第213話 クロウの異変


 ――《タイム・アクシス・ジェネシス時間軸創世記》。

 

 俺は撃ち出した、漆黒の球体スフィアをそう呼ぶようにした。


 感覚でわかる。

 如何なる防御や防壁、強力な結界だろうと貫き無限に狙い定めた敵を追跡する弾丸だ。

 まさしく、無敵貫通+防御無視を兼ね備えた絶対的な抹消能力を誇っている。


 そして漆黒の球体は魔竜ジュンターに接触した。

 カッと一瞬だけ眩い光輝が発せられる。


『こ、これが《ジェネシス創世記》の力! なんという偉大なる力なのだ……いや、待て!? こんなの聞いてない――ギャアアアアア……』


 魔竜ジュンター、否ギャラン・ドウという男から発せられた断末魔の悲鳴。

 超巨体を誇るエンシェントドラゴンが、僅か掌サイズでの球体に瞬時に飲み込まれ吸収されてしまったのだ。


 そして回転を続ける漆黒の球体は次第に小さくなり、ついにはこの世から消失した。



「……声の主、ギャランとか言ったな。魔竜ジュンターごと、俺が創世した『並行世界』に飛ばされたのか。しかし、そこは貴様が望む楽園パラダイスなどでは決してない。凄惨な災厄が待つ無限牢獄であり、生き地獄と化したループ世界だ」


 今の俺にはそれがわかる。


 ――外道には、死ぬことすら叶わぬ世界へと導く。

 それが《タイム・アクシス・ジェネシス時間軸創世記》の能力なのだ。


 俺は新たなスキル解放の余韻に浸りつつ、ウィルヴァの方に視線を向ける。

 奴は何やらブツブツと大きな声を発していた。


「ぐほっ! やったよ、父さん……ついに目的を果たしたよ! ヴォイド=モナーク!」


 ウィルヴァは吐血しながらも歓喜に打ち震え叫んでいる。

 普段の冷静で落ち着いた奴とは思えない異様な光景だ。

 起き上がれない程の酷い損傷を受けている筈なのに狂喜していた。


「な、なんんだ、こいつ……ついにトチ狂っちまったのか? 気を失わせて拘束した方が良さそうだ」


 俺はそう思い、ウィルヴァに近づくため歩いた。

 あれほどの超大技を解放したにもかかわらず、ふらつきなく思ったより元気に動けている。

 

 そんな違和感を覚えたのと同時だ。


 ウィルヴァの頭上に、淡い光輝を纏う扉が出現した。

 あれは最高司祭ハイエンド・プリーストエナの特殊スキル、《メタスタシス・ドア異次元転移の扉》で間違いない。


 扉が開かれると、そこから真っ白な神官服を纏う長い水色髪の少女が姿を見せる。

 明らかに見覚えのある顔立ちに、俺は思わず驚愕した。


「テメェは、シェイマ!?」


 そう竜守護教団ドレイクウェルフェアの竜聖女シェイマだ。


「クロック・ロウ……いえ、もう『クロノス』と呼んだ方がいいのでしょうか? 忌々しいですが、貴方との決着はまだ先のことです。まずはその偉大なる力を極めるよう勤しんでください」


「何言ってやがる――うぐぅ!?」



ドックン!



 俺の中で何かが大きく波を打った。

 鼓動のようであり、また内側から巨大な何かが渦を巻き全身を蝕もうとする感覚だ。


「クロウ様ぁ!」


 アリシア達が意識を取り戻した様子で駆けつけようと近づいて来る。


「く、来るな、アリシア! 俺の中で……何か変なんだ! 力が、力が制御できない!」


「クロック、貴方もう人族ではありません。古神である『刻の操者クロノス』の末裔として覚醒を果たし、『神格』に進化したのです。まずは己自身で、崇高なる竜神『空虚なる君主ヴォイド=モナーク』の力を体感し思い知ることでしょう……それこそが我が父にして親愛なる教皇ドレイクの本懐であり、《創世記ジェネシス計画》を完遂させるための重要なファクターなのです」


 シェイマはそう言うと、ウィルヴァに近寄り簡易的な回復魔法を施した。

 扉の入り口から別の使徒達が出現し、用意した担架に奴を乗せて運ぼうとする。


 俺は自分の溢れる力を押さえることに必死で、それを阻止する余裕がない。


 それにシェイマが放った言葉……俺が人族じゃないだと!?

 神格に進化したとはどういう意味だ!?


