第160話 二学期、林間実習終了
上半身を、拘束用の鎖で縛られた四人の娘達。
『
きっと彼女達なりに事情はあったと思う。
俺を襲った『隠密部隊』の男に対して、そういう言動が聞かれていたからな。
だけど属する組織とやり方が間違っていた。
いくら詭弁を並べても、『
そこは否定しなければいけないんだ。
だけど――。
俺はいたたまれなくなり、身を乗り出して駆け出した。
「クロウ様!?」
アリシアが呼び掛けるも、俺はカーラ達に近づこうと向かって行く。
「いけません、クロック殿!」
「ご無礼、申し訳ない!」
俺の目の前で、騎馬隊の騎士達が
立ち止まり、
「――俺は、お前達が悪い奴らだと思えない! 一緒に戦えて良かった!」
そう大声で叫んだ。
とにかく、それを彼女達に伝えたかった。
共に戦ってくれたこと、『隠密部隊』から俺を護ってくれたこと。
彼女達の
少なくても、この子達とは何か通じるものがあると感じてしまう。
俺の言葉に、カーラ達はピタッと足を止める。
とても悲しげに俺の方へ瞳を向けてきた。
「……クロック、アンタの物差しで言うんじゃないよ。アタシらだって世の中に不満や、そうしなければならない事情があった。ただ、それだけさ……」
「全て覚悟の上ですぅ」
「オレ達がやった事に言い訳はしない。それも戦士としての誇りだ」
「……身から出た錆」
四人共、既に覚悟を決めた言葉だ。
いや、諦めたというべきか……。
おそらく尋問後、彼女達はスキルを奪われて処刑されてしまうだろう。
特にミルロード王国は犯罪者には厳粛だからな。
それに周囲への見せしめにもなる。
確かに自業自得とはいえ……。
「だからもう、アタシらのことは放っておいてくれよ……」
最後にカーラが呟いた。
その表情は憔悴しているように見える。
ひょっとしたら、ウィルヴァとシェイマの逃走劇に「手駒」として利用されただけの四人。
そう思うと、やるせなくなり何も言えなくなってしまう。
「――しかし、お前達は目立った犯罪歴もないからな。前もって『教団』に隠蔽されているかもしれんが……捜査に協力してくれれば、私から温情を与えてやるぞ」
悠々とした歩調でカストロフ伯爵が、彼女達に近づいた。
勝気なカーラは「チッ」と舌打ちする。
「騎士団長の伯爵如きが、国で決めた法律を捻じ伏せる権力でもあるってのかい?」
「こう見ても王族には大きな恩を何度も売っているからな。おかげで裏技は幾つも持っている。貴様らカルト『教団』のように世の中に刃を向けてばかりじゃ、世界どころか一国すら変えられんよ」
カストロフ伯爵はこれまで見たことのない狡猾的な微笑を浮かべる。
「へ~え……なるほどね、アンタ頭いいね」
一方のカーラは妙に納得した。
確かにカストロフ伯爵は、アリシアの件でゾディガー王には相当な恩を売っているからな。
だけどそれがきっかけで、いくら手柄を立てても、万年『伯爵』の地位から出世できないらしい。
全てランバーグが己の地位と私欲によってハメられた事とはいえ……。
ん? おい、待てよ?
まさか、その為にあえてランバーグに振り回されたように装っていたのか?
ゾディガー王に恩を売って、いざって時は自分のいいようにするために!?
そういや妻同士が仲違いしていた割には、カストロフ伯爵はアリシアを連れて何度か王城に行き、ゾディガー王に遠くから姿を見せていたって話だ。
以前に自分より上位貴族宅にガザ入れする時も、わざわざ末端の王族でもあるエドアール教頭を巻き込む形で捜査しやすいよう画策していたよな?
