第163話 ユエルの疑惑~みんなの想い
林間実習が終わって後。
俺達は自分達が暮らす屋敷へと戻った。
激戦の疲労もあり本来なら身体を休ませるべきだが、そんな気持ちになれる筈がなかった。
全員が広々とリビングに集まり、ソファーに座りながら互いを見張るかのように沈黙して顔色を窺っている。
それもその筈だ。
――
ウィルヴァ・ウエストが竜聖女シェイマと失踪して姿をくらまし消えた。
現在、カストロフ伯爵が率いる騎士団が逃走先と思われる『ロトムア洞窟遺跡』に向かい後を追っている。
さらにウィルヴァの仲間であるカーラ達も『
これまでにないショッキングなことが起こり、困惑する者がいても可笑しくない状況だ。
――そして、ユエル。
ウィルヴァの妹である彼女も疑惑を掛けられている。
兄と同様、義父のランバーグと結託して、『
状況が状況だから、そう思われても仕方ない部分はある。
きっとパーティ達も心の隅では「もしや……」という疑念も抱いているかもしれない。
実際、俺も冷静に考えれば、そう考えてしまう部分も否めない。
だけど、やっぱり俺は信じたい。
ユエルだけは断じて違うと――
幸い、彼女は涙しながらも尋問に答えると言ってくれた。
今もこうして逃げずに、俺達と一緒に堂々と待機してくれている。
「――皆さん、兄と義父が大変ご迷惑をお掛けしました」
ふとユエルが沈黙を破るかのように、俺達に向けて頭を下げてきた。
「……別にユエルが悪いわけじゃないだろ?」
「クロウさん、それでもです。わたしが彼らの身内であることに変わりません……」
「そうかもしれない……だけど身内だからって、ユエルが何かを被るのは違うと俺は思う」
「……ありがとうございます、クロウさん」
ユエルは
この子は泣き顔を綺麗だ。
不謹慎ながらそう思ってしまう。
「私もユエルを信じたいが正直疑念もなくはない。何せ、あの優秀なウィルヴァ殿が実はそうだったのだからな……いや、ひょっとしたら、私にも原因があるかもしれぬが」
「アリシア、お前が原因ってどういうことだよ?」
可笑しなことを口走る彼女に、俺は問い質してみる。
アリシアは気まずそうに俺から瞳を逸らした。
「……い、いえ、クロウ様。そのぅ、後でご説明いたします」
急によそよそしくなった。
一体なんなんだ?
そういや、後々アリシアからも俺に話があるんだっけな。
「ボクゥ、もう何がなんだかわからないよ~!」
「ディネ、アタイだってそうさ……クロウがいなきゃ、むしゃくしゃして今頃大暴れしているよ」
セイラは頬を染めて俺をチラ見している。
あの時、おれが彼女を抱擁して以来、やたら異性として意識しているのか。
元々母性的な一面もある
って、俺も不謹慎だな。
「とにかく、俺はユエルを……仲間を信じている。ただの感情で言っているんじゃない。信じるに値する根拠があった上だ。まずは、カストロフ伯爵の報告を待とう」
俺の言葉に、ユエル以外の全員が頷いてくれた。
糞未来が嘘かと思うくらい、今の彼女達は素直で純粋だ。
それを唯一知る、俺だからこそわかるんだ。
このパーティの『絆』は間違いなく本物であると――。
「クロック兄さん、これから私達はどうなるのでしょうか?」
メルフィが話題を変えて聞いてくる。
「俺達はこれまで通りさ……ただ大幅に環境が変わるだろうな。俺も強制的に『竜撃科』に異動になるだろうし」
「クロウが次の
ディネが人懐っこい口調で言ってくる。
俺は素直に頷いた。
「そうだ。ここまで話が進んだら今更、拒否はできない。エドアール教頭との約束は守るつもりだ」
「私はクロウ様が正道を歩まれることは光栄であり嬉しく思います。このアリシアも共に歩んで参りましょう」
「アリシア……ありがとう」
変わらず忠誠心の高い女騎士。
彼女が傍に居てくれれば、俺は道を間違わず前に進むことができるだろう。
それに――。
