第181話 女勇者パーティと魔竜の動き

 クロック達が信仰騎士達と戦っていた頃。

 

 勇者パラディンサリィと彼女のパーティ達は、リーゼ・マインの《サンクチュアリ・ナビゲーター聖域への案内人》で表示された脳内マップに則り、迂回する形で森の中を進んでいた。


(相変わらず凄いね、リーゼの特殊スキル……またウチに戻ってきてくれないかなぁ?)


 サリィは嘗ての雑用係ポイントマンであるリーゼの能力高く評価していた。

 リーゼがスキル・カレッジを卒業して勇者パーティ入りして約二年間くらい共に戦っていたことがある。


 その中で雑用係ポイントマンとしての技能は勿論、特殊スキルの高さにパーティ内でも重宝されていた。

 しかしサリィの百合セクハラぶりに耐え兼ね、リーゼは脱退を決意し代わりに後輩だったモエラを差し出して無理矢理に円満退職という形に収めたのだ。


 当時のリーゼ曰く、


「だってぇ、サリィちゃんたら顔を合わせる度に『ネェちゃん、いい乳してんな~オイ!』とか言って、私のおっぱい揉んでくるんだもん! 下手なスケベオヤジより酷くて嫌になっちゃう!」


 という事が頻繁にあったらしい。


(リーゼ先輩が戻ってきてくれるなら、わたしはお払い箱ですね……良かったぁ)


(何言ってんの、モエラ。アンタもあたしの嫁なんだから絶対に逃がさないわよ)


(ふぇ~ん! わたし百合じゃないのに~! 誰か助けてくださいよぉ!)


(いい加減にしなさい! 作戦行動中でしょ!? サリィもモエラを苛めると、もう膝枕してあげないわよ!)


(わかったわよ~ん、カネリア姉さん……耳かきも追加ねん)


 年上でありパーティの良心と称えられる神聖官クレリックカネリアに注意され、彼女に頭が上がらないサリィはあっさりと引いた。


(それより、サリィどうするの? クロックくん達の助っ人の件、誰を向かわせるつもり?)


 カネリアの問いに、サリィは(う~ん)と考えている。


 現在、クロック達は300騎の信仰騎士達と戦い奇襲攻撃が成功して善戦しているとか。

 それだけなら助っ人など不要と思われるが、問題は後方で待機している三頭のエルダードラゴンと50体のモンスター軍団である。


 いくら冒険者Sランクを誇る有望な次期勇者パラディンパーティとはいえ、まだ学生の身。

 そもそも、この作戦自体が正気の沙汰ではない。

 加えて竜の増援となると、普通の思考なら絶望的だろう。


(脳内マップを見る限り、後輩くん達ならやれそうだけどね。けど言い出した以上は行かせないとカッコ悪いか……んじゃ、マナルーザとトーコ、よろしく)


(わかりました、リーダー)


(いいよぉ。けどウチら不在で大丈夫? 他にも成竜が何匹か護衛にいるんでしょ?)


 賢者セージマナルーザが頷き、槍術士ランサーのエルフ族トーコが思念で疑問を投げかける。

 

(モエラとミギアもいるし、カネリア姉さんもいるからねぇ。余裕しょ? 二人はちゃちゃと終わらせ戻って来てよねん)


 サリィの軽い言動に、マナルーザとトーコは頷き駆け出して離れて行く。

 勇者はじっとその後ろ姿を眺め、深い溜息を吐いた。


(……なんだか嫁達に愛想を尽かされ逃げられちゃう心境だなぁ)


(どういう視点で見ればそう思うのか謎だわ……それよりサリィ、これからどうするの?)


(予定通りよ、カネリア姉さん。あたしが魔竜ジュンターとタイマンするから、姉さん達は雑魚を引き付けておいてよ~ん)


(エルダードラゴンを雑魚扱いね……わかったわ、なんとかするわ。サリィも意地になって無理しちゃ駄目よ。王族や貴族は貴女のこと死なせたがっているけど、私達は違うからね)


 神聖官クレリックとは思えない、カネリアの言動。

 勇者パラディンサリィは元盗賊シーフという異色の経歴と元々の素行の悪さから周囲に疎まれていた。

 中には「我がミルロード王国に勇者なし」と存在自体が抹消された扱いを受けている。


 なのでサリィも余計に意固地となり、反発しては補導や投獄される日々を送っている。


 だが一方で、


「――サリィちゃんはそんなの関係なく手癖が超悪いわよぉ。私も何度、ブラを盗まれたことか……ガチ、最低ッ!」


 被害者リーゼ・マインからの証言より抜粋。



(……あんがと姉さん、愛してるよん。けど、あたしはやるよぉ! エンシェントドラゴンを斃したら、『ドラゴン・スレイヤー竜殺し』になれるからね! とっととミルロード王国を抜け出して、レッツ隠居ハーレムだよぉぉぉん!)


