第214話 困惑する美少女達

 ~アリシアside


 明らかに我が主の様子が可笑しい。


 私に対して妙に敬語を使っているし、ウィルヴァ殿のことを覚えているところから記憶を失っているとかではなさそうだ。


 しかし我らを裏切り、あれだけ死闘を繰り広げていたウィルヴァ殿を「勇者」だと言っている。

 いったいクロウ様に何があったというのだ?


 私は手を伸ばし、彼の手を握ろうとするも、


「……クロウ様」


「ひぃ!」


 クロウ様は手を引っ込められ、ガタガタと震えて見せる。

 いつもの照れ隠しとは明らかに異なる反応。

 まるで私に恐怖し怯えられているご様子ではないか?


 そんな筈などあるものか!

 

「クロウ様、どうされたのです?」


「すみません、すみません!」


 私が歩み寄ろうとすると、クロウ様は何度も頭を下げて謝罪してくる。

 やはり私に対し戦慄されているように見えてしまう。


「クロウ、アリシアを拒否するのは愉快だけど、そこまですると流石に笑えないよ」


「セイラさん、すみません……殴らないでください」


「はぁ?」


 どうやら私だけじゃない。

 セイラに対しても同じ反応を見せている。


「クロウ、どうしちゃったのぅ? おっぱい勝ち組のこと嫌いになったのぅ?」


「デ、ディネ……また俺に悪さするつもりなのか? 庇ってくれる勇者さんがいないんだから、俺に近づかないでくれよ」


「え? 悪さって……ボク、そんなことしたことないよぉ」


 ディネルースにも同じなのか?

 しかも被害妄想まで抱かれているとは……。


「クロック兄さん、どうしたのですか? どこか体調がお悪いのでしょうか?」


「メルフィ……さん? 俺のことを兄さんと呼ぶなんて……あれだけ毛嫌いしていたのに。これはなんの悪戯ですか? 無能者の俺を嬲って楽しいんですか?」


「兄さん、そんな……」


 身内である妹殿も同様だった。

 だがこれでクロウ様が普段と異なることだけは理解した。


 そんな中、


「クロウさん、どうなされたのですか? 頭でも打ちましたか?」


「あっ、ユエル……さん。ありがとうございます。特に痛みはないんですけど……皆さんの様子がなんだか可笑しくて」


 何故かユエルにだけは怖がらず素直に答えている、クロウ様。

 その格差に、私を含むセイラとディネとメルフィがムッとしてしまう。

 つい眼光を鋭く、主を見入ってしまった。


「ひぃぃぃ!」


 クロウ様は我らの視線に怯え、ユエルの背後に隠れて震えている。

 

 酷い……あんまりです。

 色々な意味で酷すぎますぞ、クロウ様!

 まさか私と幼き頃に誓い合った婚約までお忘れになられたのか!?


 ユエルは私達に向けて両手を翳し、「まぁまぁ」と宥めてくる。


「と、とにかくミルロード王国に戻りましょう。それからクロウさんから事情を聞くということで」


 う、うむ。一理あるか。

 あれだけの激戦の中、こうして皆が無事だったのだ。

 とりあえず守りきった祖国に帰還しよう。

 

 クロウ様に何かあったのか伺うのはそれからだ。

 こうして我々はミルロード王国に戻ることになった。



 その間でもクロウ様の様子は可笑しかった。

 二軍パーティのカーラ達のことを知らず、勇者サリィとパーティ達のことも覚えていない。

 我が父、カストロフも同様であった。


 だがリーゼ先生殿のことは覚えているようだ。

 しかし顔を合わせた途端、やはり反応が異なっていた。


「クロウくん、やっほーっ。なんか記憶が混濁しているんだってぇ? 大丈夫ぅ?」


「リ、リーゼ・マイン、先生……お久しぶりです。そのぅ、元気そうで何よりです」


「うん、先生はいつも元気だぞぅ!」


「先生? あれ、まさかスキル・カレッジに戻ってきたんですか? 前旦那さんの借金は?」


「え? 旦那? 借金? 何言っているの?」


 そう、クロウ様の中でリーゼ先生殿は既婚者でありバツイチ扱いだった。

 なんでも貴族を結婚し、その夫が多額の借金を抱えたまま蒸発したことで、妻であるリーゼ先生殿が負債を抱えることになったとか。

 しかも借金返済のため、娼婦館で働いているらしいのだ。


 流石のリーゼ先生殿は激怒した。


「もう! 先生、まだ誰とも結婚してませーん! オールヴァージンだよ! てかクロウくんと卒業後に結婚の約束しているでしょ!」


「え!? いや俺が先生と!? いつ、そんな約束したんだよぉ!」


 まるで覚えていない、クロウ様。

 リーゼ先生殿は「酷い、あんまりよぉ!」と叫び、その場で泣き崩れてしまったのは言うまでもない。


 しかし、妄想まで見られるとは厄介だ……。

 だから我らに恐怖し拒んでいたとでも言うのか?