「俺は
拳を握りしめて誓いを立てる。
きっと、ウィルヴァが闇堕ちしたのは俺が未来を変えてしまったからかもしれない。
そう思うと、俺にも罪悪感は多少なりとある。
だけど、やってはいけない一線はあるんだ。
ましてや聡明なウィルヴァならわかっている筈なのに……。
俺の決意に、パーティ達みんなが「そうだね」っと同調してくれた。
ユエルも含めてだ。
やっぱり、彼女は真っ白だと思う。
女神フレイアを信仰する聖女で間違いない。
「――皆、待たせたな」
カストロフ伯爵は不意に現れた。
この親父さんの特殊スキル、《
それを既に知っているとはいえ、こうも神出鬼没だと驚愕してしまう。
心臓が飛び跳ねるかと思ったわ。
「伯爵……今度現れるときは、前もって合図とか送ってもらえませんか?」
「すまない、クロック君。善処しよう」
「それで父上、ウィルヴァ殿とシェイマは?」
娘のアリシアが本題を伺う。
「……不覚にも見失ってしまったよ。『ロトムア洞窟遺跡』に訪れた形跡があるのだが、洞窟内はもぬけの殻だった。例の『隠密部隊』の残党共の姿もない」
「ウィル一人なら、いくらでも姿を消す術はあるけど……シェイマや他の連中ごととなると妙だね?」
セイラの疑問に、カストロフ伯爵は難色を示しながら頷いた。
「おそらく接触した『教団』の使徒に、私と同様に『空間転移』能力を持った者がいるのだろう。しかも相当精度の高い特殊スキル能力だと思える」
まんまと逃げられたってことか……。
闇堕ちしても優秀な奴に変わりないか。
いっそ、『
主犯とされるランバーグも自害しちまったし、完全に打つ手なしってやつだ。
「それで、ユエル君。早速、キミに尋問を行いたいのだ。キミの証言で何か糸口が掴めるかもしれない」
「わかりました。お約束通り、ついて参りましょう」
ユエルは潔くソファーから立ち上がる。
「いや、時間が惜しい。ここで構わないよ。この屋敷もある意味、騎士団の所有地だからね」
カストロフ伯爵は周囲を見渡すと、扉からメアリーとメイド達が姿を見せる。
そういや、彼女達は騎士団に所属する使用人達だ。
全員が高ランクの冒険者並みの実力があるとか。
ユエルも事実上、四六時中監視されていたようなものだ。
ならば、カストロフ伯爵もユエルは『白』だってことはわかっている。
だから、厳粛に問い詰めたりはしないのか。
満更、俺達だけの配慮ってわけでもないようだ。
「……そうですか」
ユエルはソファーに座り直した。
「じゃあ予定通り、俺とアリシアはここで付き添ってもいいですよね?」
「ああ勿論だ。他の者達は別室で待機してくれ。メアリー達もだ」
「わかりました」
カストロフ伯爵の指示に、メアリーとメイド達は足並みを揃えて静かに姿を消していく。
メルフィ、ディネ、セイラも立ち上がり部屋に戻ろうとする。
「待ってください。パーティの皆さんには知る権利があると思います!」
意外にも口走ったのはユエルだった。
声を掛けられた三人は「え?」と瞳を丸くする。
「ユエル君がそう言うのなら、私は構わないよ」
カストロフ伯爵も促し、三人は了承して共に話を聞くことにした。
それからユエルとカストロフ伯爵はテーブル越しで向き合い、俺達は二人を囲み見守る形で立っていた。
束の間。
全員が沈黙し、静寂が流れる。
口火を切ったのはユエルからだった。
「……わたし、ずっと皆さんに隠し事をしていました」
「隠し事? どんな事だい?」
渋みのある穏やかな口調で、カストロフ伯爵は尋ねる。
「わたし達、兄妹のこと……」
「キミ達の出生のことかい?」
「それもあります……わたし達は双子ではないのです」
「え?」
横から俺が思わず声を発してしまった。
「――この世に生を受けた時から、わたし達は
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