第212話 《超越》の目覚め

 サリィ先輩に斃された筈の魔竜ジュンターが迫って来る。


 リーゼ先生の思念によると、ギャランという使徒が内部から操作しているとか。

 なんでも失われた旧禁忌技術テクノスタブーに属する『機工魔法』によって、そのように魔改造されていたらしい。


 とは言え魔竜ジュンターは、サリィ先輩の特殊スキルにより心臓を抜かれた状態の筈だ。

 したがって、身体に内臓された予備の『蓄電源』という雷系の魔力が循環され稼働していた。

 

『その内臓電源も約5分間程度しか持たないみたいねぇ……進路方向から、クロウくん達を狙っているよぉ。けど逆に5分間逃げ切れば向こう側は電力切れで活動停止になるからね。先生としてはそっちをお勧めするわ』


「わかったよ、先生……俺もウィルヴァとの戦闘で結構、魂力を消耗しちまっている。けど、ここで逃げてしまったら敵もヤケを起こしてミルロード王国に突っ込んでくるかもしれない。次期勇者パラディンとして見過ごすわけにはいかない」


 俺はそう言い切り、両手に握られたブロードソード片手剣を構え臨戦態勢を取る。

 残り魂力を計算して、《タイム・シールド時間盾》一発撃てればいい方か……。

 おそらく《タイム・ソーサー時間斬刃》は無理だな。


「クロウ様ァ!」


 そう考えていると、戦闘を終えたアリシア達が駆けつけて来る。

 イザヨイ先生のフォローもあってか全員が無傷で完勝した様子だ。


「アリシア、お前達は逃げろ! もうじき魔竜ジュンターが襲って来る! 奴の狙いは俺だ!」


「何を仰います! クロウ様を見捨てることなどできましょうか!?」


「そうだよ、クロウ! アンタだって相当疲労しているじゃないのかい!?」


 セイラの指摘に、俺は素直に頷く。

 隠してもどうせバレるからな。


「……まぁな。けど大丈夫だ。あと一発は《タイム・シールド時間盾》が撃てる! 5分間、魔竜ジュンターの動きを止めながら《フォワード早送り》で稼働時間を奪う!」


「確かにクロウならそれで斃せるかもしれないけど……でもボクたちの加勢も必要じゃないのぅ!?」


「そうです、クロック兄さん! ここは皆で戦うべきです!」


「ええ、決して無茶しないで、クロウさん!」


 ディネとメルフィとユエルの三人が俺を安否し気遣ってくれる。


「教師として、クロックだけに戦わせるわけにはいかない! 及ばずながら私も参戦しよう!」


「ありがとう、イザヨイ先生。それにみんなも……わかった! なら俺が奴の時間を奪った後で総攻撃してく――うわぁぁぁ!」


 俺が女子達に指示する寸前に、魔竜ジュンターが飛翔しながら大口を開けて火炎弾を吐いた。



 ドウッ!



 エンシェントドラゴンだけあり、まさしく爆炎と呼べる凄まじい威力。

 しかも、やたら精密狙撃だ。


 俺とアリシア達の間を火炎弾がピンポイントで地面に着弾し大爆発を起こした。

 その爆風による勢いで、俺達は引き裂かれる形で吹き飛ばされてしまう。


「ア、アリシア! みんなぁ!?」


 俺は地面に転がり落ちながらも、なんとか身を起こし周囲を確認した。

 土煙が視界を覆って何も見えない。

 おまけに爆発音により耳鳴りが酷く鼓膜にも影響している。


『落ち着いて、クロウくん! みんなは無事だよ! だけど今の攻撃で、気を失っている子もいるわ……』


 リーゼ先生からの思念。

 彼女の特殊スキル《サンクチュアリ・ナビゲーター聖域への案内人》により、みんなの位置が脳内マップとしてリアルタイムで転送される。


 あの爆発と爆風で見事なくらい全員がバラバラに吹き飛ばされてしまっている。

 魔改造されているだけあり、操縦モードだと精度の高い狙撃力のようだ。


 そして上空から、魔竜ジュンターらしき影が俺の頭上を飛び越え旋回してくる。

 再び突進し、今度こそ確実に俺だけを狙いを定めて襲ってきた。


「クソがぁ! あくまで俺を標的にする気か! 上等だ――っあ!?」


 俺は立ち上がり身構えようとした瞬間、自身の異変に気づく。

 左右の手に二刀のブロードソード片手剣が握られていない。

 あの爆発でうっかり手放してしまったようだ。


 しかも武器がなけりゃ《タイム・シールド時間盾》は作れないし撃てない!


