第161話 ウィルヴァの逃走




 林間実習だった『闇光あんこうの樹海』を抜け、逃走していく二人の影。


 ウィルヴァ・ウエストとシェイル、いや竜聖女シェイマだ。


 特にシェイマは既に黒髪から本来の水色髪に戻っていた。

 どうやったのかは不明である。


 樹海を抜け、見渡しの良い小高い丘付近で、二人は足と止めた。


「――ここまで来れば、もう大丈夫だろう」


 ウィルヴァは後ろを振り返り平然と言った。


 一方のシェイマは相当息を切らしている。

 

「ハァ、ハァ、ハァ……ま、まさか、ウィルヴァ様がランバーグ公爵と同じ『隠れ信者』だったとは……思いもよりませんでした」


「隠れ信者ね……僕の身形じゃ、そう思われても仕方ないか」


「え?」


「なんでもないよ。シェイル……いや、シェイマさんも、これまでよく一人で頑張ってくれたね。おかげで目的に大幅に近づけたよ」


「目的ですか?」


 大きな瞳を見開き首を傾げる、シェイマ。


「そうか……キミはドレイクさんから何も聞いてないんだね。『竜聖女』だから、てっきり『彼』のこと聞いているかと思ったけど……では、万一の口封じ目的である《ディエス・イレ怒りの日》にも触れてないってわけだ」


 真実を知らなければ口を封じる必要もない。

 ウィルヴァはそう解釈した。


「……ウィルヴァ様は『教皇』様をご存知なのですか?」


「まぁね。遥か遠い親戚さ……」


「親戚? あのドレイク教皇様と?」


 シェイマは聞き返すが、ウィルヴァは口を噤んだまま、それ以上答えることはない。

 まぁいいっと、彼を慕うシェイマは割り切ることにした。


 それと他にも、ウィルヴァに聞きたいことがシェイマにはあったからだ。


「ランバーグ様は自害されたのは本当なのですか?」


「ああ、それも『計画』の内だよ……僕が義父の代わりに、シェイマをミルロード王国から脱出させるためのね。おかげで、カストロフ伯爵の注意を向けて逃げることができたんだ。予めブラックドラゴン黒竜に幻影魔法を見せるよう指示した、ドレイクさんにも感謝だね」


 ウィルヴァは言いながら視線を逸らした。

 その先に、いつの間にか全身に鎧に包まれた10名の騎士達がいる。


 騎士達は何をするわけでもなく、ただ無言に立ち尽くしているだけだった。


「キミ達は残りの隠密部隊だね? お義父とうさんの最後の部下である方達……」


 ウィルヴァが尋ねると、騎士達は頷きその場で跪いた。


「ランバーグ様からの最後の命令です。命を懸けて貴方様に仕えよと」


「別にいいのに……キミ達も、お義父とうさんからある程度のことは聞いていると思うけど、『創世紀ジェネシス計画』はキミ達知的種族の全てに恩恵が与えられるとは限らない……いや寧ろ――」


「それでもです! 我らをここまで導いたランバーグ様のため、あの方の意志を継ぐため、貴方様に仕えさせて頂きたい所存です!」


 騎士の姿を装った男が言うと、他の者達も強く同調して頷いた。


 ゾディガー王の私兵と言われる『隠密部隊』だが、その構成員は全て隊長であるランバーグが集めた隊員達である。

 その大半は『竜』に村を襲われ、行き場を無くした孤児ばかりだ。


 表舞台に立つこと決して許されない者達だが、国王の私兵としての矜持があり、そこまで育てた隊長のランバーグに恩義を感じても可笑しくはないだろう。


 ある意味、ランバーグの影の子供達と言っても過言ではない。


「わかったよ……好きにしてくれ」


 ウィルヴァは諦めたように、あっさり認める。

 

 騎士達は「御意」と返答し、素早く鎧を脱ぎ捨てる。


 全員が暗殺者アサシンのような全身を黒装束で纏う姿となった。

 これが、本来の『隠密部隊』なのだろう。


「……ウィルヴァ様。そのぅ、カーラ達の件ですが……あの者達を置いて来てしまって、よろしかったのでしょうか? こうして私だけ逃がして頂いたことは、とても感謝いたしますが……」


 シェイマが恐る恐る聞いている。

 彼女も、ウィルヴァは何も知らず利用されている立場だと思っていた。


 こうして、一緒にミルロード王国を抜け出すよう、ウィルヴァから提案されるまでは――。


 当初のシェイマは驚愕しつつも、なんだか二人で駆け落ちする気分で嬉しさもあったのは、ここだけの話である。


 ウィルヴァは「う~ん……」と考えつつ、言葉を選ぶ。


「事実上、あの子達を見捨てた形になったことだろ? そりゃ計画を隠していた罪悪感はあるけど……けど仕方ないさ。それに、カーラ達は『教団』に所属しているけど、自分の信念を持った何一つ汚れてない子達だからね。きっとやり直しができる筈さ。クロウ君ならあの子達を導いてくれるだろう」


