第107話 新たに浮上する謎




「このイエロードラゴンに直接聞いてみるんだよ。お前は何者だってな」


 俺が言い切ると、アリシア達は「え?」と聞き返してくる。


「クロウ様……上位『竜』とはいえ、エルダードラゴンは知的種族の言葉を話させないと聞いております」


「知っているさ。せいぜい喋れるのは、エンシェントドラゴンのみだっけ? だが実はこうして頭部に直接触れることで『思念』を飛ばし合うことはできるんだよ」


「アタイ、初めて聞いたよ、そんなこと……」


「どうして知ってるの、クロウ?」


 ディネに問い質され、俺は困ったように眉を顰める。


「え? いや……まぁ、昔ギルドのプチ情報で聞いたことがあるんだ」


 そう、これはスキル・カレッジの教科書に載ってない情報だ。

 無論、冒険者ギルドでもない。


 五年後の未来での経験で、勇者パーティの専属雑用係ポイントマンだった俺だけが知る情報だ。


 よくウィルヴァ達が斃したエルダードラゴンの解体作業をしていた時に気づいたんだ。

 その『竜』はたまたま生きていたようで、勇者に対してよく恨み節を唱えていたっけ。


 あの時代、やさぐれていた俺はウィルヴァの名前とパーティの女共の名前(ユエル以外)を教えてやって、冥土の土産に持って行かせていたんだ。


 せいぜい呪ってくれと念じながらな……。


 我ながら陰湿な仕返しをしていたもんだ。 




 俺はチラっとアリシア達視線を送る。


 丁度、ユエルがメルフィの肩を抱いて近づいて来た。


「……クロック兄さん、何をしているの? もう危険な真似はやめてください」


 黒瞳に涙を浮かべ心配そうに見つめてくる、メルフィ。

 あの頃のトラウマと共に、俺の胸がきつく締め付けられる。


「大丈夫だよ、メルフィあがりとうな……それと、みんな……万一、何者かに呪い掛けられていたら、すぐ俺とユエルに相談してくれ」


「「「「え?」」」」


 突拍子もない言葉に、ユエルを除いた女子達が揃って首を傾げる。


「いや、なんでもない……それじゃ、やり取りをしてみる。興味があったら、みんなも触れて聞いてみてくれ」


 俺が言うと、パーティの女子達は並び恐る恐ると腕を伸ばし、イエロードラゴンの頭部に手を添えた。


 そして意識を集中する。



〔――ぐっ、おお……何故、我は息を吹き返したのだ? もう少しで死ねたのに……〕


 重く響かせるような低い呻き声が脳裏に流れてくる。


「クロウ様、これは!?」


 隣に立つ、アリシアが驚愕する。

 彼女だけでなく、他の女子達も同様の反応だ。


 まぁ、『竜学士』でも、このネタを知っている奴はいないだろう。

 あるいは知っていて黙っているか。

 よく『竜狩り』の支障となる情報は隠蔽されることが多々あるからだ。


 俺は無言で人差し指を唇に当て「みんな黙って聞いていてくれ」とジェスチャーを送る。


 アリシア達は素直に頷き、意識を集中した。


(俺が『時』を戻し、少しばかりテメェを回復させた。幾つか聞きたいことがあったからな)


〔き、貴様は誰だ……? 勇者なのか?〕


(違う。そうなろうと目指している者だ)


〔……そうか。だが、この我を斃した実力……それ相応の実力者には違いない。見事だ……〕


 見事だと?


 『竜』の癖に随分と潔いな……こいつ。そういや死も覚悟していた言動もあったな。

 未来でやり取りした限り、「貴様らの子孫に至るまで呪ってやる~!」が定番の謳い文句ばっかだったのによぉ。


(まるで至高騎士クルセイダーのような事を言う。そこまで長生きして進化するのに相当な知的種族達を食ってきたんだろ? 何故、お前達は知的種族を襲う!?)


 まともに話が出来そうな『竜』なので、これまで聞いたことのない事を聞いてみる。


〔……そう命令されているからだ〕


(命令? お前らのエンシェントドラゴン古竜か?)


〔……それもある。だが今回は違う〕


(今回は違うだと?)


