第22話 拳闘士とのトラウマ




 ついに陸竜が棲む洞窟が見えた。


「記憶通りだな……」


 俺はしゃがみ込む。

 大きく窪む地面に手を添えて確認する。

 直径だけでも成人した大人の身長ほどのサイズだ。


 立ち上がり目を凝らすと、同じような窪みが目的である洞窟まで続いている。


「大きさといい、間違いなく陸竜――アースドラゴンだ」


「へ~え、足跡だけで竜が判別できるなんて凄いね」


 ディネが耳を澄ませ、周囲を見渡しながら言ってきた。


「索敵スキルを使ったからな。カンストすると、見ただけでもわかるさ」


「本当、兄さん……いつの間にそんな技能スキルを?」


 こんなのなんてことないぞ、メルフィ。


 糞未来で散々、お前達に無能扱いされて鍛えられたからな。


 潜在スキルが駄目なら、技能スキルで補わないと下手したら飯すらありつけねぇ。

 雑用係ポイントマンとして生きていく上で困らない技能スキルは大まかカンストしてるぞ。


 ああ……ちくしょう。


 また勝手にトラウマ・スイッチが入っちまった……。


 『竜』が近くに潜んでいるのに、気を引き締めないと駄目だ。


「もう少し近づいて、『竜』を炙り出す。アースドラゴンは夜行性だが、所詮は知能が低く半分以上は本能で生きている下等竜だ。すぐに巣から出て来る筈だ。太陽が出ているうちに決着をつけよう」


「炙り出すってどうするのです?」


「俺は雑用係ポイントマンだ。問題ない――」


 言いながら隠密スキルを発動させ、忍び足で洞窟へと近づく。


 俺は大きな空洞の中央まで移動した。

 行く途中に拾ってきた数本の枯れ木と、折りたたんでいた大きな赤色の葉っぱ広げて、その辺の石で固定し設置する。


「メルフィ、その位置から炎の魔法でこれに火を付けてくれ」


「わかりました兄さん――ファイア・ボール」


 メルフィは指を翳すと、指先から火球が出現して放たれた。


 火球は狙い通り、枯れ木と葉っぱに接触し激しい炎を上げる。

 その煙は洞窟へと流れて行く。


 俺は慌てて駆け出し、メルフィ達がいる場所まで逃げてきた。


「クロック、魔道師ちゃんに何を燃やさせたの?」


「『カラシレの葉』だ。洞窟に潜む『竜』や『魔物モンスター』を誘き出すのに雑用係ポイントマンがよく仕掛けて使うんだ」


「カラシレの葉って?」


「燃やしたり炙ったりすると煙が出て目や舌を染みらせる葉っぱだ。吸い続けると呼吸もできなくなる。俺達も同じ状態になるからヤバイんだよ」


 ディネはエルフ族で言わば『森の妖精』と呼ばれる妖精族に当たるわけだが、植物の知識に疎い所がある。

 きっと長い歴史の中で『竜』に森を支配され、都会生活に馴染んでしまった現れだろう。


「それで兄さんは逃げてきたんですね?」


「ああ、風向きも良かったからな。しばらく待てば出てくるだろう」


「凄~い、クロック! めちゃ優秀じゃな~い!? キミって一体何者なの?」


「……ただの雑用係ポイントマンだ」


 五年間、お前らに散々と虐げられ鍛え上げられたな……。


 そう軽くトラウマに浸っていると、



 ゴゴゴゴゴゴゴッ



 どこからか地響きが鳴る。


「ようやく出てきたか?」


 俺は二剣のブロード・ソードを抜いて洞穴を見据える。


「ち、違うよ、クロック! 音は反対の方からだよぉ!」


 ディネが咄嗟に叫ぶ。


 反対の方だと!?


 俺は後ろを向く。



「――クロック・ロウゥゥゥ!!!」


 セイラだ。


 あの半獣の女が物凄い速さで近づいてきていた。


 しかし奇妙だ。


 セイラが踏み込む地面がまるでクッション、いやバネのように反動している。

 地面の土や岩々がゴムのように柔らかくなり、さも彼女を押し上げてより高く飛び跳ねさせているように見えた。


 その圧倒的な跳躍力で、瞬く間に俺達の頭上へと飛躍する。


「セイラ……?」


「くらえぇぇぇっ!」


 セイラは装着された鋼鉄手甲ガントレッドの拳を振り下ろしてくる。


 俺達は慌てて、分散して逃げた。



 ドゴォォォン!