 勇者パラディンは自国に対して最高位の名誉だが、『ドラゴン・スレイヤー竜殺し』は他国にも影響を与えるほど知的種族にとって最強の栄誉の称号である。

 その称号を得るにはサリィが言うように、竜族最強とされるエンシェントドラゴンを打ち倒すことが最も手っ取り早い手段であった。


 気合を入れ力説するサリィに、カネリアは絶句する。

 この女勇者にとって欲望こそが最高のエネルギー源であるようだ。


(……目的はどうあれだ。魔竜ジュンターに、オレ達知的種族の恐ろしさを教えてやろうじゃないか? なぁ、リーダー?)


 口数の少ない闘士ウォーリアミギアは呼びかけている。

 勇者パラディンサリィが二番目に頭が上がらないのが彼女だ。

 ちなみに闘士ウォーリアとは両手剣や戦斧など重厚な武器を主体とする戦いのプロであり戦士ファイターの上位職であった。

 

(勿論よ、ミギア(もう言動が、あたしより勇者っぽいんだけど……だから周囲からミギアが勇者パラディンじゃね? とか思われちゃうんだわぁ))


 などとサリィの深層心理の中でそう思われていることは、ミギアは知る由もない。


 かくして、勇者パラディンパーティ側の作戦行動が開始された。



 脳内マップに沿い、エンシェントドラゴンが滞在する場所を目指して行く。

 まだその姿は確認できないが、その距離まで残り僅かと思われた地点で彼女達は足を止めた。

 

(――微妙じゃね? なんでウチらの存在に気づかないワケ?)


(そうね。サリィは盗賊シーフスキルで気づかれにくいにはわかるけど、わたし達は『匂い袋』しか持ってないわ。エルダードラゴンなら誤魔化せるとして、エンシェントドラゴンには通用しないと思っていたけど……)


(囮役のクロック達に戦力の大半を追撃させていることといい、魔竜ジュンターはそんなに頭が良くないのかもしれん)


(ミギアさんの言う通りかもしれません。兵の動かし方にどこか投げ槍っぽさを感じます)


 モエラの思念に、サリィは首肯して見せる。


(そっだね~。何かしらの意図があるにせよ、あたし達に狙われているってのにズボラなのは確かだわ。まぁ、それはそれで好都合じゃね? 予定通り、あたしが単身で乗り込むから、みんなは所定位置で騒ぎを起こしてよん!)


(わかったわ、気をつけてね、サリィ)


 仲間に見送られ、勇者パラディンサリィは一人で前へと進んで行った。



◇ ◇ ◇



『あ~糞だりぃ。黒騎士おせーな……所詮は偉大な親父の切れっぱし、口ほどにもねぇってか?』


『――ウィルヴァお兄様の悪口は言わないで!』


 身を屈め巨体を休めているエンシェントドラゴンこと魔竜ジュンター。

 暇そうにボヤいていると、ふと少女らしく怒鳴り声が聞こえてきた。

 

 ジュンターは長い首を上げ、その姿を目視する。

 魔竜の眼には、人族と竜族とも言えない異形の姿をした少女の姿が映っていた。

 少女の背にはドラゴンを彷彿さえる両翼が広げられ宙を漂っている。


『テメェは確か……ああそうだ、もう一つの「銀の鍵」か? 俺をスカウトした監視役の糞小娘、おい誰に向かって言ってんだぁ、ああん?』


 グルルルとジュンターは喉を鳴らす。

 常人なら、それだけでも戦慄しパニックを起こしてしまうことだろう。


『糞小娘じゃないわ! 本当、エンシェントドラゴンの癖に忘れっぽいわね、レイルよ! レイル・ウエスト! ワタシがお父様に報告したら、あんたなんか即終わりだからね! 人間に戻るどころか、地球テラにだって帰れないんだから、そっちこそ口に利き方に気をつけなさいよ!』


 レイルと名乗った謎の存在から脅迫とも言える台詞に、魔竜ジュンターは『チッ』と舌打ちして不快感を示した。

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