第158話 公爵の謎とクロウの決意




 ランバーグが毒を呑んで自害したってのか!?


 何故いきなり……カストロフ伯爵に追い詰められたから?

 しかし、まだこれといって確たる証拠だってないんじゃ……。


 炙り出すための、この林間実習じゃなかったのか!?


 あまりにも急展開に、その場にいる全員が事態を呑み込めないでいる。


 だけど、俺はある疑念が脳裏に過ってしまう。


「ま、まさか……ウィルヴァが口封じ目的でランバーグを?」


 嘗ての好敵手ライバルに対して、本当なら考えちゃいけない事柄かもしれない。

 だけど、俺には今のウィルヴァがわからない……。


 カストロフ伯爵は首を横に振るう。


「それはないようだ。ランバーグ自らが『呪殺術毒カースポイズン』を呑み込んだ形跡があった。前にも説明したが、ランバーグは闇魔法の特に呪術系に長けた男であり、実はあの恰幅のいい姿も魔法で偽装した姿だ。おそらく『隠密部隊』の任務上、日頃から姿を偽っていたのだろう」


 そういや、以前ソフィレナ王女も「昔と姿が違う」って話ていたっけ。


 カストロフ伯爵は話を続ける。


「ランバーグの本当の姿は痩せこけた老人であり、実年齢なら40歳のゾディガー王より上だろう。わざわざ義息子の前で、その姿を晒したまま死ぬとは考えにくい」


「老人? ま、まさか……」


「そうだ。戸籍上、ウィルヴァ君とユエル君の実父ってことになる」


 ウィルヴァとユエルはミルロード王国の領土内にある、辺境の村に住む老夫婦の間に生まれた双子だと聞いたことがある。


 その父親が、ランバーグだと言うのか?

 義理じゃなく、ガチの親父だと?

 じゃあ、母親は誰なんだ?


「しかし、まぁ……調べたと所、ウィルヴァ君達の出生や経歴も怪しいのだが」


「怪しい?」


「ランバーグは過去とある『竜狩り』で活躍して、平民から公爵にまで出世している。しかし、ずっと独身のままだった。さらに、辺境村に住んでいたとされる老夫婦は実在しない……その代わり、年老いた父親と一人娘がいたと判明していたのだ。ウィルヴァ君とユエル君は、その家に生まれたようだ」


「一人娘? その娘が二人の母親だと?」


「わからない。当時、娘は18歳であり銀髪で異色の瞳オッドアイを持つ、とても綺麗な顔立ちだったらしい。特徴がウィルヴァ君達と似ている点では奇妙だが結婚した形跡がなく、彼女が母親とは考えにくい」


「その娘は、今は?」


「16年前に亡くなっている……丁度、ウィルヴァ君達が生まれたとされる時期だ。偶然なのか……だから奇妙なのだよ。まぁ、彼女に聞けばわかるだろう」


 カストロフ伯爵は言いながら、ユエルを見つめた。

 まだ彼女は気を失ったまま地面に降ろされ、ディネとメルフィが介抱している。


「伯爵……ユエルが目覚めたら尋問するのですか?」


「悪いがクロック君、そのつもりだ。既に身内の二人が『教団』と関与していることが明白だからな……聞かないわけにはいかない。それに、その子は神官としては見習の立場とて、正義と愛を象徴する女神フレイアを信仰する者だ。ショックだろうが、そこは割り切って協力してくれると信じている」


 カストロフ伯爵は、俺達の前だからもあり、気を遣ってマイルドな言い方をしている。

 だけど内心では、ユエルも疑っているのだろう。

 大人とは、そういうものだ(精神年齢21歳)。


 俺はユエルだけは違うと信じたい――。


 彼女に関しては、未来も現在も何一つ不審な点は一切ないからだ。

 それに一緒にパーティを組んでから、ずっと冒険者しているわけだし、『教団』と接触している暇なんてないだろう。


 俺は強い眼差しで、カストロフ伯爵を見つめた。


「伯爵、その際は俺も同行させてもよろしいですか?」


「構わんよ。正統な次期勇者パラディンである、クロウ君ならその資格もあるだろう」


「クロウ様が勇者ですと?」


 アリシアが食いついてきた。


 父親である、カストロフ伯爵は頷く。


「ああ、エドアール教頭が推薦を決定したからね。体面上の調整は必要だが、確かクロウ君も調整する約束をしているのだろ?」


「ええ……まぁ」


 体面上ね。

 きっと、俺が次期勇者パラディンに決まったら、「EクラスからAクラスに異動する」って話だろう。

 俺も確かに了承しちまったからな。


「クロウ様が……ついに勇者パラディンとなられる」


 アリシアは噛み締めるように呟く。

 嬉しそうだが、どこか複雑な表情を浮かべているのは気のせいだろうか?


