第29話 迫りくる土竜
俺はセイラの腕を掴み一目散に逃げる。
「ほら見ろ! やっぱり、アタイの判断に委ねたら駄目だったんだ!」
「んな事言っている場合か!? 状況を考えろ! こんな地下洞窟で『竜』と遭遇したら、どうしたって逃げ切れねぇ! 速攻で食われちまうぞ!」
「……だから、アタイじゃ駄目なんだ……アタイだけじゃ……ウィル、アタイに指示してくれよぉ……ウィルぅ……」
泣き言を通り越して、この場にいない奴に委ねる始末。
流石にウィルヴァの名前を連呼されると、俺もカチンとする。
あの糞未来での光景が浮かんでくるじゃねぇか……。
いつもウィルヴァと比較しては、俺を蔑み軽視する嫌な半獣女。
暴力的で自信家の癖に、いざって時は今みたいに
けどよぉ……。
「いい加減にしろ! お前は暴力的でムカつく女だが、俺の中では最強の
――そうだ。
少なくても、俺はセイラを認めている。
あの糞未来で散々な目にあったけど、こいつはいつも堂々と胸を張って、パーティの先陣を切っていたんだ。
ウィルヴァの命令や指示なんて関係ねぇ!
こいつの実力と能力を俺は認めている!
「クロック、アンタ……一体?」
「今だけ俺が指示してやる! 逃げて逃げて逃げまくって必ず生き延びるぞ、セイラ!」
「う、うん……わかった」
セイラが素直に頷く。
俺より背も高く腕っぷしも強いのに、その反応がやたら可愛い。
なんか身体はすっり大人びているのに、心が子供のままって感じだ。
だから温厚で優秀なウィルヴァの傍にずっといたんだな。
自分自身を安心させるためにか……。
ドッ、ドッ、ドッ、ドッ……――。
遥か後方から何かが突進してくる足音が聞こえる。
かなりの勢いと速度であり、次第に音と振動が大きくなってくる。
「クソッ! もう近づいてきている速いぞ!」
「クロック! 前を――」
セイラの言葉で、俺は前方を見据える。
薄っすらだが明かりがある。
それに別の空洞になっているようだ。
「――巣か!? あの先にソイルドラゴンの巣があるんだ!?」
「それってヤバイんじゃない?」
「ああ、かなりな! だが希望でもある!」
「希望だって?」
「明かりがあるってことは、どこか地上に繋がっている可能性がある。上手くすりゃ、そこから脱出できるかもな!」
「なるほど……やっぱ、アンタも頭いいね。委ねて正解だよ」
「……う~ん」
褒めてはくれるものの、俺は複雑な想いを抱いてしまう。
こいつ何か違わないか?
そんな違和感を覚える。
しかし、今は論じている暇はない。
――ソイルドラゴンが、ついにその姿を見せてきた。
っといっても、洞窟一杯に大口を開けてどんな姿かわからない。
つまり、それくらいの大きさってわけだ。
剥き出しになった牙や長い舌が、次第に俺達に迫って来る。
「速すぎるぞ、クソッたれ! しゃーない、《
俺は自分とセイラの移動速度(時速)を奪い、移動力を向上させる。
だが過度にやりすぎたら、肉体のコントロールできなくなる。
あくまで対応できる範囲の強化だ。
「なっ、アタイの足が速くなってる? アンタのスキル能力かい?」
「そうだ! 他人を強化させるのは初めてだがな! このまま突っ切るぞ!」
俺とセイラは明かりが差している、より高さと広さを持つ地底空間へと滑り込む。
ソイルドラゴンが食らいつこうと大口を閉めるギリギリだった。
滑り込む際、咄嗟にセイラを抱きしめ、砂利と岩々への衝撃とダメージを覚悟した。
しかし――むにゅ。
俺は不思議な感覚に見舞われる。
全然痛くも痒くもない。何か柔らかい何かに衝撃が吸収されたようだ。
「何だ……これ? 岩や小石が柔らかいぞ? いや、形も変えられる……まるで粘土だ!?」
「――アタイの潜在スキル《
妙に恥ずかしそうに頬を染めて言ってくる、セイラ。
やめろ、そういう言い方……こっちまで照れてしまうじゃねぇか。
にしても触れた物を粘土に変える能力だと!?
