クロック兄さん! 愛してます、愛してるぅ……うわぁぁぁぁぁぁん!!!」


 メルフィは気持ちが溢れ、俺の胸の中で号泣する。

 俺はしばらく妹の頭を優しく撫でた。

 ようやくメルフィも元の性格に戻ってくれたようだ。


 すると、アリシア達が奇異な目で見てくる。


「……まぁ魔道士殿が兄を慕うのは普通として、流石に『愛している』というのは妙な違和感を覚えますなぁ」


「まぁな。俺とメルフィは義理の兄妹だ。同じ孤児院で過ごしていた頃、俺が『ロウ』の苗字をあげたんだ」


「「「「え!?」」」」


 その場にいる誰もが驚愕する。

 別にこの時代なら、お互いにいい年齢だし隠す必要もないと判断して正直に話してみた。


 が、


「であれば話が変わりますぞ! こら妹殿・ ・、私のクロウ様から離れてくだされ! 私が第一の嫁であり正妻ですぞ!」


「嫌です、アリシアさん! しばらくぶりの兄さんの匂いと温もり堪能させてください!」


「もうメルフィてば調子いいよね! あれだけクロウを避けていた癖に!」


「それは言わない約束でしょ!? てかディネさんや皆さんだって同じだったじゃないですか!? 私から兄さんを奪わないでください!」


「だったらアタイが粘土でクロウ像を作ってやるからさぁ。あんたはそれで満足しなよ」


「なんですか、セイラさん! そんなの嫌ですよ! 私は本物のクロック兄さんがいいんです! クロック兄さんはオンリーワンなんです!」


 やれやれ。

 昔に戻ったと言うべきか……なんだかなぁ。

 今度はみんなで俺を取り合う始末だ。


 ユエルも動じない姿勢を見せながら、「皆さん、クロウさんが迷惑してますよ!  離れてください!」と注意を呼びかけながら、何気に近づき寄り添ってくる。


 やっぱ未来も過去もこの子達のキャラは変わんないようだ。



 食事を終え、テントで寝る時になっても「誰がクロウと寝所を共にするか」で揉めている。


「いや、何度も言っているではないか! 私が正妻だ! 幼い頃よりクロウ様と結婚を誓い、それ以上に今でも愛し合っているのだ! 貴様らの横入りは可笑しいではないか!?」


「んなのクロウが決めることじゃないのかい? 要は誰が嫁としてクロウを満足してあげれるかだ! 今夜は満月なんだから、アタイが最高の思い出を作らせてあげるよぉぉぉ! アタイも初めてだけどさ……」


「んなのただ発情しているだけじゃん! ボクは純愛派だから強引なことしないもんねーっ! クロウ次第だけどぉ!」


「皆さんってば汚らわらしいです! そんな目で私の兄さんを見ていたんですね!? もう皆さんには任せられません! 私が兄さんの隣で寝ますからね! クロック兄さんの貞操は私が守ります!」


「……メルフィちゃん、本当の兄妹じゃないんでしょ? だったら健全とはいえないわ。ここは聖職者のわたしがクロウさんを夜通しお守りします。万一の際は男女の問題なので、親愛なるフレイア様にもごめんなさいです」


「「「「ユエルだって、する気満々じゃん!!!」」」」


 やべぇ、みんな大人だけに際どい会話しまくっている。


 明らかに過去の彼女達より大胆かつハードな目的で揉めているぞ。

 おまけにストッパー役だったユエルまで参入してくるもんだから、より加速しまくって誰も止めに入る子がいやしねぇ。


 俺も身体は元の21歳で年頃だけど、何分こういうのは初めてだからな……。


 どうしょう?

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