「どうした、アリシア?」


「いえ……別に。そのぅ、クロウ様……後でお話が」


 弱々しく上目遣いで懇願してくる、アリシア。

 その見慣れない仕草に、俺の心臓がきゅっと絞られる。

 

「あ、ああ……わかった。実は俺も話があるし」


 丁度いい。

 アリシアに、あの頃の事を聞いてみよう。

 彼女が俺の初恋である『金髪の少女』なのかってことを。

 

 けど、もしそうだったら俺達の関係はどうなるのだろう?

 正直、少しその辺が怖いんだけど……。


「クロウ! 勇者パラディンになるんだね~、凄~い!」


 ディネが屈託のない笑顔で、俺の顔を覗き込む。


「ん? ああ……まぁ、そうなるけど。みんなのおかげってやつ」


「いえ、クロック兄さんの才能です。私達はただついて来ただけですから」


 メルフィも謙遜しながら褒め称えてくれる。


「いや、俺一人じゃ、とても勇者パラディンを目指そうなんてしなかったさ……」


 元々、スキル・カレッジから逃げ出すか、卒業まで鳴りを潜めてスローライフを目指そうとしていたからな。


 ここまで辿り着いたのは、間違いなくこの子達のおかげだ。


 それと……ウィルヴァの存在。


 クソッ。


 俺は奥歯を噛み締める。

 

 ふとセイラを目が合う。

 彼女は暗く沈んでおり、今にも泣き出しそうな表情をしていた。

 

「セイラ、どうした?」


「……アタイもクロウが勇者パラディンになれて嬉しいよ……けど、まだ現実が呑み込めていないんだ。ウィルが本当に『教団』と繋がって、シェイマと逃げたなんて……正直、信じたくない!」


 瞳に涙を浮かべ大きく首を振るう、セイラ。


 ずっと大切な親友と思っていた奴が、実は『竜守護教団ドレイクウェルフェア』と繋がっており内通していたというのだから無理もない。


 純粋に慕っていた分、きっと俺よりショックが大きいに違いない。


「セイラ……」


 俺はセイラに近づき抱きしめた。

 他の女子達から「あ!?」と声が聞こえるも、今だけは無視する。


 俺よりも身長のある拳闘士グラップラーだけに、超豊かな両胸の谷間に自分から飛び込む形となってしまったが、この際仕方ないと思った。


「ク、クロウ?」


「俺も同じ気持ちだ……本当ならウィルヴァを信じてやりたい。だけど現実とも向き合わなければいけないと思っている……今の俺達が出来ることは、何もしないでただ信じて待つよりも、何が正しいのか真実を知るために、自ら行動を起こして追求することだと思う。違うか?」


 思いの丈をセイラに伝える。


 自分自身に言い聞かせる戒めのつもりで……。

 

 たとえ残酷な事実だろうと、俺達は逃げちゃいけないんだ。


「そうだね……アンタが傍にいてくれると、どんな真実が待っていても、受けとめられる気がするよ……クロウ」


「勿論だ。だから、セイラも挫けずに俺の傍にいてほしい」


「うん、ありがと」


 セイラはぎゅっと力強く俺を抱きしめてくれる。

 彼女の温もりと心の強さに、俺も心が洗われる気がした。



「あー、そのー、なんでありますか!? そろそろいいんじゃありませんか! クロウ様にセイラよ!」


 わざとらしく大きな声をあげてくる、アリシア。


 指摘された、俺とセイラは顔を上げ、互いの顔を見合わせる。

 急に恥ずかしくなってしまい、飛び下がりながら離れた。


「ご、ごめん……セイラ」


「いいよ……別に、クロウだから」


 さりげなく恥ずかしいこと言ってくる。


「ちょい! セイラ、まさか狙っていた!? クロウに慰めてもらおうと、弱いフリしていたの!?


「ち、違う! んなわけないだろ、ディネ! おバカかい、アンタ!?」


「……兄さん、後で私にもしてください」


「善処します」


 メルフィに病んだようなジト目で睨まれ、俺は頷くしかなかった。


 やれやれだ……。


 そんな時だ。


「うっ……うん」


 ふと、か細い声が聞こえた。


 おお、ようやくユエルが目を覚ました.

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