第182話 女勇者パーティの陽動と奇襲

 レイル・ウエストと名乗った謎の存在。

 彼女はウィルヴァ、ユエルの妹にして『銀の鍵』と呼ばれし少女。

 常人には決して見ることができず、唯一可能なのは兄のウィルヴァと竜族のみに限られとか。


 魔竜ジュンターの口振りでは、このレイルはエンシェントドラゴンである自分と竜守護教団ドレイクウェルフェアを引き合わせた仲介役であり、同時に監視役でもあると言う。



『チッ、うるせーっ。俺はテメェの親父と盟約を結んで、したくもねぇ協力してやってんだぁ。おまけの兄貴と小娘にどうこう言われる筋合いはねーよ。それにレイルだったな? お前だって、あの兄貴のこと内心じゃ恐れ疎んでいるんじゃねーのか?』


 魔竜ジュンターの核心に迫る言葉に、レイルは戸惑い苛立つ様子を見せ始める。

 その焦燥する反応に、古竜は密かに大きな口端を吊り上げていた。


『ち、違うわ! ワタシはユエルお姉様と同じくらい、お兄様を心から尊敬している! だけど尊すぎて……ちょっと距離を置いてしまっているだけよ!』


『嘘だな。俺にはわかる。元人間として見ても黒騎士、いやウィルヴァだっけ? 相当なイケメンの美男子……いや絶世の美女か? どっちでもいいや、見た目は誰もが羨望するほどの存在だとわかる。それに比べてレイル、お前の姿はなんだ? 竜とも人族とも言えない中途半端な身形……しかも俺ら竜族以外では見ることのできない中途半端な存在じゃねーか?』


『うるさい、黙りなさい!!!』


『黙りたくありませーん。お前は嫉妬すると同時に憎んでいる……兄貴だけじゃなく、姉貴の方もな。生まれてからずっと美しい姿の二人を恨めしく思っている、違うか?』


『黙りなさいと言っているでしょ! あんたみたいな転生者にワタシ達兄妹の何がわかるって言うのよ! 「創世記ジェネシス計画」さえ達成されれば、そんなこと気にする必要なんてなくなるんだから! あんた達こそ所詮、お父様の姿を借りた中途半端以下の切れっぱしじゃない!』


『誰もこんな姿に転生させてくれなんて望んでねーよ。他のエンシェントドラゴン古竜共だって同じこと言ってるぞ。ラノベやアニメみたいに、まだ知的種族の姿にしてくれた方が「レッツ、セカンド・ライフ!」っとか言って異世界生活を楽しめたかもしれねぇ……この異世界にはそのシステムはないじゃねーか。あるのは竜となって知的種族共が増えすぎないよう間引きと均衡の維持……だったら、せめて魔王の姿にしてくれっての。てか、なんで竜なんだよ? どっかのカードゲームか?』


『知らないわ! スカウトする前に言ったでしょ!? 全部クロノスが悪いって! そいつがお父様の力を奪わなければ、こんな世界になってないわ! その為に「銀の鍵」として、お兄様とワタシが時間を遡及してまで翻弄されているのよ!』


『けど、クロノスの末裔がテメェの親父から奪った『創世記ジェネシス』を持っているんだろ? 刻の操者、クロスケがよぉ』


『クロスケ? 誰よ? クロック・ロウでしょ……あんた、エンシェントドラゴンとは思えないほど物覚えが悪い馬鹿ね。知的種族達にとって災厄級の魔竜と呼ばれているのに情けないわ……だっさ』


『お前、馬鹿って言ったな? だっさって何よ? 言っとくけど、好きでこうなったわけじゃありませーん! テメェの親父にこんな姿にされたんですぅ! 早く人間になりたーい!』


『だったらワタシ達の言うことを聞くことね、「桜部さくらべ 淳太じゅんた」。くれぐれも、ウィルヴァお兄様の足を引っ張ったら駄目だからね! エンシェントドラゴンらしく、せいぜい魔竜してなさい! 我が親愛なる父にて、古き神こと空虚なる君主ヴォイド=モナークの名の下によ!』


