第150話 確信と不測の事態




 もしシェイルが『竜守護教団ドレイクウェルフェア』に属する中枢の幹部である『竜聖女シェイマ』だったら、ウィルヴァは完全にアウトだ。


 もう知りませんでしたじゃ済まされないし、勇者パラディン候補どころの騒ぎじゃない。


 きっとウィルヴァは逮捕されスキル・カレッジを退学し、特殊スキル能力を強制的に奪われてしまうだろう。

 後は法に裁かれ、どうなってしまうのか……。

 

 無論、他のパーティ仲間達も同様の処分を受けることになる。


 いや案外、こいつら全員が『教団』に属している可能性もある……。

 何故なら全員がランバーグ伝手で、ネイミア王国から引き抜いてきたんだからな。


 じゃあ、やっぱり……ウィルヴァは知っていて……。


 クソォッ、信じたくねえ!


 だが見れば見る程、こいつらがそうだと思えてしまう!


 やっぱり、探りを入れるべきだ――。




 俺は舌打ちし、悪ぶって見せる。


「おい、シェイル。どういうつもりで俺に意見してくる? 俺のやり方か? それとも、ブラックドラゴン黒竜に同情して言ってんのか?」


「同情とは、どういう意味ですか!?」


「……いや別に。ただシェイルさんよぉ、あんたさっきも戦闘には加わらないわ、斃された『竜』達に祈りを捧げていたよな? いくら命は平等って言ったって、これまで散々罪もない知的種族を食い殺してきた『竜』は別枠だろ? 俺達知的種族に斃されても自業自得ってもんじゃねぇのか? 現に同じ聖職者のユエルだってスルーしているぜ」


「その者は確か、まだ見習いの地位でしょ? 私はちゃんと『神官職プリースト』の地位を頂いています!」


「ユエルが見習い扱いなのは、スキル・カレッジに在籍しているからだ。実力なら司祭級ハイプリースト並みだぜ。シェイル、あんたがいたネイミア王国では学院制度はなかったのか?」


「まぁまぁ、クロウ君。シェイルの言葉に勘が触ったのなら、僕からも謝るよ」


「ウィルヴァ、何故こいつを庇う? お前ほどの勘の良い優秀な男なら、こいつが冒険者として矛盾していることに気付いているんじゃないのか?」


「……クロウ君は何が言いたいんだい?」


「シェイル、お前……一度、俺とメルフィ、それにユエルに会っているよな? 『古代遺跡の洞窟』でよぉ」


「し、知りません! 貴方達とは初対面の筈でしょ!? さっきからなんなのです!?」


「それは俺の台詞だ! 事あるごとに俺に噛みつく態度といい、怪しいって言ってんだよ!」


「――クロウ君、もうその辺でいいだろ?」


 ウィルヴァは声のトーンを変えて制してきた。


 おかげで俺の荒ぶった感情がすぅっと鎮められていく。


 いや違う。


 感情を押し込められたと言うべきだ。


 ウィルヴァから発せられる異質な威圧感。

 五年後の未来でも、こんな奴は見たことがない。


 やはり……こいつ……。


 しかし、だとしたら五年後の『勇者パラディン』をしていた説明がつかない。


 まさか俺が歴史を変えたことで、ウィルヴァの華々しい未来も変えちまったってことなのか?


 だとしても……どうして?


「前にも説明したじゃないか? シェイルは貴族出身で少しズレたところがある。デリケートな事情もあり詳しくは説明できないけど、貴族から平民と成り下がってしまえば、周囲から浮いてしまうのは仕方のないことだと思うよ」


「……まぁな」


「それに先の戦闘は、僕がシェイルに戦う指示をしていなかっただけのこと。彼女は回復系の特殊スキル能力なんだ。仲間が怪我してなきゃ使用する必要もないだろ?」


 確かにウィルヴァの言う通りだ。

 ただその話が全てガチだった場合だ。


 このまま強引に尋問する術はある。


 その場合、ウィルヴァ達と一戦を交えるかもしれない。

 すぐ目の前に、ブラックドラゴン黒竜の巣がある状況で戦うってのもな……。


 仮に「やっぱ違っていました」って展開が一番最悪だ。


 ここは無難にやり過ごして実習が終わったら、リーゼ先生の特殊スキルで鑑定してもらうのがべストだろう。

 あの謎の『竜人リュウビト』こと『ダガン』の正体も見極めるほどの精度を誇った能力だからな。


 ――その為に、彼女達の協力は不可欠だ。


「……わかったよ。俺も少し大人げなかった、悪かったな」


 言いながら、俺はウィルヴァに背を向ける。


 奴らと距離を置く形で、自分のパーティ達を誘導して離れた。



「クロウ様、如何なされましたか?」


「シェイルって女にムカついてんだろ? あいつ、なんかアタイらを目の敵にしいているようだからねぇ」


 アリシアとセイラが言ってくる。

 何も知らない彼女達にどう説明すればいいのだろうか?