だから、こいつ地面の上を自在に飛び跳ねていたのか?
きっと柔らかさや硬さの強度も自在に調整できるんだ。
――それこそ、ゴム状にも柔らかくできる。
さっきの『模型竜』も痕跡から記憶を取り出して粘土状の擬態作ったんだろう。
魔道師を目指すメルフィから「土に残った足跡で人物を特定する魔法がある」と聞いたことがある。
それに近いモノか?
グルルルル……。
っと、呑気に憶測を立てている場合じゃない。
ついに、ソイルドラゴンが姿を見せた。
その姿を一言で例えるなら、「巨大な
体は長細く大きいが、首はほぼ胴体を一体化していた。
そして背中や手足に鋭い棘の突起物の甲羅が幾つも生えている。
きっと地面を掘る役割を果たしていると思われる。
長く伸びた鼻先から口が大きく開けられ、侵入者である俺達を威嚇している。
きっと陸にいたアースドラゴン同様に仕切っていた『竜』が斃され、野生化したのだろう。
俺は立ち上がり、両手で二剣のブロード・ソードを抜く。
「クソッ、デケェな! こいつ!」
「あん! アタイのことかい!?」
「ちげーよ! ソイルドラゴンのことだよ! いちいち過敏に反応すんじゃねぇよ!」
どうやらセイラにとって「でかい」「大きい」は禁句ワードのようだ。
グォォォォォッ!
咆哮を上げるソイルドラゴン。
だが、こいつは炎を吐くことはできない。
――その代わり『毒液』を吐く。
俺達人族なら、1分程で神経を奪って10分程で死に至るという猛毒だ。
普段は牙に毒が仕込まれているようで、口を閉じた状態で舌先を使って器用に射出するのだ。
したがって、ああして吠えているうちは案外安全なのかもしれない。
「クロック! 上を見なよ、微かだけど明かりがある! きっと地上に続いているよ!」
セイラの言葉に、俺はチラッと上を見る。
遥か天井にある岩肌の隙間から、光が漏れて降り注がれていた。
だが、かなり高い……俺じゃとても届きそうにない。
しかし――。
「セイラのスキルなら……」
「クロック、アタイがどうしたって?」
きょとんとした表情で俺を見つめる。
「ここは俺が食い止める。お前は例のスキルで飛び跳ねて脱出してくれ」
「はぁ!? 何言ってんだよ! アンタはどうするんだい!?」
「奴を食い止めるって言ってんだろ、いいから行けよ!」
「ふざけるな! ここまで来て、アンタを見捨ててアタイだけ逃げれるか!? いくら争った相手でも、アタイはそこまで腐っちゃいないよ!」
「聞けよ。これは至極単純で合理的な考えだ。まず、俺はあの天井に辿り着ける術はない。だが、ソイルドラゴンの動きを止める術は持っている。一方のお前は天井に辿り着いて、岩を砕くか『粘土』だかにして地上へ這い上がれる術を持っている……それだけのことだ」
「そ、そうだけど……でも仲間じゃないとはいえ、みすみすアンタを見捨てるなんて……」
「見捨てろとまで言ってねーよ。地上にいる俺の仲間とユエルを呼んでくれって話だ。それこそ、ウィルヴァがいれば倒せる相手だろ? お前のスキルは探索能力もあるみたいだから、すぐに連中を見つけられる筈だ」
「くぅ……嫌だ! こればっかりは聞けない!」
「――命令だ」
「え?」
「俺の命令だって言ったんだ。お前、自分で判断するのが苦手なんだろ? だから俺が命令してやる――行け、セイラ!」
叫びながら、俺はセイラの身体を突き放す。
「……クロック」
「いいか! ここで二人ともヤラれるってのが、一番最悪の展開なんだぜ! それに俺はよぉ!」
チラリと、セイラに視線を送る。
「――セイラ・シュレインっていう、最強の
俺は剣を掲げ、大口を開けるソイルドラゴンへと突進した。
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