 まるでウィルヴァ自身も『竜守護教団ドレイクウェルフェア』は真っ当な教団ではないと理解した上で事を起こしている口調だ。


 認知した上で、義理父であるランバーグと結託して『教団』と関わりを持ち、好敵手ライバルと友人達を欺き裏切ったとでも言うのか。


 ウィルヴァの言動について、シェイマは何も問い詰めたり窘めたりはしない。

 ある意味、逃がされた彼女は既に「汚れた」と言われているにもかかわらずだ。


 異性として、その美しい容姿に惹かれてしまった惚れた弱味もあるだろう。


 しかし、ウィルヴァから発せられ魅入られる『何か』をシェイマは出会った時から既に感じていた。

 それが一体何であるのか、彼女自身もわかってはいない。


「ウィルヴァ様の妹様は? あの忌まわしきクロック・ロウの傍にいさせたままで、よろしいのですか?」


「ん? ユエルかい? あの子こそ、この件には全く関係ないからね……見た目は僕と似ているけど、ユエルは母親と同じで普通・ ・なんだよ。だから清廉潔白ってやつさ」


 妹は自分とは関係ないと言いたいのだろうが、何か言葉が可笑しい。

 

 しかしウィルヴァは真顔で答えている。


「では、妹様は『隠れ信者』ではないと?」


「そうだよ。育ててくれた、ランバーグのお義父とうさんも、ユエルだけは普通・ ・の扱いをしてくれた。他所から見たら、あの子だけ疎外されたように見えただろうけどね……けど、それで良かったんだ。一巡目のような嫌な思いを再びユエルに味合わせたくないからね……ユエルは何も知らない方がいい」


「は、はぁ……」


「今頃ユエルも、お義父とうさんのことや僕が『竜守護教団ドレイクウェルフェア』の竜聖女と逃亡したことを知って、さぞショックを受けているだろう……」


「なるほど……」


 切なそうに語るウィルヴァだが、シェイマは何を言っているのかわからず曖昧な返答をする。

 辛うじて、妹のユエルを大切に想う気持ちに偽りなく本物だということだけは理解した。


「――もう覚悟はできている。その為に僕も全てを捨てたんだ。『創世紀ジェネシス計画』が完成すれば、もう迷う必要さえなくなるんだ……そうだよね、父さん?」


 ウィルヴァは自分に言い聞かせるように噛み締めて呟いている。

 彼が言う父さんとは、果たして誰を刺しているのだろうか。



 それから一行は先へと進むため歩き出した。


 目的地は『ロムトア洞窟遺跡』方面である。


 ちなみにカストロフ伯爵が差し向けた騎馬隊が追っていることは、まだ彼らは知らない筈だ。





 しばらく歩くと、断崖絶壁の岩山に大きな空洞がある。


 自然現象というより、人為的に広げたような不自然な穴だ。


 そこは洞窟となっており、奥側が暗くて見えない。

 石で造られた柱のようなほこらが並んでいる。


 この洞窟こそが、『ロトムア洞窟遺跡』だ。


 洞窟の暗闇から、一人の女性が歩いてくる。

 

 法衣服をまとった女性神官だ。


 大人びた綺麗な顔立ちであり、紫色の髪を丁寧に後ろ編み左肩から流していた。

 若干目尻が垂れ下がっており、左瞳の下側に泣きぼくろがある。


 女性は、ウィルヴァ達の前で立ち止まり、丁寧に頭を下げる。


 竜聖女シェイマは「貴女様は!?」と女性の存在に気づき、同じように会釈をした。


 女性は頭を上げニッコリと微笑み、穏やかな表情を見せる。


「ウィルヴァ・ウエスト様、ようこそお越し頂きました。私は竜聖女エナ、教皇ドレイク様より最高司祭ハイエンド・プリーストの地位を与えられし使徒です」


「そのような高位の方が、私如きのために自ら出迎えてくださるとは恐縮です」


 ウィルヴァも礼儀正しく会釈をする。


「ご謙遜を……わざわざ、シェイマを連れて来て頂き感謝します。ささ中へ、教皇様が『銀の鍵』である貴方様をお待ちです」


「わかりました。しかし、そうゆっくりしてもいられません。カストロフ騎士団長が放った騎兵隊が、僕らを追って時期に辿り着くことでしょう」


「全て想定内、一切の問題はありません。どうかご安心を。ささこちらへ、お付の方達もどうぞ――」


 エナという女司祭に案内され、ウィルヴァ達は洞窟の中へと入って行った。

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