 地面の岩が粉砕され、爆発するかのように破片が飛び散る。

 その勢いは回避した俺達にまで被害が及ぶ。


 さらに破壊力は凄まじく、叩きつけた拳から円周上の陥没が生じる程であった。


「痛てぇ! セイラ、テメェ! 俺達を殺す気か!?」


「うっさい、黙れぇ! 散々卑怯な手ばっかり使いやがってえーっ! アタイはそういう姑息な奴が一番大嫌いなんだぁ! よくもウィルヴァと仲間達をォォォッ!」


「ちょい待て! それも実習の一環だろ!? 俺は何もルール違反をしちゃいない! 文句があるなら、ルールを作った教師達に言えよなぁ!」


「んな事言われて『はい、そうですか』って、アタイが納得して引くわけないだろ! いいからくたばれェェェッ!」


 セイラは容赦なく、俺に向けて拳を振るってくる。


「うおっ、危ねぇ!」


 俺はひょいひょいと躱しまくる。


 鋼鉄手甲ガントレッド装備での拳撃だから、顔面にでもくらったら陥没してガチで死んでしまう。

 しかもセイラの奴、あからさまに制御魔法セーフティロックを施してねぇ!



「クソッ! こいつ、どうしてそんなに躱せるんだ!?」


「お前の拳は既に見切っている! これまで散々くらってきたからな!」


「はぁ!? アンタとは食堂で会った以来、まだ二度目じゃないか!?」


 今じゃねーよ。


 あの糞未来でだよ……。



 トラウマ・スイッチ、オン――!



 セイラ・シュレインは出会った当初から俺を軽んじていやがった。


 いつもウィルヴァと俺を見比べては罵り鼻で笑っていたんだ。


 同じ人族でもこんなに違うものなのかっと……。


 まるで王子様と乞食こじきくらいの差だってな。


 そりゃ常に前線で活躍するウィルヴァは『勇者パラディン』と呼ばれ光輝いていたさ。

 俺はあくまで雑用係ポイントマンとして、奴の背中を遠くで見ているしかなかった。


 けど、自分の役割はしっかりこなしていたつもりだ。

 このカンストした技能スキルの数々がそれを物語っているだろ?


 セイラはいつもウィルヴァの傍にいた。

 あからさまに奴に惚れこんでいて、常に女の顔をしていたのを記憶している。


 一方では俺に対して「お前を鍛えてやる」と称して、ろくにやったことのねぇ格闘技で模擬戦を無理矢理やさられちまう始末だ。


 当然、現役の拳闘士グラップラーに勝てる道理はねぇ。


 いつもボコボコにされていたっけな……。


 はっきり言ってパワハラかイジメじゃね、これ?


 したがって糞未来の記憶を持つ俺にとっては、また完成されていないセイラの拳撃なんて躱すくらい容易いのだ。



「クソォッ、クソォッ、クソオォォォォッ! 当たれェェェ~ッ!」


 セイラはいくら拳や蹴りを放とうとも、俺は全て躱しきる。


 ネタバレすると《タイム・アクシス時間軸》を施して、自分の動体視力を向上させているのもあった。


 アリシア戦から少し能力が成長したのか、速度を上げる微調整ができるようになっている。

 これを味方に施せば回避率を上げる支援能力サポート効果を与えることもできるだろうぜ。


 どーよ、セイラさんよ……この俺の成長ぶりはよぉ。

 もう無能とは言わせねぇぞ。


「――セイラ、もうやめておけ。それだけ攻撃して当たらないんだ。いい加減、俺との力の差が歴然だってわかるだろ? 反撃しないだけ感謝して欲しいくらいだぜ」


 俺はさも余裕があるように装う。

 本当は躱すので精一杯だけどな。


 しかし、そうハッタリを見せることで、この女のプライドを鼻っ柱ごとへし折ってやろうって計略だ。


「ちくしょう! ちくしょう……ぐすっ!」


 案の定、悔しくて涙ぐみ、半ベソかいてやがる。


 セイラは勝気で男勝りだが、図体の割に実はメンタルが弱い。


 糞未来でも、くじけそうになってはよくウィルヴァに慰めてもらっていたのを思い出す。

 まったくムカつく光景だったがな……。


「そういや、ユエルはどうした? お前、まさかあの子を置いてきたのか?」


「ぐすっ! こんな時に何聞いてやがる!? 上空から沢山降ってきた矢をまともにくらって倒れた仲間達を介抱しているに決まっているだろ!」


 なるほど、それでセイラだけが一人で来たってのか?

 どうやらユエルは無事らしい……良かった。


 しかし躱すのもしんどくなってきたな。


 そろそろ反撃しないと、一撃くらってしまいそうだ。



 俺が思った矢先――。



 ドスン!



 再び地響きが鳴る。


 今度は間違いなく洞窟からだ。


「クロック! いよいよ『竜』が出てくるよ!」


 ディネが指を差して知らせてくる。


 つーか、お前もメルフィも少しは、この暴走女セイラを止めてくれ……。






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