第32話 林間実習終了と勝敗の行方




「やぁ、クロック君、無事で何よりだね」


 ウィルヴァは爽やかに微笑み近づいてくる。


 こいつに心配されるのは複雑な気分だが……。


 だが未来でもウィルヴァに何か酷い目に合わされたことは一度もない。

 せいぜいクエストで竜の囮役やパシリにされたくらいか。

 けど発端は大抵、当時の女達からの発信と指示だったからな……。


 現代において、こうして張り合っているのは、あくまで男としての意地とプライドだ。


 人として今回ばかりは礼ぐらい言わないとな。


「ありがとう、ウィルヴァ。すっかりあんたにも迷惑かけちまったな……」


「……い、いえ」


「なんだよ、反応悪りぃな……人がせっかく詫びと礼を言ってやっているってのに」


「いや、はい……クロック君も人並みに礼節をわきまえていたんだなっと思いまして……はい」


「オメェが俺のこと、どう思っているのかよくわかったぜ……やっぱ嫌いだわ~」


 俺は冗談交じりで言うと、ウィルヴァは「ハハハハハッ」と笑い出す。


「本当にキミは不思議な人だな……一度聞きたかったんだけどいいかい?」


「なんだ?」


「どうして、そんなに僕を嫌うんだ? 何か勘に障るようなことでもしたかい?」


 糞未来じゃ、女達から常に比べられ勘に触っていたが、オメェから直接何かされたことはねーよ。


 っとは、言えないか……。


「別に……ただ、あんたは目標なんだ、俺にとってのな。何か一つでも超えることで、俺は自分の未来を掴めるんじゃないかって勝手に思っているだけさ……気にしないでくれ」


「そう――じゃあ、僕らは好敵手ライバルだね」


 ライバル?


 不思議な感じだ。


 五年後じゃ一国を代表とする『勇者様パラディン』様と、この万年雑用係ポイントマンの俺が……。


 ――対等の立場だってのか?


 ウィルヴァにそう思われるようになっただけでも、意地になって行動を起こした意味はあったのかもしれない。


「……クロック」


 ふと、ディネが姿を見せる。

 だが元気がない。


 どこも怪我はないようだが、そういや弓は持っていないようだ。


「ディネ、無事だったか? 良かったよ」


 俺は今だ抱き着いているメルフィをどかせて立ち上がる。

 メルフィは不満げに「兄さん、もっとぉ……」と甘えてくるが人前なので無視した。


「……うん。あんがと、クロック」


「どうした、元気ないぞ?」


「ごめん……ぐすっ」


 ディネの瞳から涙が零れ落ちる。


 え? え? どうして泣いているの!?


「お、おい、どうした!?」


「クロック、ごめ~ん! 『ドラグジュエル』落としちゃったよぉ~!!!」


「「「ええええ~~~っ!!!?」」」


 ディネの報告に、俺とアリシアとメルフィは驚く。


「そ、それでは討伐ポイントにならぬではないか?」


「他の魔物モンスターの証なら、ここにあります! これでなんとか……」


「しかし……それだけでは、クロウ様が掲げた目標である優勝できるかどうか……」


「ごめんね~~~! みんな~~~、ボクのせいで、うわぁぁぁぁぁん!!!」


 困惑するアリシアとメルフィに対し、大泣きするディネ。


 確かに他の魔物モンスターはついでの保険だったからな。

 あくまで『ドラグジュエル』があっての優勝する計算だ。


 まぁ、しかし……。


「わかったから、もう泣くな、ディネ」


「ぐすっ……クロック?」


「お前はよくやったと思う。こうして無事に戻って来ているってことは、少なくてもアーガにヤキ入れてやったんだろ?」


「……うん。ボクをイジメていた奴らは全員、やっつけたよ……」


「おっ、凄ぇじゃん! それだけでも成果は十分だ! これでもう、ディネがあのクラスで舐められることもねぇってもんだ、なぁ!?」


 俺の呼びかけに、アリシアとメルフィは頷く。


「我が主の仰る通りだ。良かったな、ディネルース!」


「そうですね、こうして皆さんも無事だったし、意味がある実習だったと思います!」


「みんなぁ……ありがとう!」


 ディネは歓喜の声を上げながら、何故か俺に抱き着く。


「お、おい、ディネ!?」


「クロック……ううん、クロウって呼んでいい?」


「ああ、勿論だ……ディネ」


 俺は胸に顔を埋めてくる人懐っこいエルフの絹髪を優しく撫でた。


「ディネルース! とっととクロウ様から離れろ! 無礼だぞ!」


「そうです! ディネルースさん、そこは私の指定席です!」


 アリシアとメルフィが引き剥がそうとする。

 ところで、俺の胸はいつから義妹の指定席になったんだ?


「わかったよ~! 後、二人もボクのことディネでいいからね」


 どうやらお互い気を許し合える仲間になったようだ。


 ……俺も含めてな。


 本当に可笑しな話だ。


 たった一つか二つ行動を変えただけで……ここまで五年後の未来と異なるんだからな。


 これが人生ってやつなのか?


 あるいは、別の運命の歯車を回しちまったのか?


