第三章 竜守護教団

第33話 逆転した環境




 林間実習が終わってから、俺を取り巻く環境が大幅に変わってしまった。


 Eクラスの俺がリーダーを務めたパーティが優勝したのだから、学院中が一時騒然となる。


 何せ、学院ヒエラルキーでは最下位とされる劣等生扱いだからな。


 ましてや、あのエリートのウィルヴァを抑えての一番だ。

 最上位と言われる『対竜撃科』こと、A・B・Cクラスの鼻を明かした形となったことだろう。


 みんな上辺は褒め称えてくれたけど、内心じゃ何を考えているかわからない。


 中には、はらわたが煮えくり返っている連中も多いだろうぜ。


 特に教師が多いかもな……。


 未来の記憶では、『教頭先生』がやたら生徒を区別したがっていたのを思い出した。


 少し前の学年主任のスコット先生が俺をAクラスに移動させたかったのも、案外教頭の差し金かもしれない。



「えっと~、みんなぁ! 先日の林間実習頑張ったね~! 特にクロックくん、優勝おめでと~っ! はい、みんなぁ拍手~、ヒューヒューパフパフ~♪」


 Eクラス教室、朝のホームルームにて。


 リーゼ先生はテンションを上げてはしゃいでいた。

 童顔に似合わない大きな両乳を振らして変な踊りを披露している。


 俺を含めて周囲の生徒は苦笑いを浮かべてた。



「……クロックくん、ちょっと来なさい」


 ホームルームが終わり、俺はリーゼ先生に呼ばれた。


 教室から出て、すぐ手前の廊下で二人っきりになる。


「なんですか?」


 すると、リーゼ先生は俺に近づき、背伸びして耳元に唇を近づけてきた。


「――先生ね。あの約束忘れてないからね」


 ん? あの約束って何だ?


 俺は首を傾げていると、リーゼ先生は「もう!」と上目遣いで唇を尖らせる。


「クロックくんが『勇者パラディン』か『竜殺しドラゴンスレイヤー』に選ばれたら、先生のこと迎えに来てくれるって話だよ!」


 うげぇ!? そういや、そんな話の流れになってたっけな……。


 どうやら、この先生……俺が今回優勝したのも、自分のために必死で頑張ったと思っているらしい。

 だから優勝発表の際に、やたら感動して号泣していたのか?


 そんなつもりで言ったんじゃないし、頑張ってもいないのに……。


 俺はただ、五年後の未来でリーゼ先生が結婚に失敗して娼婦館で働くのを回避したくて助言してあげただけなのに……。


 まぁ、しゃーない。


 その約束も、あくまで俺が『勇者パラディン』か『竜殺しドラゴンスレイヤー』に選ばれた場合の話だからな。


 俺はそんなのになるつもりはないし、なれる器があるとも思ってない。


 どうせ未来通り、ウィルヴァが『勇者パラディン』になるだろうぜ。

 

 ましてや超難関の『竜殺しドラゴンスレイヤー』の称号なんて得られるわけがないんだ。


 けど、この先生……意外と乗り気なのには驚いたぞ。


 リーゼ先生って、この学院を卒業して二年後くらいで教師になったんだよな?

 今は確か21歳だっけ?

 俺も五年前の記憶を持っているから、精神的にはタメか……。


 まぁ、精神的に言えば、15歳である今の俺より大分年下のようだけどな。


「そ、そうでしたね……まぁ、頑張りますよ。うん、はい」


「うん。先生、応援しちゃうぞ! クロックくん、ファイト~!」


 リーゼ先生は機嫌よく、スキップして去って行く。

 とりあえず、未来の悲惨なルートは回避しつつあるかもな。


 色々な意味で……。





 昼休み。


 普段通りにメルフィと一緒に食堂へ行くことにした。


 途中でアリシアと合流し、ディネもついてくる。


「クロウ様、そのぅ……早朝は大変取り乱してしまい申し訳ございませんでした」


「ん? ああ、セイラと決闘しそうになった件な……。アリシアもいちいち誰に構わず決闘を申し込む癖は直した方がいいぞ。周りに迷惑をかけるからな」


「はい、承知いたしました」


 あの後、俺が必死に止めて何とか事を収めたんだ。


 いくら決闘が学院で公認されているからって、流石にレアリティSRの特殊スキルを持つエース級達のガチバトルはまずい。


 つーか、絶対に周囲を巻き込みそうだ。


「そういや、ディネ。その後、クラスじゃどうなんだ?」


「ん? 変わってないよ~」


 変わってない? まだぼっちなのか?