やっぱ、この人エグいわ。
何気に強かで食えない騎士団長だぜ。
「――クロック!」
不意にカーラが大きな声で、俺の名を呼んだ。
「なんだよ?」
「……ありがと!」
何故かお礼を言われてしまう。
悪い気はしないが、なんだか妙な気分だ。
カーラだけじゃなく、ロータやフリスト、そしてスヴァーヴも。
『敵』である筈の四人の娘達が、俺に対して温かみのある優しげな眼差しを向けてくる。
やっぱりいい子達だと思った。
なんで彼女達が、あんな『
そう考えると、とても切なくなってしまう。
けど、最後に彼女達に俺の思いが伝わったのかもしれない。
そこだけは素直に嬉しかった。
カーラ達が連行された後。
岩に固定された騎士……いや、『隠密部隊』の連中は、本物の騎士団によって捕縛されて、ある場所へ連れて行かれた。
カストロフ伯爵が創り出した特殊スキル《
なんでも『塔』の中は時間が停止された世界のようで、その中では爆死や毒を服用するなど、自害することは一切できないらしい。
しかも眠気はおろか生理現象も起きず、伯爵の意志がなければ永遠に抜け出せない脱出不可能な『無窮の塔』でもある。
まさに尋問用には打って付けってわけだ。
実行犯である『隠密部隊』の連中を吐かせれば、きっと何かしらの有益な情報が手に入るだろう。
「――クロウ様、これから如何いたしましょう?」
ひと段落がついた頃、アリシアが聞いてくる。
「如何って、どういう意味だ?」
「いえ、このまま林間実習を続けてもという意味です。実習は2泊3日の筈、まだ1日しか経っておりません。おまけに対戦相手も事実上のリタイヤではありませんか?」
そりゃそーだ。
本当なら、このままカストロフ伯爵について行き、ウィルヴァとシェイマを捕まえてぶん殴ってやりたいが……。
俺はチラリっと、ユエルを一瞥する。
聖女らしく毅然としているけど、悲しそうに俯いた表情だ。
これから騎士団本部に身柄を預けられて尋問を受けるのだろう。
それに色々なことがありすぎた。
みんなも相当疲れているのは間違いない。
「竜聖女シェイマと『
あえてウィルヴァの名を出さなかった。
ユエルに配慮したからだ。
俺の指示に、パーティ全員が「はい……」と弱々しく返事する。
どうやらみんなも察してくれたようだ。
それからスタート地点である待機場所に戻ると、スコット先生とリーゼ先生が出迎えてくれた。
Aクラスの担任である、イザヨイ先生もいた。
「おかえり、クロウくん」
いつもハイテンションのリーゼ先生にしては珍しく大人しい。
誰よりも全ての事情を知っているからか、俺達に気を遣ってくれているのだろう。
「はい……こんな形で終わってしまって、なんて言ったらいいのか」
「気にすることないよ……みんな立派だった。そうですよね、スコット先生?」
「ああ、その通りだ。間違いなく、クロック君は次期
普段、生徒を褒めることのないスコット先生が初めて称賛してくれている。
嬉しさ半分に、やっぱり気を遣わせている感もあった。
「……ウィルヴァ・ウエストの件は何て言ったらいいのか……担任としての不甲斐なさを感じてしまう」
イザヨイ先生は普段から切れ長で細い双眸をより細めて項垂れている。
一番優秀で目を掛けていた生徒が実は、テロリストと同様の『
落ち込むのは無理もないけど、それを言うなら俺達だって同類だし、ユエルも尊敬していた双子の兄が悪事に加担していたことさえ知らなかったんだ。
仕方なかったこと。
そう割り切らないと、やってられない。
「イザヨイ先生、どうか元気出してください。まだ俺達がいるじゃないですか? 俺達は誰一人、脱落してませんよ」
「クロック君……そうだな。キミも次期
ん? 話しが妙な方向に曲がったぞ。
「ちょっと、イザヨイ先生~! 今のいい方、超意味深なんですけど~!」
ほら見ろ。
リーゼ先生が食いついてきたじゃないか。
「意味深も何も……そういう約束だったじゃないか、なぁクロック君?」
「え、ええ……まぁ」
「けどぉ、けどぉ、クロックくんは、まだEクラスの生徒ですぅ! もう8割くらい条件を満たしたから、イザヨイ先生には渡しませーん! 増員もなしでーす!」
ドヤ顔で言い切る、リーゼ先生。
ところで8割の条件満たしているって何よ?
俺が
しかし、増員の意味がわからないぞ……。
確か勇者特権で、
そういや夏休みのターミア領土で、先生は修羅場になりそうだったアリシア達と妙な和解をしていたな。
一体、リーゼ先生達は何を企んでいるんだ?
――今は、そういう事を考えるのはやめよう。
今は身体を休めつつ、カストロフ伯爵の報告を待つべきだ。
こうして、様々な感情を交差させたまま、波乱に満ちた『
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