第28話 迷える拳闘士
俺は夢を見ていた。
幼い頃、母親に抱かれその胸の中で安らかに眠っている夢を――。
ある日、エルダードラゴン級の『黒竜』が俺の住んでいた村を襲ったせいで、母さんは俺を庇って親父と共に『黒竜』に食われてしまったんだ。
それ以来、『竜狩り』をするのが俺の宿命だと思い込み、ウィルヴァの推薦に応じてあのパーティに加入した。
無能スキル者だと罵倒され虐げられ冷遇を受けながらも、俺はパーティの為に頑張ったつもりだ。
しかし、あの日気づいたんだ。
俺の両親はそんなこと望んでいないと。
そんな惨めな思いまでして、あそこにいる必要はないと。
――だから逃げ出した。
んで気づけば、五年前の時代に戻っていたってわけで……。
むにゅ。
柔らかい感触が俺の両頬に伝わる。
本当に母さんに抱かれているような素敵な温もりだ。
念のため両手で掴んで確かめてみる。
むにゅ、むにゅ、むにゅ……。
うほっ、やっべぇ!
ガチで柔らけぇわ! 張りがあって弾力も凄ぇ! 本当にリアルだなぁ!
流石に自分の母さんにこんなことしたことねぇけど、これ再現度高けぇわ!
……待てよ?
俺、今、どこにいるの?
確か、アーガの作った『蟻地獄』に飲み込まれ、地下空洞だかに落ちたんだよな?
地下空洞だよな? そんな所に、こんな柔らかくて張りと弾力があるって……。
一体何……?
「――いつまで触ってんだぁ! アンタァァァァッ!!!」
ガン!
頭部に衝撃が走る。
「痛ぇ! 何だ!?」
「何だじゃない! ア、アタイの胸、触りまくりやがってぇ!!!」
俺が目を覚ますと、すぐ目の前でセイラが拳を掲げている。
何故か涙目になり顔を真っ赤にして震えていた。
よく見ると、俺は彼女の聳える連峰のような胸の間に顔を埋めて乳を揉みしだいている。
「こ、これは……あれ? 俺の両手ちゃん、どうしたのかな?」
「いいから、とっとと離れろ! このドスケベ!!!」
「す、すまん……わざとじゃないからな……いや、マジで」
俺は起き上がり彼女から離れた。
少し名残惜しいと思いながら……。
「ったく……まだ誰にも許してないのに……ブツブツ」
セイラは起き上がり、頬を染めて上目遣いで、まだ俺を睨んでくる。
「本当にごめん……悪かったよ」
不可抗力とはいえ、悪い事したことに変わりないのでもう一度謝ってみた。
「もういいよ……次やったら百殴りだからなぁ」
何故か、きゅん声で言ってくる、セイラさん。
だけど、どれだけ可愛らしく言っても
俺は軽く咳払いをして周囲を確認する。
「にしても随分と暗い所だな。アーガが言っていた地下空洞って場所か? 随分と大きい天井だな……空気も問題ないようだ」
「へ~え、アンタもアタイと一緒で暗闇でも目が利くんだね?」
「索敵系統の技能スキルは、ほとんどカンストしているからな。その中には暗視スキルも含まれている」
もう何度も言うが糞未来で、お前らに散々しごかれて修得させられたスキルだぜ。
そういや、この女は半獣だから目だけじゃなく耳や鼻も利く筈だよな。
ちなみに獣人族は、知的種族の中で最も五感や身体能力に優れている種族だ。
「そぉ、凄いね……『竜』の動きを止める特殊スキルといい、どうしてアンタみたいなのがEクラスにいるんだい?」
「またその話か……もうお腹一杯ですわ。あの学院の鑑定祭器がイカレているからだよ。後は俺の意志だ」
「Aクラスに来ればいいだろ? ウィルもいるよ」
だから嫌なんだろうが、アホかこの女。
しかし、セイラの口調からもう俺に対しての敵意は感じない。
少しは打ち解けてくれたようだな。
本来は関わりたくない奴だが、今は手を組まなければならない事態だ。
早い所、ここから脱出しなければ……。
「この空洞なんだ? 自然で出来た穴ではないのは確かのようだな……」
「何かの巣のようだね。ってことは、あまりいい状況じゃないよ」
「どういう意味だ?」
俺は眉を顰め聞き返す。
「こんなに大きな空洞が必要な
「なるほど……一理あるな。このサイズ、まさか『
「ソイル? ソイルドラゴンかい? 地中で生息するドラゴン……あり得るね」
セイラは頷きつつ、しゃがみ込み地面に手を触れる。
「おい、何している?」
「クロック、地面に何か引きずったような跡があるよ。多分、竜の尻尾だね。うん、間違いない、ソイルドラゴンだね」
「何故わかる? な、何だ、それ――!?」
俺は思わず驚愕する。
セイラの足元に鼠くらいの大きさの何かが歩いていた。
いや鼠じゃない……竜?
