第162話 竜守護教団との接触




 ロトムア洞窟遺跡。


 その場所は嘗て、ミルロード王国の領土であり辺境の村が存在していたが、『竜』の侵攻により村ごと放棄され今では忘れられた土地である。


 『竜守護教団ドレイクウェルフェア』の最高司祭ハイエンド・プリーストエナの案内で、ウィルヴァ達は薄暗く広々とした洞窟の中を導かれるまま奥へと進む。


 しばらく歩き、行き止まりと思われる場所に辿り着く。


 岩に埋め込まれている、大きな扉が存在した。

 淡い光を放つ、とても奇妙な扉である。


「私について来てください」


 エナは手を触れると、自動に扉は開かれた。

 洞窟内と打って変わって、眩い光が差し込められている。


 ウィルヴァ達は言われるがまま、エナの後に続き扉を潜り中へと入った。


 すると景色が入れ替わった。


 目の前には窓から薄明りが浮かび上がる静謐の空間が広がる。

 

 ウィルヴァが振り返ると、既に扉はなく背後は真っ白な壁と鮮やかな壁画が描かれていた。



 眩い虹色の翼と玉虫色の球体を集積させた巨大な竜の姿――。



「……あれは? そうか……ここは『竜守護教団ドレイクウェルフェア』の本部」


 ウィルヴァは顔を顰め壁画から視線を逸らす。

 目の前に立つ、美しき最高司祭エナの姿を見据えた。


「――礼拝堂だね……特殊スキル能力かい? エナさんの?」


「まぁ、そんな所です。空間転移と言いましょうか……ウィルヴァ様は、フェイザー・フールという者をご存知で?」


「……ええ、ソフィレナ王女の暗殺に送り出した使徒ですよね? 義父から聞いています」


「彼、私の弟なのです。この世でたった二人の大切な……元は、神官である私とある国に仕えていた誇り高い騎士でした。ですが、民を圧制する国王と貴族達に意見したことで、私は女の尊厳を無理矢理奪われ、弟も厳しい拷問を受けて二人で国を追放されました」


「それで、『竜守護教団ドレイクウェルフェア』に入団を?」


 ウィルヴァが聞くと、エナは微笑みながら静かに頷く。


「いたわしいですね……辛かったことでしょう」


 さもエナに同調を示しつつ、ウィルヴァの内心は穏やかではなかった。


 そのフェイザー・フールを始末したのは他でもない、彼の妹であるユエルだからだ。


 きっと、エナは全て理解している。

 理解した上で、この場であえて名を出したのだろう。


 エナは微笑みを崩さず軽く頷いた。


「――どうか、ご安心を。弟は偉大なる布教のため身を捧げたと割り切っております。ましてや、この私如きが『銀の鍵』である貴方様に害を及ぼすなど絶対にありません。教皇様より、ご命令があれば喜んでこの身を捧げましょう」


「では、どういうつもりで僕に弟さんの話を?」


「ただの余談です。ウィルヴァ様もご察しの通り、この場所はもう、『ロトムア洞窟遺跡』ではありません。『竜守護教団ドレイクウェルフェア』の本部です。ですから、貴方様を追う騎兵隊がここへ辿り着くことは絶対にあり得ませんのでご安心くださいと言いたかったのですよ」


「なるほどね……けど、騎士団長のカストロフ伯爵も似たような特殊スキルを持っていると聞いたことがあるけど?」


「既にその情報も得ております。しかしカストロフの場合、一度行った場所でなければ移動できないという弱点を持つとか? 強力なレアリティを持つ特殊スキルほど、細やかな制約があるもの……私の能力は至極単純な分、そう言った制約はないのが特徴です」


 つまり空間転移に関しては、エナの方が優れていると言いたいらしい。


 エナの弟である、フェイザー・フールも《ワープ・スプリント歪曲空間疾走》という空間転移能力を持ち、クロック達を苦しめた。

 だが細かく設定でき複製コピー能力を持つ反面、その移動範囲が10メートル内など制約もあった。


 特殊スキルはレアリティが低いほど能力シンプルな分、弱点も少ない特徴がある。


 おそらくエナの自信はそこから来ているのだろうと、ウィルヴァは思った。


「エナさん、わざわざご説明ありがとうございます。僕達は『完全に逃げ切った』って理解するよ。おかげで安心して次の行動に移せます」


「それは良かったです。では早速、あの方をお呼びいたしましょう」


 エナが言った直後、真っ白な祭服ベストメントを身に纏った者が礼拝堂へと入ってくる。

 その手には二頭の『竜』が絡み合う意匠の権杖ジェーズルが握られていた

 

