第176話 女勇者との暗殺任務

 エンシェントドラゴン、魔竜ジュンターの暗殺――。

 それがゾディガー王の立てた作戦であり、俺達に課せられた極秘クエストだってのか?

 

 あまりにも衝撃的な内容に、俺は言葉を詰まらせ一言も発せられないでいる。

 パーティの女子達も同様だった。


 ただ一人、彼女だけは違う。


「……そっ、わかったわ」


 あっさりと引き受ける、勇者パラディンサリィ。

 おいおい、わかっているのかよ姉ちゃん。


「姫さん、俺は正直納得してない……これは明らかに無謀で無茶ぶりだ。エンシェントドラゴンとタイマンするだけでもヤバイってのに、あれだけのエルダードラゴンに囲まれた状況じゃ不可能だぞ。それに竜守護教団ドレイクウェルフェアの姿だって確認されているんだろ? サリィさん達に死ねと言っているようなもんじゃないか?」


 いくらハチャメチャな勇者パラディンだって、みすみす犬死させる真似はさせたくない。

 てか、この姉ちゃんが死んだら、俺が即勇者パラディンじゃねぇか?

 まだ色々と心の準備ができてないんですけど……アリシア達との件だってあるわけだし。


「クロウは相変わらず優しいですわ……けど、勇者サリィだからこそ達成できる任務でもあるのです」


「サリィさんだからこそ?」


「そうだよ、後輩くん。あたしが元盗賊シーフなの知っているでしょ? 他の竜や竜守護教団ドレイクウェルフェアの連中を掻い潜って、エンシェントドラゴンに接近するのはわけないわ……あとは射程内で、あたしの特殊スキルでボン、バキ、ドゴォンよ」


 最後の「ボン、バキ、ドゴォン」は意味不明だけど、サリィには勝算がありそうだ。

 そういや、元盗賊シーフという異色の経歴があったな。

 確かに潜入には向いている職種だけど、エンシェントドラゴンの暗殺とか出来るのか?


「……それで姫さん、勇者パーティの支援役サポーターとして俺達のクエストは?」


「クロウ達には、勇者サリィが行動しやすいように竜守護教団ドレイクウェルフェアの引き付けと攪乱をお願いいたします。信仰騎士は約300騎ほど確認されていますわ」


 なんだと?

 300騎を俺達だけで相手にするのかよ……それこそ無茶ぶりじゃね?

 そういや信仰騎士って確か古代遺跡の洞窟で遭遇した連中だよな。

 あの時は100人ほどいたけど、メルフィとスパルトイがボコって殲滅に追いやったんだっけ。


 ……なら問題ないか。

 クエスト内容も殲滅じゃなくて、誘導と攪乱のようだし。


「わかった、やってみるよ。んで護衛役のエルダードラゴンとモンスターはどうするんだ?」


「引き付けるだけなら、あたしのパーティで十分だよん。そういった特殊スキルを持った子もいるからねぇ」


 サリィは言い切る。

 大した自信だ。まぁお手並み拝見といくか。


 こうして俺達の作戦内容を決めていく。

 奇襲に対して奇襲で挑む、そういったクエストになるだろう。


 早期の決行が望ましいため、今日の夜中に出陣することになる。


「夜に移動して日中に仕掛けるわ。大抵の竜は夜行性だから、暗闇だと逆にこちらが側不利だからね」


「俺もサリィさんに賛成だな。大方、そのために竜守護教団ドレイクウェルフェアを配下に加えたんだろう……どんな関係かは謎だが。まぁ連中に関しては俺達に任せてください」


「ふ~ん、大した自信だね、後輩くん。そちらに勝算はあるの?」


「まぁね、嘗て俺の妹と竜牙兵スパルトイの二人で100人ほど相手にして全滅させたことがある。今回も俺達が加わればってね。簡単な足し算と引き算ってやつっすよ」


 言い切る俺に、サリィは「期待してるよん」と緊張感のない笑みを浮かべている。

 そちらの方が遥かに過酷なクエストだってのに随分と余裕だ。


「リーゼ先生はどうする? 後方で待機して《サンクチュアリ・ナビゲーター聖域への案内人》で中継役と司令塔になってくれるとありがたいんだけど?」


「うん、先生は非戦闘員だからそうするよぉ」


「おっ、リーゼも参戦すんのぅ!? 元カノと一緒なんて懐かしくて初夜を思い出すわぁ。最高のひと時だったね?」


「嘘言わないで、サリィちゃん! 私、貴女と付き合ったことなんてないでしょ! そもそも先生は男の子が好きなんですぅ! 今はダーリンが一人前になるのを操を守りながら一途に待っているんですぅぅぅ!!!」