「……いいなぁ」


 セイラは俺達を見つめながら羨ましそうに呟く。


 そう言えば、こいつにもお礼を言わなきゃな……。


「なぁ、セイラ――」


「……クロウ、ちょっとだけ待っててくれよ」


 セイラは言いつつ、再び地面に穴を開けて潜った。


「?」



 数分後。



 セイラはさっきの要領で地上に上がってくる。

 何故か全身血塗れだ。


「――ほら、クロウ、受け取りな」


 俺に向けて何かを投げて来る。


 片手でキャッチすると、それは『ドラグジュエル』だった。


「セイラ……これって?」


「あのソイルドラゴンの心臓だ……アンタらにあげるよ」


「しかし、これがあればお前達のパーティが優勝するんじゃないか?」


「いいや、クロウ。それはアンタの成果だよ。アタイはただ、アンタの見よう見まねで取り出して渡しただけさ……いいだろ、ウィルにユエル?」


 セイラは申し訳なさそうな表情を浮かべ、仲間達を見据える。


 ウィルヴァとユエルは双子の兄妹らしく揃ってニッコリと微笑んだ。


「わかったよ、セイラ。それはクロック君のモノだ……僕らも他の魔物モンスターでポイントを稼いでいるから、優勝は無理でも好成績は残せるだろう……それで十分だよ」


「ウィルお兄様は『勇者パラディン』を目指しております。それに支障がなければ、私からは何も申し立てすることはございません」


 相変わらずの器の広さだな、この兄妹……。

 この時点で何かが負けているような気もしなくもない。


 だがセイラの気持ちも嬉しい……。


「――三人共ありがとう。これは喜んで俺達が頂くとするよ」



 こうして、林間実習は無事に終わった。




 Bクラスのアーガ達は司祭教師とCクラスの回復系魔法が使える生徒ヒーラー達に癒しを受け、歩いて帰れるまで回復する。


 しかし教師達には既に不正行為がバレおり、がっつり叱られながら停学処分を受けた。


 詳しくは不明だが、教師達の誰かが『探索』に特化した高度な潜在スキルを持っているとか?

 つまり実習に参加した俺達生徒全員の動きは筒抜けだったようだ。


 次に何かやらかしたら、潜在スキルを剥奪され、多額の借金を背負いながら一般人としての暮らしを余儀なくされるだろう。


 したがって、二度とディネに対して悪さが出来ないってわけだ。



 何せ、ディネはもう――。


「この度、一番好成績を残した者達はクロック・ロウ。アリシア・フェアテール。ディネルース・エルベレス。メルフィ・ロウの四名パーティとする! 優勝おめでとう!」


 林間実習担当のスコット先生から、リーダーである俺の名と仲間達の名が挙げられる。


 照れ臭いが参加した生徒達の前に並ばされた。


 担任のリーゼ先生は号泣し、セイラ、ウィルヴァ、ユエルを中心にみんなから拍手が送られる・


「やったね、クロウ!」


 俺の隣でディネは誇らしげに満面の笑みを浮かべる。


 そうそう、


 ――今のディネは誰もが認める最強の弓使いアーチャーなのだから。






 二日後、Eクラスの教室にて。


「よぉ、クロウ!」


 セイラがニコニコしながら、教室に入り俺に近づいてくる。


「ああ、セイラか……おはよう。どうした?」


「別に……用事がなきゃ来ちゃだめかい?」


 言いながら、セイラは前の席に勝手に座る。


 ちなみに、前の席に座っていた男子は「ひぃぃぃっ!」と悲鳴を上げて自分から席を譲っていた。

 可哀想に……。


 そんなセイラは、俺を見ながら真っ白な歯を剥き出しにして笑みを浮かべる。


「駄目じゃないけど……いきなり来られたら気になるだろ?」


「そうだね。じゃ率直に言わせてもらうよ……アタイさ……アンタのこと気に入っちまったんだ」


 なんだと? 俺のこと?


 つーか、何この状況? 


 セイラの奴やたら頬を染めて、恥ずかしそうに身体をくねらせているぞ。


 ま、まさか……告白?


 俺に告白しようとしてんの、こいつゥ!?


 あのセイラが……嘘だろ!?


 俺は緊張し、ごくりと生唾を飲み込んだ。


「だ、だからさぁ、クロウ……こんなアタイで良ければ……付き――」


「ちょっと待ったーっ!!!」


 アリシアがズガズガと教室に入り込んできた。

 糞未来のトラウマを彷彿させる凄い剣幕だ。


「アリシア!? なんだい、アンタ!?」


「それ以上は言わせんぞ、セイラ・シュレイン! クロウ様に何か言いたいことがあるのなら、まずこの私を倒してからにしろ!」


「ほ~う! 上等じゃないか、ええ!? そういや、アンタとの決着まだだったね~!」


「フン、面白い! この場で貴様と決闘だぁぁぁぁぁっ!!!」


「二人共、やめろ! ここは教室だぞ!? オイ、どっから武器取り出しているんだよ!? 頼むからやめてくれよぉぉぉぉぉぉっ!!!」 



 これはこれで、未来と違う何かえらいことになってるゥゥゥ!






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