 しかし明らかに異形の姿である。


 まるで『竜』と『人族』を混合させたような容貌。


 ――ドレイク・クエレブレ


 『竜守護教団ドレイクウェルフェア』の教皇にて、この世でただ一人の『竜人リュウビト』である。


 竜聖女であるエナとシェイマは丁寧に一礼をする。


「シェイマ、よくぞ無事に戻ってくれました。布教、ご苦労様です」


 ドレイクは穏やかで温かみのある口調で、帰還したシェイマを労った。


「いえ、教皇様……私が不甲斐ないばかりに大勢の使徒を失ってしまいました」


「全ては『偉大なる主』のため……きっと『竜神様』が彼らの魂に安らぎを与えくれるでしょう」


「……はい」


 シェイマは頭を下げたまま返答をする。


 ウィルヴァはそんな二人のやり取りを平然と見ていたが、彼の後ろに立つ黒装束の『隠密部隊』は初めて目の当たりにする異形なる『竜人リュウビト』の存在に身構えた。


「この方への無礼は駄目だよ」


 ウィルヴァは静かな口調で『隠密部隊』達を窘める。


 ドレイクはウィルヴァの前に立ち対峙した。

 最初にウィルヴァが頭を下げて見せる。


「どうか頭をお上げ頂きたい『銀の鍵』よ。ワタシよりも貴方の方が立場は上位なのですから」


「……いえ。貴方が竜神族の最高位であるエンシェントドラゴンと対等であることに代わりありません。とても僕など……それに今回の件と『ソフィレナ王女の件』では大変お世話になりましたので」


「ソフィレナ王女の件? ああ、ランバーグの依頼で野良のイエロードラゴン黄竜を『トキの操者』にけしかけたことですか? こちらも『ダガンの件』では世話になっております、お互い様ですよ。それにブラックドラゴン黒竜に生まれ変わらせた『ソーマ・プロキシィ』も初めて貴方の役に立ったことでしょう」


「ええ、ソーマ君には生前から『夢』を見させて頂き非常に感謝しております」


「貴方からそのような言葉を頂けるとは……ソーマも快く天昇したことでしょう。しかし本当に良かったのですか? 『銀の鍵』自らが危険を晒し、ワタシのシェイマを連れて来てくださって……まだ今の立場に居ても良かったのでは?」


「いえ、どの道、潮時でしたから……ミルロード王国を抜け出すのに丁度いいタイミングだと思っております。ドレイクさんから依頼を受けていた義父の死は、きっと無駄にはならないでしょう」


「そうですか、ランバーグ公爵のことは残念です……ん?」


 ドレイクは縦割れの瞳で、ウィルヴァとその周囲を見渡す。


「どうしました?」


「いえ――『娘』の方はいらっしゃらないようですね?」


「え? ええ、『彼女』は別行動を取っております。何せ『創世紀ジェネシス計画』の要ですから」


「確かに娘の存在は知的種族達を欺くには最適ですね……ここまでは順調であり、全て想定内。貴方の活躍に我が『偉大なる主』も喜ばれるでしょう」


「伊達に一巡目は失敗していませんよ。この二巡目だけは失敗が許されないのですから……」


「それを知ることが出来るのは、我が『偉大なる主』と産み落とされた三つの『銀の鍵』達だけですからね。時空を超越せし者――」


「ドレイクさん……申し訳ないですが、僕のことはウィルヴァとお呼びください。それに『銀の鍵』は二つ・ ・です。もう一人は普通・ ・であり、僕らのことは知りません。一巡目の記憶すらありませんよ」


「……それは失礼、ウィルヴァさん」


 ドレイクは謝罪し、ウィルヴァは「気にしないでください」と軽く流した。


「これから、いよいよ最終ステージに入ります。『トキの操者』を創世紀ジェネシスへ導き『聖杯』を手に入れるための――」


 ウィルヴァの言葉に、ドレイクは力強く長い首を縦に振るう。


「わかっております。ワタシも覚悟を決めましょう……喜んで、この身を『偉大なる主』、竜神様に捧げる所存です。では、ウィルヴァさんとお仲間の方、おもてなしを致しましょう。エナ、シェイマ、客人をご案内してください」


 ドレイクは二人の竜聖女に指示し、別室へ案内させる。


 ウィルヴァは「僕は祈りを捧げてから行くから、先に行ってくれ」と指示し、10名の『隠密部隊』達だけ案内されて行った。



 静寂と化した礼拝堂に、ウィルヴァ一人だけ佇む。


 じっと壁画に描かれている、『虹色の巨大な竜』を見つめた。



「……『トキの操者』に封じられし偉大なる竜神にて、空虚なる君主――《ヴォイド=モナーク》……もうじき全てが終わります。必ず『彼』をクロノスとして《創生紀ジェネシス》へと導きましょう」


 ウィルヴァは呟きながら異色の瞳オッドアイを潤ませる。


「ごめんよ……クロウ君」


 つうっと、その頬に大粒の涙が伝って流れ落ちた。

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