第175話 古竜に付き従う者達

 水晶球スフィアに移しだされているドラゴン。

 俺の記憶からも、古竜ことエンシェントドラゴンで間違いない。


 あれは糞未来でパーティのみで遠征した時だった。

 当時、斥候役を務めていた俺は遠くから古竜の姿を見かけたことがある。

 そのまま勇者パラディンだったウィルヴァに報告するも、あいつでさえ「今は戦わない方がいい。きっと僕らだけじゃエンシェントドラゴンに勝てない」とスルーしたほどの相手だ。


 よく見れば、このエンシェントドラゴン……その時の古竜と同じじゃないか?


 他の竜よりも遥かに巨体であり、異質の存在感を醸し出している。

 深紅に染められた鋼鉄のような鱗、頭部から尻尾の先まで背骨に沿った鋭利な棘が幾つも突き出されていた。

 また頭部にも六本ほどの角が広がる形で突出している。

 さらに背部には、蝙蝠の羽根に似た巨大な両翼が器用に折りたたまれており、長い首を下に曲げて地面にじっと横たわり身を休ませていた。


 古竜の周りには直属の配下である成竜こと、エルダードラゴンが複数ほど待機し、中には上空を飛び交っている。

 主の眠りを妨げないよう、エルダードラゴン達が護衛しているように見える。

 にしても、まるで大人と子供のようなサイズだ。実際はエンシェントドラゴンが馬鹿デカすぎるのだが。


 ある意味、壮観な光景といえるが、知的種族であればもろ危険地帯だろう。

 にもかかわらず、竜達の傍に米粒のような存在が複数ほど屯している姿が見られている。


 ソフィレナ王女が水晶球スフィアに手を翳し拡大すると、それは間違いなく人族達のシルエットであると確認できた。


「何分、遠距離からの投影なので、こうして拡大すると映像がぼやけてしまいますの」


 それでも斥候隊による命懸けの記録だと、ソフィレナ王女は申し訳なさそうに説明する。

 逆によく無事に帰還したなと褒めてやりたい。


「いえ、十分っすよ。けど何故、人族っぽいがこんな危険な所に? 食料として竜に捕獲されたのか……にしては縛られてないようだし、軍隊のように隊列を組んで待機しているように見えなくもない」


「クロウ様、それでは知的種族が竜に加担しているとでも? あるいは洗脳されているとか?」


 アリシアの問いに、俺は首を横に振るう。


「竜は魔物を魅了して従わせるが、知的種族達に影響を与えるほどの効果がない筈だ。せいぜい咆哮で恐怖を与え、あるいは発狂死させるのが定番だと思うが……それにエンシェントドラゴンなら有無を言わせず知的種族を根絶やしにするだろう」


「へ~え。後輩くん、竜学士並みに知識があんだねぇ。そりゃ、あの見栄っ張りのエドアール教頭が珍しく入れ込むだけのことはあるわぁ」


 勇者パラディンサリィが皮肉を込めた言い方をしてくる。

 いくら先輩だろうと、基本こういう態度を見せる輩には俺も攻撃的になる思考だ。


「んなの勇者パラディンなら知っていて当然っすよ。俺は誰かさんみたいに、不正で推薦されたわけじゃないんでね」


「へーっ、大人しい良い子ちゃんだと思ったら、案外面白いこと言うねぇ、キミ……」


 俺の言葉にムカついたのか雰囲気を変える、サリィ。

 明らかに敵意を感じる。

 今までのハチャメチャな言動と行動上、ここで戦闘になる可能性もある。


 この女は勇者パラディンであってそうじゃない……それを傘に好き放題する無法者と同じだ。

 下手な行動をするようなら、いっそ奴の時を止めてマウント取り屈服させるか?

