第159話 聖女の目覚め




 起き上がったユエルに対して、俺達パーティ全員が駆け寄った。


「ユエル、大丈夫か!?」


 俺の安否する言葉に、彼女は左右が紫色と赤色の異色瞳オッドアイを大きく見据えている。


「あ、はい……クロウさん、ウィルお兄様は!?」


「そ、それが……」


 問われるも、思わず目を逸らしてしまう。


 めちゃ説明しずらい……。


 俺は無言になってしまう。

 こういう場面では、普段から空気を読まなそうなアリシアかディネから説明した方が最適だな。

 そう思い視線を向けるも、二人は瞳を逸らした。


 だよな……やっぱ、ここは俺が……。


「クロウ君、ここは私から説明してもいいかな?」


 カストロフ伯爵が助け船を出してくれる。


「すみません……お願いします」


「では――」


 ダンディな渋声で懇切丁寧に、これまでの経緯が説明される。


 補足として俺からもブラックドラゴン黒竜から得た情報を付け足した。

 主にウィルヴァとシェイマが食われたのではなく、ブラックドラゴン黒竜の幻影魔法によって、そう見せるよう惑わしたこ辺りだ。


 あと流石に、『竜』の身体に移植された『魂』が、あのソーマ・プロキシィであることは伏せて置いた。

 女子達の間でも、あの男の存在は色々な意味でトラウマ級だったからな。



 束の間。



 話を終えると、ユエルの瞳から大粒の雫が溢れ頬を伝って零れ落ちた。


「そ、そんな……本当にウィルお兄様とお義父とう様が……う、うう」


 本物の涙。


 俺にはそう思える。


 ――この子は本当に何も知らなかった。


 甘いかもしれないが、そう信じたい。


 おそらく、ランバーグが実父だということさえ知らないだろう。


 今更ながら、ユエルだけが阻害されていたのは、ランバーグなりの娘を思う親心だったのか?

 彼女だけは悪事に手を染めさせないための……。


 だとしても、酷い事実には変わりない。


「ユエル・ウエスト君。身内として、あとで話を聞かせてもらうよ、いいかい?」


「は、はい……わたしで良ければ……是非にでも」


 カストロフ伯爵の依頼にも、拒むことなく素直に応じている。

 流石は女神フレイアを信仰する聖女だ。

 ここぞの精神力は強い子だと思った。

 

 反面、ユエルの健気さが、より俺の胸を締め付けてくる。


「安心してくれ、ユエル。俺も一緒だからな。ちゃんと許可をもらっているから」


「クロウさん……ありがとう」


 俺の言葉に、ユエルはぐすっと鼻を鳴らした。

 この子だけは、俺が守らなければ……。


「――私も同行いたしますからね、クロウ様!」


 アリシアは、俺の顔をじぃっと見据えながら言ってくる。

 明らかに怒り口調だ。


 まだ、セイラに抱きついたことを根にもっているのか?

 しつけーわ。


「わかったよ、アリシア」


「……大体、クロウ様はいつもユエルにばっかり……ぶつぶつ」


 なんだ? 

 アリシアの奴、今度はユエルに不満を漏らしているのか?

 こんな時だもん、しゃーないじゃん。


 そういやこいつ、糞未来でも俺がユエルと仲良く話していると、決まってチャチャ入れて来たよな?


 よくよく考えてみたら、あれは焼き餅だったのか?


 いや、だがこの女……思いっきり、俺に蹴りを入れてきたよな?


 今のアリシアは素直で健気だけど、糞未来のこいつはガチで最悪だった。

 何度も言うが、いつも高圧的で俺を「無能者」呼ばりしていたっけ。

 

 あの頃のアリシアの気持ちはわからない。

 それこそ、幼少期の『初恋の少女』なら、俺のことは覚えてなかったのだろうか?