 などと疑念を抱く間、シェイマはウィルヴァを連れて開放され異空間へと入る。

メタスタシス・ドア異次元転移の扉》は閉められ完全に消えた。


 クソッ、まんまと逃げられてしまったか……。


 だが今の俺には毒づく余裕もなく、気づけば全身から漆黒の闇がオーラ状で溢れ侵食しようと絡み纏わりついている。


「こ、これは……何かマズイぞ!」


 そう察したのも束の間だ。


 漆黒の闇が増殖し、雁字搦めで全身に覆われていく。

 身の丈以上の大きな球体に包まれたかと思うと、逆行するかのように球体は凝縮され小さくなり――消滅した。


 それは俺、クロック・ロウという存在がガイアティア世界から完全に消されたことを意味する。



◇ ◇ ◇



~アリシアside



「クロウ様!? クロウ様ァァァァ――ッ!!!」


 私は必死で大切な主の名を叫ぶ。

 突如、クロウ様の体が漆黒の闇に包まれたかと思うと小さくなり、我らの眼前から忽然と消えてしまったのだ。


 そして現在、クロウ様の名を呼ぶ我らの声だけが空しく木霊している。


 なんということだ……。


 その場にいる誰もがそう思い、立ち尽くすしか術を持たなかった。



「アリシア、どうしたんだい!? 魔竜ジュンターを斃したようだけどさぁ!」


「あれれ~? アリシアちゃん、後輩くんはどうったのぅ?」


 しばらく方針状態の中、二軍のカーラ達と勇者パラディンサリィ殿とそのパーティ達が駆けつけて来る。

 どうやら皆も敵を殲滅したようだ。


 なんでもエンシェントドラゴンという司令塔を失ったことで、敵陣は総崩れとなったらしい。

 父上が指揮する騎士団も敵を一掃した様子で、見事にミルロード王国を守りきり防衛を成し遂げたようだ。


 戦に勝利できたのは結構なことなのだが……。


「クロウ様が……クロウ様が消えてしまわれたのだ! 我らの目の前で……クロウ様が魔竜ジュンターを消滅させ、いきなり竜聖女シェイマが現れてウィルヴァ殿を回収したと思った直後に……何がどうなっているのか、クロウ様……」


 私は気が動転しながら説明し、また辺りを見渡した。

 もうじき夜が明けようとしている。おかげでそれなりに視界が良くなっていた。

 しかし、クロウ様の姿はどこにもない。


 焦り苛立っていたのは、何も私だけではなかった。

 セイラもディネも、妹殿であるメルフィやユエルも。

 パーティの誰もがクロウ様を必死で探していた。



『みんなぁ落ち着いてぇ! クロウくんは近くにいるよーっ!!!』


 リーゼ先生殿から各自に思念が行き渡る。


「本当か、先生殿ッ!? してクロウ様はどちらに!?」


『今、マップで位置を表示するわ――』


 そう告げると《サンクチュアリ・ナビゲーター聖域への案内人》により脳内で転送されたマップが浮かんでいく。

 クロウ様が尊敬するだけあり相変わらず万能な支援役サポーターだ。


 マップではここから約1キロほど離れた森に、クロウ様がいらっしゃるとか。

 私達は戦闘後の疲れなど意に介さず、その位置へと駆け出した。



 間もなくして、クロウ様を発見する。

 うつ伏せで倒れており気を意識がない様子だった。

 特に目立った外傷もなく、ユエルとリーゼ先生殿からも「おそらく魂力を使い果たし精神喪失マインドロストで気を失っているのではないか」という見解だ。


「クロウ様――ッ!」


 とにかく私達は駆け寄り、丁重にクロウ様を抱えた。

 しばらく呼びかけると、主の瞼が僅かに痙攣し双眸が開く。


「こ、ここは? 俺はどうしたんだ?」


 クロウ様は起き上がり周囲を見渡している。

 自分のおかれた状況がわかってらっしゃらない様子だ。

 無理もない。我らとて何が起きたのかさっぱりだからな。


 どちらにせよ。


「ご無事で何よりです、クロウ様……姿を消された時はどうなるかと」


 私は瞳を潤ませ安堵していると、クロウ様は不思議そうな表情でじっと見つめている。


「ア、アリシアさん・ ・?」


「さん?」


 聞き返す私を他所に、クロウ様は他のパーティ達にも視線を向け始める。


「皆さんも一緒のようで……俺、またなんかヘマしちゃいましたか?」


「いえ、決してそのような事など……寧ろ皆の危機を救って頂いた英雄ですぞ」


「英雄? そ、そうだ。勇者さんの姿が見えないようですが?」


「勇者? ええ勇者パラディンであるサリィ殿なら、そちらの方に……」


「サリィ? いや、ウィルヴァさんのことですけど?」


「え? いやあの者は我らを裏切った反逆者です。先程、竜聖女シェイマと共に逃げてしまいました」


「勇者さんが裏切った? まさか……あんな完璧な人が。現に妹のユエルさんだってこうしていらっしゃるじゃありませんか」


 クロウ様は「ハハハ、またまた冗談を」と軽く笑いながら立ち上がる。


 なんだ?

 先程からさっぱり会話が噛み合わないのだが……。

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