〔……わ、我ら『竜』は皆、下僕なのだよ。貴様の言うエンシェントドラゴン古竜様から、さらに上位の存在……『竜王』、いや『竜神』に値する存在だろうか。下級の我では認識することさえできない……偉大なる超越した存在……〕


(エンシェントドラゴンより上があるってのか!? 聞いたことねぇぞ! それに『竜神』って……確か古代遺跡調査で、『竜守護教団ドレイクウェルフェア』の竜聖女シェイマが崇めていた『神』の名じゃねぇのか!?)


〔……フッ、知的種族達の事情など知らん。貴様の言う、その集団とやらは『竜神』を祀りつつ、『我らと対等の存在』になろうとしているのは知っている〕


(エルダードラゴンと対等? まさか連中は『竜』になろうとしているのか!?)


〔……貴様らの事情など知らぬと言っているだろ? どうせ、我はもうじき死ぬ〕


(さっき、今回は違うって言ったな? エンシェントドラゴンじゃなければ、その『竜神』って存在が俺達を襲うよう、お前に指示したってことなのか?)


〔……わ、わからぬ。我ら『竜』は直接命令が下るんだよ……『知的種族達を食い殺せ』とな。これまでは各地で点在する、エンシェントドラゴン様からだ……しかし今回は明らかに違う……〕


(何故、そう言える?)


〔……我にはそれがわかるのだ。何故なら、こんな屈辱で無様な姿にされたにも関わらず、貴様らに対して恨みや憎しみがなく、寧ろ敬意を示して対話ができている……互いに智謀と死力を尽くした純粋な戦いを堪能できたからだ。特に貴様が見せた決死の覚悟は実に見事だった〕


(見事だと……?)


 何だ、こいつ……本当に『竜』なのか?

 まるで本物の至高騎士クルセイダーのような誇り高き武人の振舞いじゃないか?


 俺はこのイエロードラゴンに違和感を覚えて仕方ない。

 これまで『竜』に対して思っていた価値観が変わっている。

 五年後の未来でも、こんな『竜』に遭遇したことは一度もない。


(……イエロードラゴン、お前は変種なのか?)


〔……何を基準に、我をそう思っているのかわからぬ。だが我は特殊な存在ではない……普段、『命令』を受ければ『理性』を失い見境なく知的種族達を食らうだろう。今回は『理性』を保ち、命令に赴くまま貴様らに挑むことができた……それしか言えぬ……〕


 ってことは、エンシェントドラゴン以外の指示で、俺達を襲ったってわけか?


 それが『竜神』かもしれないってことなのか?


(最後に聞く、どういう命令を受けて俺達を襲った?)


〔……ある知的種族を襲えと送られた……『ときの操者』と呼ばれる、時間を操る者だとか……その者に加担する、特殊スキル能力者達のことについても詳しく情報が入った上でな……〕


 だから、常に俺の先手が打てたのか?

 事前情報を得た上での戦い……。


 俺が戦いの中で《タイム・シールド時間盾》に目覚めたこと。

 パーティ女子達が、これまでにない結束と連携力を発揮したこと。


 情報にないイレギュラーが発生したことによる逆転勝利だったのか?


 それにしても、まさかこいつから『刻の操者』ってワードが出てくるとは――。


(何が目的なんだ!? 俺達、いや俺の何を知っているんだ!?)


〔……我は詳しくは知らぬ……だが『刻の操者』を覚――――〕


 イエロードラゴンが何かを言いかけた瞬間だった。


 俺達が触れる頭上から、何かが浮かび上がる。


 煌々と赤い光を放つ円盤のような物体のようだが。

 いや違う、それは『時計盤』だ。



 カチ、カチ、カチ、カチ……――。



 秒針が12時に向けて音を刻み進んでいる。


 これは特殊スキル!?

 しかも、この現象は見覚えがあるぞ!


「――まずい! みんな逃げろぉぉぉぉぉ!!!」


 俺は絶叫し、アリシア達に呼び掛けた。

 彼女達も思い出し、可能な限りイエロードラゴンから急いで離れて行く。



 カチ。



 秒針が12時を指した。



 ドオォォォォォオォォォ――――ン!



 時計盤が砕け、同時に大爆発が巻き起こる。


 内部からの爆破なのか。


 爆風こそ差ほどではないも、巨大なイエロードラゴンの頭部は破裂し一瞬で塵と化した。

 もくもくと煙だけが地面から昇っている。


「こ、これは……同じだ! ソーマ・プロキシィの時と……呪殺型の特殊スキル!?」


 俺がイエロードラゴンから手を離した直後、最後にある言葉が思念として頭に入ってきた。



 ――《ディエス・イレ怒りの日》。






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