第141話 ウィルヴァの告白




~アリシアside



 鮮やかな夕陽が照らされる、スキル・カレッジの屋上にて。


 私はウィルヴァ殿に呼び出されていた。


 理由はわからないが、何やら大事な話があるとか?


 我が主、クロウ様の良き好敵手ライバルにて、ユエルの兄上でもある。

 無下に断るのも、っと思い承諾した。


 以前なら食えぬ男と思い警戒もしていたが……。


 周囲は誰もいない。

 私とウィルヴァ殿だけだ。


 下手に誰かに見られ、ややっこしいことになる前に、ここは早々に話を聞くべきだな。


「ウィルヴァ殿。こんなところに、私を呼び出して何用だ?」


 声を掛けると、彼はいつもの爽やかな笑みを浮かべる。


「やぁ、アリシアさん……キミと、こうして二人で会うのは林間実習で対峙した時以来だね?」


「まぁな。あの時は些かやりすぎたが、この度の林間実習でもクロウ様のご命令があれば似たようなことをするかもしれん。そちら側も手練れが多いことだしな」


 しかも、この度はクロウ様率いる我らと、ウィルヴァ殿のパーティと二組だけの戦いだ。

 確実な勝利のため、策略を練ることもあるだろう。


 まぁ、クロウ様のあの頃よりは変わられたがな……。


 以前は勝つためには手段を選ばぬところがあった。

 その為にギリギリの範囲内でのラフプレーはやってのける方だ。


 今も敵に対しては、その姿勢は変わりない。

 しかし命のやり取りをする以上、当然の姿勢でもある。


 だが今回はどうだろう?


 ウィルヴァ殿と親密になればなるほど、あの方は穏やかになっていく。

 元々そういう方なのも私は知っている。


 幼い頃、一緒に迷子になった時も不安で震える私を懸命に勇気づけてくれたからな。


 あの時の思い出は今も忘れていない。


 私にとって大切な時間であり、初めて異性に対して恋をした瞬間でもあるからだ。



 ウィルヴァ殿は異色の瞳オッドアイを逸らし、どこか切なそうな表情を浮かべた。


「そうだね……色々と気をつけないとね」


 このような彼を見るは初めてかもしれぬ。


「どうした、ウィルヴァ殿? 普段と様子が違うようだが?」


「……アリシアさんには、なんでもお見通しようだ」


「また茶化したような言い方を……ユエルの兄上でなければ今頃無礼討ちだぞ」


「ははは……怖い怖い。だったら率直に言わせてもらうよ、アリシアさん」


「うむ」


「――好きだよ、アリシアさん。僕と付き合ってほしい」


「え?」


 あまりにも唐突な言葉に、わたしは時を止められたかのように硬直した。


 い、今……何を言われたのだ?


 好き……私のこと?


 付き合ってほしいだと?


 ウィルヴァ殿が?


 この私に告白さと?


「アリシアさん、どうかな?」


 また爽やかに微笑を浮かべる、ウィルヴァ殿。


「其方、やはりふざけているのか!?」


「本気って言ったら?」


 本気だと……ウィルヴァ殿が?

 確かに、わざわざこんな場所で呼び出して冗談を言ってくる小悪な男ではない。


 だとしたら――。


「無理だ……私にはクロウ様がいる。其方の気持ちは受け入れられん。いくら、ユエルの兄上でもだ」


 率直に答える。

 思わせぶりな下手な言い回しは、気持ちを打ち明けたウィルヴァ殿に対しても失礼だと思った。


 それに、私はクロウ様以外の殿方などあり得ぬこと。

 