「かなりマズイぞ! 上空からじゃ触れることすりゃできねぇじゃねーか!?」


『――いやクロウ君。今のキミでも魔竜ジュンターを確実に斃す方法ははるよ』


 ウィルヴァの思念による声だ。

 敵扱いである奴はリーゼ先生のスキル支援は受けられない。

 

 俺は胸ポケットにある懐中時計を取り出した。

 それは誕生日に奴がプレゼントしてくれた代物。

 過去、何度もピンチの俺に呼びかけて特殊スキルの進化を導いてきた魔道具アイテムだ。


「……こいつからか、ウィルヴァ? お前が神の子である以上、こういう芸当もできると割り切るぜ」


 少しずつ土煙が晴れて辺りが見えてくる。


 ふと、すぐ近くにウィルヴァの姿が見えた。

 仰向けで地面に寝そべり身動きが取れないようだ。

 奴は俺との戦闘で深手を負っており、さらに爆発も影響してかなりの重症と思われる。


 最早、虫の息だろう。

 それでも思念だけは、しっかりと送っている。


「斃す方法があるだと? どういう意味だ?」


『――《ジェネシス・ビヨンド創世記の超越》だ。キミの中で宿る「神力」を開放することで、その力が使えるようになる』


「《ジェネシス創世記》だと? 敵であるお前の誘導に乗るものか。どうせ能力を覚醒させ、俺からそいつを奪う算段だろうが。見え見えなんだよ!」


『ぐふっ……その通りさ。けどクロウ君に敗北した僕じゃ無理だし、仮に今目覚めても奪うことは不可能だよ。それにいいのかい? 今の状況だと、キミ自身は疎かアリシアさん達すら守れないよ……魔竜ジュンターの稼働できる時間まで残り3分もある』


 クソッ、この野郎……痛いところを突きやがって。

 こいつの誘導に乗っかるのは癪だが、この最悪な状況を打破するにはそれしか方法はないのか。

 

 脳内マップを見る限り、アリシア達に動きはない。

 どうやらリーゼ先生の言う通り彼女達は気を失い意識のない状態だ。

 したがって、みんなは防御すらできない状況……このままだと攻撃に巻き込まれてしまう可能性もある。


「クソったれ! やるしかない! ウィルヴァ、どうすりゃいい!? とっととやり方を教えろ!?」


『クロウ君、今のキミはEXRエクストラを超えGDOゴッドの域に達しようとしている。まずは認識し自覚するんだ……自分の中に眠る「神力」を開放し解き放つために、真の「刻の操者」として時空をさえも超えて加速させるんだ』


「時空を超えるほど加速させるだと? んなことできるものか」


『クロウ君なら可能だ――指先でいい。指先の先端を通し、ほんの少しの空間でいいんだよ。その少しの空間だけ時を加速させ何巡も回転させることで、宇宙の誕生と終焉が爆速的なサイクリックとして暴走回路化オーバーロードし、そのエネルギーが新たな世界を創世して選ばれた者を誘い導くことができる』


「……新たな世界を創世し誘う?」


『ただ必ずしも創られし世界が幸福とは限らない。楽園かそうでないかは創世した神である、クロウ君キミ次第だ――』


「俺が神……」


 そう呟き上空を見上げる。

 既に魔竜ジュンターが大口を開け、食ってやらんとすぐ目の前まで迫っていた。

 

『クロック・ロウ! 「創世記ジェネシス計画」の礎となるがいい!』


 魔竜から発せられた加工された音声。

 おそらく頭部に搭乗する、ギャランという使徒の言葉だろう。


 だが不思議なことに、魔竜ジュンター自体の動きは非常に遅く極めてゆっくりだ。

 まるで超スローモーションのようにコマ送りで小刻みに移動しているように見えた。


 いや違う。


 周りを取り巻く一部だけが遅い時間で流れている。

 したがって声や音のみが普通に届いている、理屈や原理を省き感覚で理解した。


 そんな俺は右腕を掲げ、人差し指の先を魔竜ジュンターに向ける。

 直後、指先の先端から何かが回転し始め、漆黒に染まった拳大くらいの球体スフィアとして顕現した。

 

 それは小さく超圧縮された天体。

 決して比喩ではなく、実際にその中に創られた世界が存在した。


 俺は指先に浮かぶ漆黒のそれ・ ・を解放する。


「――《タイム・アクシス・ジェネシス時間軸創世記》!」


 完成された球体を弾丸のように撃ち飛ばした。


 僅か掌に収まるほど小さいサイズの球体は、異様な回転を繰り返しながら周りの空間を歪ませながら鮮やかな弾道を描き定めた標的へと突き進む。


 それは時空すら超越するほどの圧倒的パワー。

 本来、存在してはいけない禁忌なる神の領域。


「あれこそがジェネシス! まさしく父、ヴォイド=モナークの力、《創世記の超越ジェネシス・ビヨンド》――!」


 思念ではなく、肉声でウィルヴァが歓喜の声を上げた。

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