『クソがぁ! オメェの兄貴といい、俺の前でその名を出すんじゃ――』


 激昂、魔竜ジュンターが言いかけた、その時だった。

 突如、上空から複数の何かが舞い降りてくる。


 ふわふわとした物体、丸みを帯びてモフモフとした毛並みをした動物っぽい何か。

 人間としての記憶を持つジュンターには、それがクマのぬいぐるみだと理解した。


『てか、なんでクマのぬいぐるが落ちてくるんだよ?』


『かわいい~っ、ユエルお姉様に見せてあげたーい』


 ジュンターだけでなく、レイルまでもが呑気に見入っている。

 しかし、それはこの二人に限ってではない。


 そういったモノに興味がない筈のエルダードラゴン達やモンスターですら、クマのぬいぐるみを見惚れるかのように眺めていた。


 すると、無数に漂うクマのぬいぐるみは風船のように風に流され、あらぬ方向へと飛んで行ってしまう。

 エルダードラゴンとモンスター達は引き寄せられるように、そのぬいぐるみの後を追い始めた。


『わーっ、待ってーっ』


『――おい、糞小娘。テメェはどこに行こうとしてんだよ?』


 魔竜ジュンターに呼び止められ、レイルは『ハッ!』と我に返る。


『な、何、今の!? つい、ついて行こうって心理になったわ!』


『おい、テメェは仮にも「銀の鍵」だろうが……俺よりも威厳が足りねぇ糞小娘だな。尻軽女みたいに敵の術中にハマってんじゃねーぞ、コラ!』


『敵の術中ってまさか……』


『ああ、間違いなくあのクマのぬいぐるみは特殊スキル能力だ……具現化か? 俺はエンシェントドラゴン古竜として抵抗力レジストがカンストしているから見惚れる程度で済んでいるが、エルダードラゴンやモンスター共は無理だ。いくら呼び掛けても応答すらしねぇ。完全に魅了されちまっている……逆にレイル、正気に戻っただけでテメェも、そこそこ抵抗力レジストが高いってわけだ。ラッキーだな?』


『生まれて初めてこの体で良かったってことね……しかし、いったいなんの真似かしら?』


『おそらく誘導による陽動か? 配下達を俺から引き離すための……少し離れた場所から知的種族共の臭いがする。魔道具アイテムで誤魔化しているが、俺の嗅覚は騙されねぇぞ。しかし妙だ。わずか三人程度しかいねぇ……奇襲にしては数が少なすぎるぞ。この魔竜ジュンターを相手にするにしてはよぉ』


 ジュンターが言うように、エルダードラゴンとモンスター達は次第に主から離れて行く。

 そして一定の距離になった途端。



 ――ゴゴゴゴゴゴゴ。



 大地が揺らぎ地震が発生した。

 しかも相当激しい揺れだ。


 その振動に地面を移動するモンスター軍団は歩行不能となり立ち往生してしまう。

 尚も揺れが激しくなり、地響きと共に地割れが発生してモンスター軍団を亀裂の中へと飲み込んでいった。


 だがこれほどの凄まじい現象にもかかわらず、魔竜ジュンターやユエルがいる場所には一切影響を受けていない。

 あくまで、その箇所だけの災害となっている不可思議な現象であった。


『あの地震も特殊スキルだってのか!?』


 そう驚愕するのも束の間、今度はその場から眩い光輝が発せられる。

 天に昇るほどの光の柱と化したそれは、次第に圧縮と集約され巨大な人型の形となる。


 神々しく圧倒的な存在感――美しき光の女神へと。


『なんだ、ありゃ!? 女神降臨ってか!?』


『違うわ神じゃない! それに模した信仰による魂力の塊、特殊スキルの集合体よ!』


 レイルが分析する中、顕現した女神は口を大きく開ける。

 口腔から凝縮された高出力のエネルギー粒子をエルダードラゴンに向けて発射された。

 魅入られている成竜達は回避することなく、あっさりと頭部や体を貫かれ肉体が蒸発する。

 こうして次々と葬られては地面に落下していった。



 カッ――!



 さらに浮遊するクマのぬいぐるみ群が眩い閃光が放たれる。

 同時に爆発を起こし周囲のモンスターと成龍を巻き込み駆逐した。


 最早一帯は森を焼き払うほどの地獄絵図と化している。

 魔竜ジュンターとレイルは唖然として驚愕するしか術を持たなかった。


『な、なんだ? いったい何が起こっているんだよぉ! この惨状がたった三人による仕業だってのか!?』


「へーっ、エンシェントドラゴンでも動揺するんだねぇ? 初めて知ったわん」


 戦慄する魔竜ジュンターのすぐ近くで女の声が聞こえた。

 首を下げると、真下の方で人族の女が悠然と立っている。


 ブラウン髪を後ろに束ねた、随分と小柄で華奢な人族だ。

 軽装の両腰には短剣ダガーが携えている。


(なんだ、この小娘……いつから居た?)


 魔竜ジュンターはそう思った。

 

『テ、テメェは何者だ、コラ?』


「なぁに? 最高位と畏怖された竜の癖に随分とフランクな喋り方ね? なんかイメージ崩れるんだけどぉ。まぁいいわ――あたしは、サリィ・ストーン。ミルロード王国の勇者パラディンよ!」


 サリィは名乗りを上げ、両腰の短剣ダガーを鞘から抜いた。

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