 別に俺は名前を変えていたわけじゃないし……。


 ――こいつから、お嫁さんにしてって言った癖に。


 今のアリシアは可愛いから許すとして、未来のアリシアには不満もなくはない。


 可能であれば、未来に戻って文句の一つも言ってやりたい気分だ。

 まぁ、絶対に戻りたくはないけど……。


 そんな俺とアリシアのやり取り、見るに見兼ねたカストロフ伯爵は強く咳払いをしてくる。

 一応、すみませんと軽く謝っておいた。


「話を続けよう。現在もウィルヴァ君と竜聖女シェイマは逃走中だが向かった場所は、大凡おおよそわかっている――『ロムトア洞窟遺跡』だと推察されている」


「えっ、伯爵も既にわかっていたんですか!? 一体どうやって!?」


 驚愕する俺に、カストロフ伯爵は頷いた。


「リーゼ・マイン先生だよ。彼女の《サンクチュアリ・ナビゲーター聖域への案内人》で探索してもらったんだ。キミ達、スキル・カレッジに在籍する生徒達は全員、彼女の対象者だからね。ウィルヴァ君も同様だった……だが、どうやったのかわからないが、彼らは自力で思念対象者チャンネルを解除し逃走を続けているのだ」


 やっぱ凄げーな、あの先生。

 伊達に元勇者パーティの雑用係ポイントマンじゃなかったってやつだ。


思念対象者チャンネルを解除されたのは、ウィルヴァはもうスキル・カレッジの生徒じゃないから?」


「おそらくそうだろうな……まぁ、シェイマの方は身形と名を元に戻せば、自動的に対象から外れてしまうようだ」


 確かに登録した「シェイル」ってのも偽名だからな。


 だけど、ウィルヴァの奴……用意周到すぎる。

 少なくても、その場の思い付きじゃないのは確かだ。


 スキル・カレッジに入学した頃から、いや中等部の頃から既にランバーグと一緒に『竜守護教団ドレイクウェルフェア』と繋がりを持っていたというのか?


 あの未来でも?


 一体、何が目的で――?


「あれから逃走者達の足取りは掴めてないが、思念対象者チャンネルを解除される前に他の『隠密部隊』の片割れ達と合流して、『ロムトア洞窟遺跡』方面へ向かった所まで判明している。現在、そこを中心に騎士団を派遣している次第だ」


「伯爵、俺もブラックドラゴン黒竜から、似たような情報を得ています! ドレイクっていう『教団』の教皇も、そこに潜伏しているかもしれません!」


「ドレイク? なるほど……それが首謀者の名だな。これから私も騎士団と合流するため『洞窟遺跡』へ向かう予定だが、一度も行ったことのない場所だけに馬を走らせなければならない。くれぐれも騎士団達には用心はさせよう!」


 ちなみに、カストロフ伯爵の特殊スキル《ディメンション・タワー異次元の塔》は一度訪れた場所でなければ空間移動はできないらしい。


 カストロフ伯爵は話を追えると、別なパーティ達に対して鋭い眼光を向ける。


「――後は、お前達の身柄だが」


 そう、ウィルヴァと同じパーティであり、『竜守護教団ドレイクウェルフェア』の使徒である、カーラ、ロータ、フリスト、スヴァーヴの四人だ。


 彼女達は、まだ事態を呑み込めていないのか、呆然と立ち尽くしたままだ。

 まぁ、神出鬼没であるカストロフ伯爵がマーキングした、この領域エリアでは逃げようもないか。



「……好きにしな。アタシらは逃げも隠れもしないよ」


 カーラは潔く言い切り、他の三人も同調して頷く。


「了解した――《ディメンション・タワー異次元の塔》」


 カストロフ伯爵は特殊スキルを発動させる。


 少し離れた上空が歪み、そこから灰色の『巨大塔』が地表へと落ちてきた。


 にもかかわらず、衝撃音や振動は一切ない。

 まるで陽炎のように淡く揺れる曖昧な存在。


 灰色の『巨大塔』の門が開けられ、50騎の騎馬隊が蹄を鳴らし押し寄せて来た。


 あっという間に騎馬隊はカーラ達を取り囲み、その身柄を拘束する。


 カーラ達は特に抵抗を見せることなく、全てを受け入れ拘束用の鎖に縛られた。



「伯爵……この騎馬隊は?」


「ああ、クロック君、予め『塔』の中に部下を待機させておいたのだ。この座標は、先程私が使ってしまったから、別に設置した近場の座標に『塔』を建てるしかなかったのだよ。どの道、この者達に逃げ場はないがね」


 やべぇよ、この親父さん。


 とんでもねぇ、特殊スキル能力者だ。


 これだもん、エドアール教頭も一目置くわ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る