第65話 初めての誕生会




 俺が個室に戻ってくると、天井から壁に至るまで、派手で可愛らしい飾りつけが一面にされている。

 バルーン、ガーランド、フラワーのデコレーション等がとても色鮮やかだ。



「クロウ! お誕生日おめでとう!」


 ディネとメルフィがクラッカーを鳴らして祝ってくれる。


「サンキュ、ディネ。しかし、よく短時間でこれだけ凝った飾りつけをしてくれたもんだな?」


「うん、ボクとメルフィで頑張ったんだよ!」


「はい、兄さん! これ、私からです!」


 メルフィはピンクのリボンで縛って包装紙にラッピングされたプレゼントを渡してきた。


「ありがとう、メルフィ。開けていいかい?」


「はい、勿論です!」


 ニコッと満面の笑みを浮かべるメルフィを前に、俺はリボンを解き包装紙を開けた。


 手編みのマフラーが入っている。


 けど、今は夏だぜ……。

 そういや、去年は手編みの手袋だったな。


 まぁ、五年後の糞未来じゃスルーされているだけに、プレゼントが貰えるだけ素直に嬉しい。


「……いいね。気に入ったよ、時季が来たら使わせてもらうよ」


「はい、兄さん♪」


 メルフィは満足気に俺の腕に抱きついてきた。

 ちょっとズレたところはあるが、可愛い義妹には変わりない。


「ディネも頑張ってくれてありがとう。嬉しいよ」


「えへへ~、クロウ!」


 ディネも向日葵のような明るい笑顔を向け、もう片方の腕へと抱きついてくる。

 いきなり『両手に花』状態になってしまったぞ……。


「――コラァッ! 私達が不在なのをいい事に、クロウ様に何をしておるか!?」


 エプロン姿のアリシアが勢いよく扉を開け、凄い剣幕で怒鳴っている。

 日頃の彼女から想像もできない格好なだけに違和感満載だが、意外と似合っているじゃないか。

 

 アリシアに指摘され、ディネは舌打ちしながら直ぐ離れたが、メルフィは『妹特権』でしばらく離れようとしない。

 俺の方から「こっちまで、アリシアに怒られるから離れてくれ」と説得し、渋々離れていった。


「アリシア、その様子だとケーキ頑張って作ってくれたようだね?」


「はい。今、料理と共にセイラとユエルが持って来ます」


 そう言うと、セイラとユエルがワゴンを押して料理とケーキを運んでくる。


 料理はギルドの食堂で依頼したオードブルであり、ケーキの方は生クリームにイチゴがトッピングされたデコレーションケーキだ。

 如何にも手作りって感じで、凄く美味しそうだ。


 ユエルとアリシアが手際よくテーブルに料理を置いている中、セイラは髪の毛から顔や長衣に至るまで、粉塗れになっていることに気づく。


「どうして、セイラだけそんなに汚れているんだ?」


「それだけ、アタイの愛情がこもっているからさ、クロウ」


 何気に照れるようなことをさらりと言ってくれる。


 しかし愛情=粉塗れの意味がわからないし。

 どこで繋がっているっていうんだ?


「クロウ様……私とて料理は差ほど得意ではありませんが、セイラは絶望的でした……ユエルがいてくれたから、なんとか間に合って形にはなりましたが……」


 アリシアが愚痴を交えて訴えてくる。


「どういう意味だ?」


「生地作りの際、ボウルの中に拳を叩き込んだり素手で生地を混ぜようとしたりと、セイラって調理道具を使おうとしないのよ。かれこれ3回くらい失敗したわ……」


 珍しくっというか、ユエルが初めて愚痴っている。

 普段、天使みたいな性格の子なだけに、余程酷い光景だったのが目に浮かぶ。


「アタイのような拳闘士グラップラーにとって、想いは拳で伝えるものだからね。それに道具は必要最低限しか持たない主義なんだ」


 ミニマリストか!?

 いや、そもそもケーキ作りに『拳』を使うこと自体間違っているよね!?

 拳闘士グラップラーってみんなそうなのか!?