 それから我らが住む館へと戻った。

 唯一心を開いているユエルが個室にてクロウ様と二人っきりで事情を伺うことになる。


 間もなくして、ユエルだけが部屋から出て来た。


「どうだった、ユエル? クロウ様はなんと?」


「……はい、アリシアさん。大変言いにくいのですが、クロウさんは皆さんに対して酷く怯えております。なんでも、これまで散々な目に遭い、酷い仕打ちを受けてきたとか」


「なんと!? 私がそんな事をするはずが……ハッ! まさかセイラ、貴様がクロウ様に何かしたのか!?」


「何が『ハッ!』だい!? 思い当たる節があるみたいな言い方してんじゃないよ! アタイがそんなことするわけがないだろ!? そりゃ愛しさあまりに抱きしめすぎて両胸で窒息しそうになったことは何度かあったけど……けどクロウだって満更でもなかったさ!」


 こ奴め、私がいない間にそのような真似を!

 私ですらそのような大胆なことなどせんというのに、なんて破廉恥かつ羨ましいのだ!

 いや今、キレるところはそこではないぞ!


「またクロウさんは自分がスキル・カレッジを卒業してから雑用係ポイントマンとして、勇者パラディンとなったウィルヴァお兄様率いるパーティに所属していたと話されています。その時から既に、そのぅ……わたし以外の皆さんから相当な酷い目に遭わされたご様子とのことで、苦手意識が強いようです」


 ユエルは言葉を選んで説明しているが、ぶっちゃけるとクロウ様は我らを憎み怨みさえ抱いているように聞こえてしまう。

 妄想とはいえ何がどうなれば、そのような思い違いになるのやら……さっぱり理解できん。


「バ、バカな!? いや待てよ……そういえば、クロウ様は中等部でとある女子達に散々酷い目に遭わされていたとか。それで女子に対し苦手意識を持ってしまったようだ」


「つまりあれかい。そいつらとアタイ達を重ねちまったってことかい?」


 セイラの問いかけに、私は「うむ」と頷く。

 でなければ我らにあそこまで拒否反応を示す理由が思いつかん。


「えーっ、ひどーい! ボク、こんなにクロウのこと大好きなのにぃ~!」


 当然、ディネが不満を漏らしている。

 何気に「大好きアピール」している場面じゃないがな。


「けどあり得る話です。兄さん、スキル・カレッジ入学時から時折、私に辛く当たることがありました。その頃から、『自分のことは放っておいてほしい』とよく言っていたのを覚えています……今回の戦闘が影響で、あの頃のクロック兄さんに戻られてしまったのかも」


 あれだけ仲の良い妹殿(妹殿が一方的にも見えるが……)に対しても同様であったのか。

 重症と思っていたが、相当病んでしまわれているようだ。


「メルフィちゃんの言う通りかもしれません。何せ、魔竜ジュンターというエンシェントドラゴンを一瞬で消してしまったほどの力……あれが魔導書に記載されていた《ジェネシス・ビヨンド創世記の超越》であれば、何かしらの後遺症が残ってしまったかもしれません」


「なんだと、ユエル? ではどうしたらよいのだ!? せっかくクロウ様は私のことを思い出して下さったというのに……このままでは近づくことすらできないではないか!?」


 私の問いに、ユエルは聖女らしく冷静に頷いた。


「大丈夫です、アリシアさん。まずは皆さんが無害であることをクロウさんに示せば良いかと思います。混乱こそしていますが、言動からして聡明なクロウさんのままです。わたしも協力いたしますので、根気強く接していきましょう」


「うむ、唯一心を開いているユエルがいると助かる。そうだ! クロウ様はクロウ様だ! たとえこのまま記憶が戻らなくても、また最初から信頼関係を築けばよいだけのこと。そうだな、皆よ!」


「ああ、アリシアの言う通りさねぇ! 考えてみりゃ、クロウって最初はちょっとひねくれたところもあったっしね! そういう部分もアタイは気に入っちまったんだけどねぇ!」


「そうそう、大丈夫! ボクのクロウだもん! 信じるよぉ!」


「ディネさん、私の兄さんです! たとえ私のことを忘れていようと、私にとって最愛のクロック兄さんです!」


「はい、皆さん頑張りましょう!」


 音頭をとるユエルに、我ら全員が「おーっ!」と気合を入れた。

 特にクロウ様に対して、結束力が高いところが皆の良いところでもある。




 などと、前向きに捉えるアリシア達。

 しかし実際のところ、クロック・ロウの異変は記憶の喪失や混濁したからではない。


 ――入れ替わっていたのだ。


 五年後に遡及する以前のクロック・ロウと。


 無能者とアリシアに蔑まれ、パーティ達からも勇者と比べられ迫害を受け続けていた当時のクロック・ロウとだ。

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