 ユエルの前でもあるしな……。


 しかし正さねばならないことがある。


 仮にも俺は勇者パラディンを目指しているのなら――。


 その為には、パーティみんなの協力が必要だ。


 事情を知るメルフィも無言で、俺の上着の袖と摘み引っ張ってきた。

 その綺麗な黒瞳が「もう話した方が良い」と訴えていることがわかる。


 俺は頷いて見せた。


「みんな、驚かずに聞いてほしい。俺は、あのシェイルが『竜聖女シェイマ』じゃないかと疑っている」


「「「「え!?」」」」


 案の定、アリシア、セイラ、ディネ、そしてユエルが声を荒げて驚いた。


「おい、声が大きいぞ!」


「兄さん丈夫です。消音魔法で、私達の会話が漏れないよう施しています。あちらにも耳のいい、ハーフエルフと妖魔族デーモンがいらっしゃるので」


 流石はメルフィ、いい仕事をする。


「そうか……実は俺だけじゃない。メルフィも同じことを考えていたんだ。何せ、メルフィは『古代遺跡の洞窟』で実際にシェイマ達と戦い言葉を交わしているからな……これまでの行動を踏まえ、俺もほぼ間違いないと思っている」


「ではクロウ様、あの者を捕らえ、化けの皮を剥がして見せましょう!」


 正義感溢れる、アリシアが言ってくる。

 彼女ならそういうと思ったわ。


 だから言うべきか躊躇したんだ。


「まぁ待て。今は林間実習中だ。いくら問い詰めても、さっきのようにウィルヴァに上手く躱されるだけさ」


「……クロウ、アンタまさか、ウィルも加担しているって言いたいのかい?」


 中等部からの親友であるセイラが難色を示して問い詰めてくる。


「わからない……だけど可能性は十分にあると思っている。何せ、シェイルを引き抜いたのは、義理父であるランバーグ公爵だからな。それはウィルヴァ本人から聞いているから間違いないだろう」


「お義父とう様と、ウィルお兄様が……」


 ユエルは身を震わせている。

 動揺するのも無理もない。

 尊敬する双子の兄が、カルト教団である『竜守護教団ドレイクウェルフェア』と繋がりがあるかもしれないんだからな。


「……ユエル、すまない。ランバーグ公爵が『教団』と内通しているのはガチな情報だ。どうやら『反国王派』も存在しないらしい……全てはランバーグ公爵の自作自演らしい」


「クロウ、それ……誰から聞いたの?」


 ディネは不安そうに聞いてくる。


「エドアール教頭とカストロフ伯爵からだ……二学期早々にな」


「父上から? クロウ様が一人残された時ですね?」


 アリシアの問いに俺は正直に頷く。


「この林間実習もエドアール教頭が仕掛けたフェイクです。今頃、カストロフ伯爵様が証拠を持って、ランバーグ公爵の屋敷に乗り込んでいるかもしれません……それに、ウィルヴァさんと参加しているパーティも内通した疑いが掛けられています。」


 俺の代わりにメルフィが答えてくれた。


 その内容に、セイラは絶句している。

 嘘だと否定したくても、国を代表とする有力者達が実際に動いている現実。

 また彼女も胡散くさいシェイルの正体に疑念を持っているのだろう。


 五年後の未来、最もウィルヴァを心酔していたセイラだが、今の時代の彼女は冷静に現実を直視することができるようだ。

 あの未来よりも、今のセイラは精神メンタル的にも大幅に成長していると言える。


 けど、実の妹であるユエルはどうなのだろう?


「……わたしは、お義父とう様とウィルお兄様を信じたい。けど、もし『悪』に加担しているのなら、正さなければいけないわ……それが、女神フレイアの教えでもあるのですから」


 ユエルから思いも寄らない言葉が返ってくる。


 いや――これがユエル・ウエストという少女なのだ。

 

 正義と愛と象徴する女神フレイアを信仰する神官見習であり、間違いなく聖女と言えるだろう。


 そう思いながらも内心では、ほっと胸を撫で下ろしている。


 ――俺のパーティは大丈夫だ。


 自信をもって確信した。


「林間実習が終わったら、即シェイルを捕らえる。下手したらウィルヴァ達と一戦交えるのを覚悟の上だ。万一、逃げられてもリーゼ先生が特殊スキルで監視してくれている筈だから、そう簡単には――」


 俺が言いかけた、その時だ。



 ゴゴゴゴゴゴゴッ――……



 地響きと共に大地が揺れる。



「なんだ?」



 そう思った矢先。



「シェイル、危ない!」


 俺達から離れた場所に立つ、ウィルヴァが叫んだ。


 すると、奴らの足元を中心に亀裂が入り、地割れが起きた。


 岩々が粉砕され、木々が倒され、大地は陥没する。

 その影響は離れていた俺達にまで及び、互いに身体を支えて耐え凌ぐのが精一杯だ。



「ウィルヴァ様!」


 シェイルが必死に腕を伸ばす、そしてウィルヴァの手を掴んだ瞬間――。



 ドゴォォォ!



 地中から漆黒の巨大で長い『竜』の口が突き出され、連峰の如く鋭い牙を露わにし、上下へと開かれる。


 ウィルヴァとシェイルの二人は、その口腔内と呑み込まれてしまったかに見えた。




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