 たとえ、ウィルヴァ殿が『勇者パラディン』に選ばれようと、最高の名誉である『竜殺しドラゴンスレイヤー』に選ばれようと、この気持ちだけは断固として揺るぐことはない。


「やはり……クロウくんのこと、主としてだけでなく異性として想っているんだね?」


 ウィルヴァ殿の問いに、私は頬を染めて無言で頷く。


 まだクロウ様にも打ち明けてないのに、他人に打ち明けるのも気が引けるが、彼の誠意には応えたいと思った。


 これで、私のことは諦めてほしいと願いを込めて。



 ウィルヴァ殿はどこか寂しそうに笑った。


「やはり前周・ ・のようにはいかないらしい……」


「前周?」


 意味深な言動に、私は眉を顰める。


 ウィルヴァ殿は何事もなかったかのように首を横に振るう。


「……ただの一人言だよ。ありがとう、アリシアさん。おかげで吹っ切れたよ」


「う、うむ……すまない」


「寧ろ謝るのはこっちだよ……それじゃ」


 ウィルヴァ殿は軽く手を振り、その場から去って行く。


 私は無言で、そんな彼の背中を見送るしか術はない。


 完全に屋上から去り、固唾を呑んでいた私は深い溜息を吐く。


 なんだか……異様に疲れてしまった。






**********



 あれから数日が経過し、林間実習の前夜となった頃。


 ランバーグ邸の書斎にて。


 純白の鎧をまとったウィルヴァ・ウエストは、義理父であるランバーグ公爵と対面していた。

 休日以外はスキル・カレッジ寮にいる筈の彼が平日に実家にいるのか謎である。



「――お義父とうさん、長い間お世話になりました」


「いよいよ巣立ちの時か……前周もこういうシチュエーションがあったのかい?」


 丁寧に頭を下げて見せるウィルヴァを前に、ランバーグは温厚そうに微笑んだ。


「いえ……前の時代の僕は順風満帆でしたので……それが、いけなかったのですけど」


「だそうだね? 結果、『ときの操者』の成長を衰退させてしまったんだよな? いくらキミ達が修正を図っても、彼は自分に自信が持てず塞ぎ込んでしまった」


 ランバーグの言葉に、ウィルヴァは素直に頷いた。


「全て僕の責任です。彼は『本当の父』から聞いていた以上の……普通の人間でした」


「だが二周目は上手く行っているじゃないか?」


「……そうですね、ゾディガー王のおかげです。ですが、まだ油断はできません。さらに成長を助長する仕上げは入念に行わないと……三周目はないのですから」


「大変だな、『銀の鍵』も……」


「はい、ユエルのことお願いします。お義父とうさん」


 義息子に頭を下げられるも、ランバーグは首を横に振るう。


「私も既にエドアールとカストロフに目をつけられている。きっと捕まるのも時間の問題だ……ウィルヴァ、キミとパーティ達も同じだろうね。だから、ユエルのためにも私達とは距離を置いた方がいい……あと、あの子・ ・ ・はどうするのかね?」


「……彼女は問題ありません。予定通りに動いています」


「そうか……まぁ、あの子・ ・ ・もキミと同様に『本当の父』から与えられた『使命』と『役割』があるのだろうけど……」


「そうですね。ユエルのことは気掛かりですが、『彼ら』が護ってくれるでしょう……僕は新たな場所へと向かいます」


「……そうか、元気でな。のモノは完成している。保管場所は未来の記憶があるキミならわかる筈だ」


「はい、大丈夫です」


「ウィルヴァ」


「はい、お義父とうさん」


「キミ達と過ごせて幸せだったよ」


「僕もです。では――」


 ウィルヴァの身体が黄金色に輝き、空気を切る音と共にフッと姿を消した。


 彼の特殊スキルこと《ゴールド・フラッシュ黄金の閃光》を発動したのである。



 静寂となった書斎には、ランバーグだけが一人で佇んでいた。


 ふと机に上に置かれていた、家族写真を眺める。

 

 痩せ型で精悍な顔つきをした中高年の男に、銀色の髪で異色の瞳オッドアイを持つ美しい顔立ちをした幼い双子と思われる兄妹が写っていた。


 その双子の兄妹はウィルヴァとユエルで間違いないだろう。


 しかし、被写体である二人の兄妹の間にもう一つ誰かが存在しているように空けられているのが奇妙だった。

 無論、何も写ってはいない。


「運命とはいえ、なんて可哀想な兄妹だろう……『銀の鍵』、時空の歪で生まれし者。『無窮の門』を唯一開かせし存在か……そういう意味では彼らも、ときの運命に振り回された犠牲者なのだろうね……」


 愛しそうに写真を眺めていたランバーグだが、キッと目尻が吊り上がる。


「全てキミの責任だよ、『忌まわしきときの操者クロノス』……いや、クロック・ロウ!」


 ランバーグは机の引き出しから小瓶を取り出した。


 小瓶の蓋を開けると、躊躇なく一気に飲み干していく。


「ウィルヴァ、ユエル、そして……我が愛しき達よ。どうか創世記ジェネシスで、また家族として暮らせる日を――」


 小瓶を落し、ランバーグは吐血する。


 うつ伏せで床に倒れ込み、そのまま息絶えた。


 ふくよかだった身体が風船のようにしぼみ、背中から亀裂が入る。


 ランバーグの肉体から頭が禿げ上がり、やせ細った老人が姿を露わになった。


 この老人こそが、ランバーグの正体である。

 彼は隠密部隊の隊長として、日頃からずっと姿を隠していたのだ。


 そして、ランバーグが服用した小瓶こそ、あのネイミア王国でイサルコ王子が毒殺された『呪殺術毒カースポイズン』であった。






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