 俺達はあくまで勇者パラディン支援役サポーターだが、この様子じゃ先が思いやられる。

 ならいっそ、俺が仕切った方がいいかもな。


「――今のはサリィが悪いわ。クロック君に謝りなさい」


 神聖官クレリックのカネリアが穏やかな口調で窘めてきた。

 他のパーティメンバーも「うんうん」と賛同し、サリィが悪いと主張している。


「チッ……わかったわよ。後輩くん、ごめんなさい」


「え? あ、ああ……こっちも言い過ぎたっす」


 内心じゃ身構えていただけに、従順なサリィに拍子抜けした。

 少しも悪くないのに、つい俺まで謝ってしまう。


 にしてもパーティの仲間達はまともな性格ばかりのようだ。

 仮にも任期まで全うしていた女性達だ。

 案外こういうバランスで成り立っているかもしれない。


「あの女……私の兄さんに無礼を……もう少しでスパルちゃんを差し向けるところでした」


「ボクのクロウに向かってムカつくなぁ……早撃ちなら負けないんだからねぇ!」


「クロウ、構うことないよ! アタイが背中を守ってやるからブッ飛ばしてやんな!」


「セイラよ、クロウ様のお背中を守るのは私の役目だ! 貴様は突貫して奴の隙を作ればよい!」


 やべぇよ、俺のパーティ女子全員。

 みんな戦う気満々じゃねぇか。

 特にアリシアに関してはセイラを盾にしようと目論んでやがる。


 そっか……向こうと違って、ウチのパーティのストッパーは俺なのか……。

 ユエル……早く帰って来てくれないかなぁ。


「……話を続けてよろしいでしょうか?」


「すみません、姫さん。お願いします」


 呆れているソフィレナ王女に向けて、俺は頭を下げて謝罪した。

 てか、なんで俺だけ謝ってんの!? みんな謝れよ! 特にサリィさんはよぉ!


「では続きを、この水晶球スフィアの映像では人物の特定に至りませんが《遠見》スキルを持つ兵士からの報告によると、竜守護教団ドレイクウェルフェアの信仰騎士団ではないかと思われますわ」


「――竜守護教団ドレイクウェルフェア!?」


 驚愕する俺の脳裏に、あいつの姿が浮かぶ。


 ウィルヴァ・ウエスト――竜聖女シェイマを連れて逃走した男。

 仲間のカーラ達を見捨て、俺達を裏切った未来の勇者パラディンだ。

 まさか、奴が関わっているんじゃないだろうな?


竜守護教団ドレイクウェルフェアって、勝手に竜を神として崇めている連中だよね? あたし達も何度かカチ合ったことあるけど……大抵の信者はエンシェントドラゴンの餌になっていると聞くよ?」


「だが最近、連中は奇妙な動きを見せているのも事実ですよ。エルダードラゴンの肉体に人族の魂を植え付けて自在に操り、またオリジナルな巨人型の竜もどきを作ったり……そんな連中と俺達は何度も戦っていたんだ」


「クロウの言う通りです。わたくしも実際に拝見しているので……ただ、勇者サリィが仰る通り、最高位の古竜エンシェントドラゴンが古来から敵視する知的種族と手を組むとは考えにくい部分もありますわ」


「そっだね、姫ちゃん。知的種族とエンシェントドラゴンが手を組めるなら、何百年もこんな情勢になってなくない? たとえ何かしらの条件があったとしても、あんなヤバい竜を相手にするくらいなら各国の王様は条件を飲むんじゃね?」


 エンシェントドラゴンは知的種族以上の高い知識と知能を持つと言われている。

 何かしらの目的と損得勘定があるとして、あんなエセ教団と組むより各国に交渉を持ち掛けた方が国力や資源など考えてもマシじゃないかと思う。

 あるいは最初から知的種族達を支配しようとしているのか?

 サリィじゃないが、わざわざ竜守護教団ドレイクウェルフェアと手を組む意味はないだろう。


「他に考えられるとしたら……エルダードラゴンのように肉体だけ乗っ取ってとか? いや相手はエンシェントドラゴンだ……流石にその技術はあるとは思えない。それに、この水晶球スフィアを見る限り間違いなく本物だと思える。独特の生物らしさがあると言うか……」


「一度、刃を交えた隣国ネイミアからの情報ですと、エンシェントドラゴンは自ら『魔竜ジュンター』と名乗り襲撃してきたそうですわ」


 ジュンター? 

 それがエンシェントの名前なのか?

 なんだか威厳のなさそうな響きだな。

 どっかの人族にいそうな名前じゃないか。


「エルダードラゴンとモンスターを従わせて、戦う前に名乗り上げるんだから本物のようだねぇ。それで姫ちゃん、あたしらのクエストってなぁに? まさか、現役の勇者パラディンを抹消したく特攻して来いって言うんじゃないでしょうね?」


 あっ、やりそう……ここの騎士達の反応を見る限りじゃな。

 けどそれなら、評価の高い俺達を支援役サポーターに当てたりはしないだろう。


「いくらサリィ様がアレの勇者パラディンとはいえ有能である以上、作戦を立てられたお父様もそこまで命じたりしませんわ……ただ任務の過酷さで言えば非常に近い特殊なクエストと言えるかもしれません」


「……何よ、それぇ? ぶっちゃけ嫌な予感しなしないわ」


 サリィの問いに、ソフィレナ王女は少し間を溜めて形の良い唇を開いた。


「――エンシェントドラゴンの暗殺ですわ」


 なっ……なんだと!?

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