第十一章 狂い始めた運命

第151話 消えた好敵手と黒竜




「――クロウ君、いつもすまないね」


 五年後の未来。


 勇者パラディンだったウィルヴァは気さくに声を掛けてくる。


「いえ……別に」


 当時の万年雑用係ポイントマンである、俺は目を合わせずに受け流すように答えた。


 夜陰の中、焚火の炎を愛でながら、見張り番として待機している。

 他のパーティ女子達はテントで寝ているようだ。


「少し話をしてもいいかな?」


「……俺なんかでよければ」


 その頃の俺は、とにかくこいつが苦手だった。


 俺に無いものを持ち、周囲の羨望を集める眩しすぎる男。


 対して俺は、無名スキルのせいで劣等生扱いをされ、可愛がっていた義理の妹にも愛想を尽かされた惨めな男。


 おまけに無理矢理組まされたパーティ女子達に冷遇を受け、こいつとの差を見せつけられる日々。


 ――やさぐれて当然だと思う。


 特に何かされたことのないウィルヴァのことも、苦手から大っ嫌いな男に格上げってわけだ。


「うんしょっと」


 ウィルヴァは、わざわざ俺の隣に座ってくる。

 しかもやたら近い。

 気色悪い男だ、もう少し距離を置けよと思った。


「俺に話ってなんですか?」


 いっそ、テンプレっぽく「クロウ君、キミは不要だよ」っと、追放宣言してくれと念じる。


「みんなキミに辛くあたることもあるけど、どうか彼女達を誤解しないでほしい……」


 よく言うわ。


 いつも超上から目線でコキ使ってくる女騎士。

 俺の仕事を邪魔して悪戯ばかりしてくる糞エルフ。

 理不尽に格闘戦の相手をさせてくるデカい半獣女。

 あれだけ可愛がっていたのに、あっさり俺を見限った義理の妹。


 どの角度から見ても確信犯じゃねーか!


 唯一まともなのは、あんたの妹だけだからな!


 流石の我慢強い俺も、しれっと言ってくる勇者に対して冷めた眼差しを送る。


「……少なくても、僕はキミが必要だからね」


 出たぞ、こいつ。

 二言目には決まってそういうことを言いやがるんだ。


「別に俺じゃなくても優秀な雑用係ポイントマンなら、いくらでもいるじゃないですか?」


「いないよ」


「え?」


「クロウ君以外は考えられない」


「……そっすか」


 あっさり受け流しつつ、一瞬ドキっと胸が高鳴った自分が不覚を取ったと思った。

 まるで告白を受けたような錯覚を感じたからだ。


 やべぇ……いくら女みたいな中性的な顔立ちと言ったって、こいつ男じゃん。


 きっと妹のユエルに似ているからだ。

 あの子だけが唯一のオアシスだからな。

 無理矢理でも、そう思い込む。


「キミはどう思っているんだい?」


「はぁ?」


 まさかこの野郎……実はそっちか!?

 俺をパーティにこだわるのも、そっちが目的なのか!?

 いや待て、こいつには女達との絶倫疑惑もあるんだ。

 勇者だけに案外、どっちもいけるのか?


「自分の可能性だよ。何か感じるところはないのかい?」


 何を言ってんだ、こいつ?


 レアリティEの特殊スキルしかない俺にどんな可能性があるってんだ?

 逆に教えてもらいてぇわ!


 優等生であるテメェを基準に物事を言ってんじゃねーぞ!


 っと、怒鳴り散らしてやりたいが、ここでこいつと揉めても俺が負けてしまう。

 特に女共が目を覚ましたら、俺は間違いなくヤキを入れられる。


 深く溜息を吐き、気持ちを落ち着かせた。


「……別にですね。環境が変われば、案外何か芽生えるかもしれませんけどね」


 だから、とっとと俺を糞パーティから追放してくれ!

 自分から出て行ったら、借金塗れになって下手すりゃお尋ね者になっちまう。

 勇者パラディンであり、リーダーのこいつからの宣言がどうしても必要なんだ。


「なるほど……環境が変わればね」


 ウィルヴァは意味ありげに言い、すくっと立ち上がった。


「勇者さん?」


「参考になったよ、クロウ君……だけど、僕がキミを必要としているのは本心だからね。誤解しないでほしい」


 いや誤解するわ。


 特にお前が言うと、どうしてもあっち・ ・ ・疑惑が浮上するんだよ!