 うん、妄想癖で言えばどっちもどっちだな。

 まぁリーゼ先生は想いが暴走しているだけで悪気はないんだけどね。



 かくして現役と次期の勇者パラディンによる暗殺部隊が結成された。


 一通りの準備を整えてから、予定通り深夜に出発する。


 途中まで騎士達の誘導により騎馬で移動し、途中からは歩きとなった。

 数十キロ離れている結構な距離だ。

 

「竜は鼻が利くからね。特にエンシェントドラゴンなら10キロくらいで、あたしらの存在がバレるけど、竜守護教団ドレイクウェルフェアのおかげでカモフラージュできるかもしんないねぇ」


 事がるごとにサリィが俺に話しかけてくる。

 意外にも勇者パラディンとして、まともな内容ばかりだ。

 男に興味ないという割には面倒見がいいのか?


「なまじ知的種族を受け入れたばかりにって感じっすか? 面白いじゃないっすか……けど、念のため誤魔化し用の『匂い袋』は所持した方がいい」


「パーティの子達は勿論持っているよぉ。けどあたしは必要ないわ、元盗賊シーフだからね。それよりピンチだったら逃げてもいいからね、後輩くん」


「え? どういう意味?」


「まんまの意味よ。こんな無茶苦茶なクエストで命を張る必要もないしょ? キミ達はまだ学生なんだから、あたし達にブン投げてもいいからねぇ」


 なんだよ、急に優しくなりやがって。

 調子狂うな、もう……。


「こう見てもS級冒険者っすよ。修羅場なら俺達だって潜り抜けている……先輩達の足は引っ張りません」


「そぉ? そりゃ頼もし~い。まぁそうだろうねぇ……キミの闘気から強さがわかるよ。見栄っ張りエドアール教頭にしては珍しくまともな推薦だねぇ」


 見栄っ張りか……そういや王城でも同じことを言ってよな?


「俺、エドアール教頭から色々とサリィ先輩のこと聞いているっすけど、どうして不正までして勇者パラディンになったんすか? やっぱり勇者特権とか?」


「そんなの当然じゃない! 引退後は美少女だけのハーレムを建造する予定よ!」


 こいつ最低だ。

 聞いた俺がバカ野郎だったわ。


 するとサリィは真面目な表情で夜空を見上げる。


「あとは王族や貴族共に思い知らせてやるためよ! こんな盗賊シーフ上がりのあたしでも勇者パラディンとして立派にやれるんだぞってね! だからあたしは逃げない! どんなクエストだろうと達成してみせるわ!」


 決意に秘めた瞳を向け力強く答えた。


 なんでも、サリィは貧困の村で幼少期を過ごしていたらしい。

 そこで盗みのテクニックを覚え、一時は盗賊団に入っていたと言う。

 盗賊団でも頭角を現し、『強奪者ロバリーサリィ』と通り名で呼ばれていたとか。


 そんな中、特殊スキルが絶対な王立恩寵ギフト学院スキル・カレッジに目を付け、盗賊団を抜け出し、これまでの経歴を偽って入学を果たしたそうだ。


「幼少期から特殊スキル能力に覚醒したおかげで一発合格よ。そして対竜撃科でも成績優秀でまかり通っていたわ。あと、この美貌もあってエリートコースまっしぐらよ」


 そこに美貌は関係ないと思う。

 確かにトップの成績を誇っていたって話だ。

 けど盗賊シーフ職が影響し、素行が最悪だったらしく問題児扱いされていとも言う。


「今でも覚えているわ……本来、エドアール教頭が推薦した男子生徒のこと。そいつ確かに成績は優秀だったけど、相当なマザコンで貴族出身だけありプライドだけが高い癖に臆病でね。よく勇者パラディンに選ばれそうだって、同じクラスのあたしに泣きついてきたわ」


「なんだって……ってことは、サリィさんは」


「そっ、善意で彼と変わってあげたのよ。王族であるエドアール教頭からの推薦を断ったら貴族としての面目も丸つぶれ、内申点にも響くでしょ? まぁ、あたしも勇者パラディンを目指していたってこともあったけどねぇ」


 そうだったのか?

 エドアール教頭が説明してくれた内容とほぼ一致しているけど、互いの視点が異なるだけで、ここまで心象が異なるのか?


 思いの外、複雑な誤解と事情がありそうだ。

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