 少し前のアリシアとの掛け合いは冗談じゃなかったのかよ!?。


「そ奴……もう私とユエルでは手に負えないので、最後のデコレーションだけはやらせました。手先が器用なのが幸いです……」


 アリシアにまで言われているんだぜ……セイラ、お前やべーよ。


「まぁ、でも頑張ってくれたって想いは伝わったよ。ありがとう、みんな……」


 一応、フォローだけは入れておこう。

 俺のために慣れないケーキ作りを一生懸命にやってくれたのは事実だしな。



「「「「「改めて、お誕生日おめでとう!!!」」」」」


 女子達が揃ったところで、俺の誕生日会が始まる。


 これまでにない人生初の盛大っぷりに嬉しいやら恥ずかしいやら。

 どんな表情をしていいのかわからず、戸惑いながらも自然と笑みが零れていた。


「本当にありがとう、みんな……一生の思い出になったよ」


 心から感謝の言葉を述べる。


 みんなも頬を染めて照れながら微笑んでいた。


「クロウ様、来年こそは、もっと盛大に祝いましょう!」


「そうだな、アリシア。また来年な」


「今度こそ、アタイが『拳』によりをかけるからね!」


「……セイラ、よりをかけるのは『腕』な。あと、今度料理の作り方を教えてやるよ。俺、料理スキル、カンストしてるから……」


「次はボクもケーキ作り頑張るからね~、クロウ!」


「ああ、ディネ……お前にも料理教えてやるよ(こいつも確か料理の腕前は壊滅的だった記憶があるぞ)」


「兄さん、今度はセーターを編んでコンプいたしますね」


「楽しみにしてるよ、メルフィ(頼むから季節相応のモノを求む)」


 俺の心の内はよしとして、みんなの純粋な想いが伝わって気持ちが熱くなる。

 本当、すっかり人生が180度変わってしまった。


 初めは、俺だけ目指していたスローライフ。

 けど、今はこうしてみんなといることが楽しくて仕方ない。


 このまま行けば、いずれ糞未来のトラウマさえ消えてなくなるだろう。


 アリシア、メルフィ、ディネ、セイラ……。


 彼女達が変わらず、俺の傍にいてくれさえすれば――。


 あと願わくば……彼女も一緒に――。


「……クロウさん」


 その彼女こと、ユエルが控えめな表情を浮かべて声を掛けてくる。


「どうした、ユエル?」


「あのぅ、お兄様も呼んでしまったのだけど……良かった?」


「え? ウィルヴァも来るのか?」


 ユエルは、こくりと頷く。


「今日、クロウ様のお誕生会をする旨をお伝えしたら、『僕も是非、参加したい』と返答され……勝手なことしてごめんなさい」


「謝ることじゃないよ。まさか、あのウィルヴァにまで祝ってもらえるなんて……嬉しいよ」


 まさか競い合っている次期『勇者候補』のウィルヴァが、俺の誕生日を祝いに来てくれるなんて……。


 奴にこそ未来じゃ、俺のことなんて相手にしなかったからな。


 それが今じゃ、互いに『勇者』を目指す好敵手ライバル関係……不思議なもんだ。




「――やあ、クロウ君。お誕生日おめでとう!」


 しばらくして、ウィルヴァが個室に入ってくる。

 相変わらず、ニコニコと微笑んでいる銀髪の爽やかイケメンだ。


「ありがとう、ウィルヴァ。まさか、あんたが俺を祝ってくれるとはな……感極まるってやつだ」


「ハハハ、キミとは良い好敵手ライバルだし、妹のユエルがお世話になっているからね。はい、これ」


 ウィルヴァは胸ポケットから、長細いプレゼントの箱を出した。


「これは?」


「ボクからの誕生日プレゼントだよ。受け取ってもらえるかい?」


「ああ、勿論だ。ありがとう……開けていいか?」


「うん」


 俺はプレゼントの箱を開ける。


 ――懐中時計だ。


 銀色で装飾が鮮やかな中々の一品。

 とても高級そうだ。


「おいおい、高かったんじゃないか、これ?」


「いや、そんなことは……キミの特殊スキルになぞらえたつもりなんだけどね」


「俺のスキル? 《タイム・アクシス時間軸》か?」


「うん。相手の時間を操る能力だろ? 使い方によっては汎用性が高いだろうし、無限の力を秘めている気がしてならなくてね」


 無限の力か……面白いことを言う奴だ。


「クロウ君、気に入ってくれたかい?」


「ああ、凄く嬉しいよ。ありがとう、ウィルヴァ」


 俺がこいつに向かって心からお礼を言うなんて初めてだな……。

 同じ土台に乗っているから余計に、こいつの爽やかさと優しさが良く伝わってくる。


 そして優秀さもな――。


 だからこそ、ウィルヴァとは正々堂々と競い合っていきたい。


 ウィルヴァが俺を認めてくれたように、俺もウィルヴァを最も認めているからだ。






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