とても小型の竜が真っすぐ歩いている。
「――アタイの特殊スキル能力で作った模型だよ。それ以上は言えない……アンタのこと、そこまで信用してないからね」
「模型? その歩いているが、ソイルドラゴンなのか?」
「そうだよ。地面の痕跡から形と記憶を再現したんだ。最も実際のサイズは1000倍くらいの大きさと見ていいね」
よくわからんが、これはあくまでスキル能力の一環だろう。
そういや、セイラの奴、土や岩など柔らかくして飛び跳ねていたな?
どうやら、そこに能力の秘密がありそうだ。
今は詮索している場合じゃないが……。
「クロック、このまま後を追ってみる? 案外、出口が見つかるかもしれない」
「模型の後をか? 構わないが……本物に出くわす可能性もある。それはそれで厄介だな」
「うん、多分ね……けどソイルドラゴンは地上の空気が必要だから、きっと外へと通じる何かがあると思う」
「遭遇するリスクを背負うか、一刻も早く出口を探すかの二択だな。セイラはどう考えている?」
「アタイはアンタに聞いているんだ!」
やたらとムキになるセイラ。
「けど、これはお前のスキル能力だろ? 俺はこの模型竜がどこまで正確に再現しているかさえわからないんだぜ?」
「サイズは違うけど完璧に再現しているよ。物理的な凹凸、つまり刻まれた痕跡からの記憶を辿っているんだよ!」
「だったら、やっぱり能力者である、お前が判断するべきじゃないか? 俺はできるフォローをしてやるから」
「アタイは決めるのが苦手なんだ! アンタが決めておくれよ!」
セイラは子供っぽく駄々をこねだす。
真っ白な頭部の三角耳と臀部の尻尾がへたっと下を向いている。
普段、姉御肌っぽく威勢のいい女子にしてはやたらと弱気だ。
「セイラ……お前、ウィルヴァに対してもそうなのか?」
「な、何さ……突然?」
「そうやって、いつも大事な場面で選択を他人に委ねていたのかって聞いているんだ」
セイラは人差し指同士をつんつんしながら、素直にこくりと頷く。
「……ウィルは優秀な男さ。アイツの判断は間違いないからね……中等部の頃から選択に困ったら決めてくれるんだ。だから、いつも安心して傍にいられる」
「だがここにウィルヴァはいない。俺とお前の二人だけだ。しかも、これはあくまでお前のスキル能力……俺としては、セイラの判断を信じたいと思っている」
「ア、アタイは駄目だ! そのぅ、自信がないんだ……見ての通り、人族と獣人族の混血……中途半端な存在さ。アタイに武道を教えてくれた師匠は『混血として両種族の利点を活かせ』って言ってくれたけど……いざ、選択を迫られると迷ってしまって……ぐすん」
言いながら、セイラは半泣きになる。
糞未来ではメンタル弱い癖にいつも勝気で自身に満ち溢れていたのに……ウィルヴァが判断してくれるっていう安心感からか?
それはそれで間違いではない。
特に男女の間柄ならな……他人がとやかく言うもんじゃない。
――しかし、今は違う。
生きるか死ぬかの瀬戸際なんだ。
俺は確かに索敵や探索スキルは、ほぼカンストしているが、あくまで技能スキル。
本人が思うほど引け目を感じる必要なんてないのに……。
――!?
突如、俺の索敵スキルが反応する。
嫌な予感だ。
何かが来る!
この感じは……相当デカいぞ。
――ヤバイ!
俺はセイラの腕を引っ張る。
「ここから逃げるぞ! ソイルドラゴンが向かって来る!」
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