 



 そう、あの時――



 結局ウィルヴァは俺に何を言いたかったのかわからなかった。


 今でもさっぱりだ。


 だからと言って、あの糞みたいな未来に戻って本人に聞きたいなんて微塵も思っていない。

 しかし、奴と何か事あるごとに、あの時の記憶が過ってしまう。


 まるで、ウィルヴァに植え付けられた『トラウマ』のように――。





 そして現在。



 俺の視界から、ウィルヴァは消えた。


 あのシェイマという女と共に……。


 いきなり大地が砕き、不意に突き出してきた『竜』の口腔内へと吞み込まれたように見えたのだった。



「――ウィルヴァ様ァ!!!?」


 襲ってきた『竜』の牙から零れ落ちる形で回避した、カーラ達は叫んでいた。


 姿を消したのは、あくまでウィルヴァとシェイルの二人だけである。



「マジかよ……ウィルヴァ」


 あまりにも唐突な出来事に、俺達は呆然と見入っていた。


 地響きと地割れによる亀裂で、足元を掬われるも特に目立った被害はない。

連中から離れたのが幸いだった。


「嫌ぁ、ウィルお兄様……」


「ユエル!?」


 その光景を目の当たりにした、ユエルは倒れてしまう。

 近くにいた、セイラが咄嗟に彼女の身体を支えた。


「セイラ!」


「大丈夫だよ、クロウ! ショックで気を失っただけさ……けど、一体どうなっちまってんだい!?」


 セイラの問いかけに、俺は答えられないまま、眺めるしか術を持たなかった。



 ゴゴゴゴゴゴ――……!



 尚も地響きと揺れは続き、より激しさを増している。


 地表から突き出す形で開けられた『竜』の口は閉じられ、次第にその全貌を見せてきた。


 漆黒の装甲板を巧みに編み込んだような鱗であり、巨大な頭部と長く隆々とした首から尻尾にかけて歪な形状をした刃のような棘が生えている。

 翼は身体と比較して退化したかのように小さく、他のドラゴンと違い自在に空を飛べるとは思えない。

 その代わり、太く鋭い爪と鼻先に棘があり、全身の至る箇所にも同様の突起物が目立っている。

 ソイルドラゴン土竜と同様、明らかに地中に潜り移動するためのものだ。


 俺にとっては両親の仇とも言える『竜』。


 ――ブラックドラゴン黒竜だ。


「……ついに痺れを切らして現れやがったのか? いや違う! 最初から俺達をハメるために地中に潜んでやがったんだ! 俺達が斃したソイルドラゴン土竜もウィルヴァ達が斃したスカイドラゴン飛竜も、自分の行動を悟らせないための囮だってことか!?」


 やはり前回のイエロードラゴンと同じだと思った。

 本能に赴くままではなく、何かしらの戦略を組み立てて戦うタイプだ。


 だとしたら、エンシェントドラゴン古竜以外の存在に攻撃指示を受けている可能性が高い。


 ――竜神、あるいは竜人リュウビトってやつか?


「クロウ様!?」


 勇敢なアリシアでさえ、怯えたように碧い瞳を潤ませて俺を見つめてくる。

 彼女も目の前で、同じクラスメイトが『竜』に食われたかのように見えてしまって動揺しているのだろう。


 ここは俺がしっかり指示を送らなければならない。


「とにかく、一端下がって体勢を組み立てる! おい、カーラ! お前達もこっちに来い!」


「クロック……でも、ウィルヴァ様とシェイルが……」


「ウィルヴァはあの程度でどうこうなるような男じゃない! 仮にブラックドラゴン黒竜に吞み込まれちまっているのなら、奴をブッ斃して腹を掻っ捌いてやりゃいい! 丸呑みされたヒト族が胃の中で消化されるまで3分は掛る! その前に俺達で助け出す!」


「わ、わかったよ!」


 カーラ、ロータ、フリスト、スヴァーヴの四人が駆け出し、俺達と合流した。


 まずは、気を失ってしまったユエルを安全な場所で休ませないといけない。


 遠くで待機している騎士達に預けるか?

 あるいは助けを求めるべきか?


 いや、奴らは何か怪しいぞ。

 下手に頼らない方がいい。


 ここは俺達だけで戦うしなかない。


 それにしても、ウィルヴァ……ガチで吞み込まれちまったのか?


 奴の《ゴールド・フラッシュ黄金の閃光》なら自力で脱出がすることが出来るだろう。

 あるいは呑み込まれる前に逃げ出すことだって可能な筈だ。


 問題はシェイルと一緒だということ。


 ウィルヴァはシェイルの手を握っていた。

 あの状態では、奴の特殊スキルは発動できない。


 何故ならウィルヴァの能力は強化型であり、『光』に変換できるのは自身と身に付けている衣類や装備、武器などといった物質のみに限られるからだ。


 仲間や他の生物だと、触れただけも黒焦げになるか溶解してしまうだろう。


 もし、シェイルを庇って呑み込まれてしまったとしたら、3分後には消化され死に至る。


 しかし竜学士でもあるウィルヴァなら、それくらい気づくことだろ?



 クソォッ、一体どうなってやがる!?

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