 にしては口調が明るくて軽い。


「まだ、クラスの連中から嫌がらせ受けているのか? あいつら、ムカつくな……俺が代わりにヤキ入れてやるぜ!」


「ちがう、ちがう! そうじゃないよぉ!」


「じゃあ、どうなんだ?」


「ボクが無視しているの。だって、あんなクラスの連中なんか眼中にないもん」


 それもそうか。


 ディネルースはSRのレアリティを持つ特殊スキルの使い手。

 カーストじゃ上位級だと言っても過言じゃない。


 それこそ、この学院における暗黙ルールで、Bクラスで彼女に逆らえる奴はいないだろう。

 今回の林間実習で、これまでイジメてきたアーガ達もさぞ身の程を知った筈だ。


 しかも、今のディネには俺達がついているからな。


「そうか……ならいい。何かあったら、いつでも言ってこいよ」


「うん、えへへへ……クロウ」


 ディネはピタッと俺にくっついてくる。


「な、なんだよ……?」


「なんでもな~い、あんがと(ボク、クロウの傍いれば何も怖くないよ)」


 なんか、すっかりこのエルフっ娘に懐かれてしまったようだ。


「もう、ディネさん! 兄さんから離れてください!」


「そうだぞ、ディネ! 我が主に向かって羨ましい……ではない、無礼だぞ!」


 メルフィとアリシアが怒って必死に引き離そうとしている。


 そうそう。


 俺が最も環境が変わったと感じること……。


 ――この彼女達にある。


 五年後の糞未来では、俺を冷遇し散々なトラウマを植え付けてきた女子達。


 この世界では、打って変わって俺を敬い大切に慕ってくれる。


 いや嬉しいよ、はっきり言って。

 みんな誰もが認める美少女だし、ぶっちゃけ可愛いし、スタイルいいし、凄く優しいし……。


 けど、ギャップが半端ねぇ。


 いくら過去を変えた結果とはいえ、ここまでガラリと態度が変わるか普通?


 まるで、この世界が夢や幻惑のようだ。


 しかし現実なんだよな……。


 あるいは、あの糞未来が夢?


 にしては俺も未来の記憶をばっちり覚えているし、現にウィルヴァの特殊スキルをアリシアに伝えて優位に持ち込ませた実績もある。


 他考えられることとしたら、未来の彼女達の何かが可笑しかったのか?



 俺はじゃれ合っている彼女達を見つめる。


 今と未来とじゃ雰囲気が違いすぎて見比べようがない。


 強いていうなら、今の彼女達は他者に対しての労れる優しい心がある。


 あの糞未来じゃ、どいつもウィルヴァにしか興味ないって感じだったからな……。



 ――わからない。



 まぁいい……今は充実しているのに違いない。


 卒業まで無事に過ごせればいいんだ。




「――よぉ、クロウ! 朝はごめんな~」


 俺達が食事をしている中、セイラが近づいてくる。


「よぉ、セイラ。もう食べたのか?」


「まぁね……本当はアンタと……って思ったんだけど、いきなりじゃ迷惑だろ?」


「俺は迷惑じゃないが、セイラにも交流があるのもわかるよ」


「ふふ……やっぱり、アタイが見込んだ男だね……クロウ。大した器だよ」


「そ、そうか? ありがとう」


 ここにも俺の環境を変えた女子がいる。

 あの林間実習以来、妙にセイラにも気に入られてしまった。


「セイラ・シュレイン……貴様にもう一度言っておく、我が主に不用意に近づくことは許さんからな!」


「アンタにも言っておくよ、アリシア・フェアテール……これは、クロウとアタイだけの関係だ! アンタはすっこんでな!」


「「――ああ!?」」


 アリシアは立ち上がり、セイラと睨み合っている。


 おいおい、また決闘するって展開になるんじゃないだろうな?

 教室内じゃなきゃ、俺は止めないからな。



 ガタッ――



 小さな物音がしたので、ふと俺は視野を向ける。


 ウィルヴァだ。


 食事を食べ終えたのか、トレーを持って下膳しようとしていた。

 奴の隣には妹のユエルもいる。


 別に寂しそうだとか、こちらを凝視することはない。


 あくまで自然体であり、普段通り平和そうにニコニコしている。

 ただ俺が勝手に違和感を覚えているだけだ。


 無理もない。


 ユエル以外は、ほぼ五年後の未来と、まるで逆転した環境となっているのだから。


 すなわち、


 ――俺がウィルヴァから女子達を奪ってしまった展開だ。






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