第23話 陸竜の狩猟作戦
ドスン――!
俺がセイラの攻撃を躱している中、洞窟から奴が出て来た。
一言でそいつを表現すれば『巨大なトカゲ』って所だろう。
巨大で隆々とした体躯、長い首に棘が突き出た尻尾、全身が鎧のように鱗で覆われていた。
その四本足を交互に踏みつける度、地響きが鳴り響いている。
背部に申し訳なさそうに小さな翼があるが、とても巨漢を浮かすことは不可能であり、あくまで飾りあるいは進化しきれていない証だろうか。
陸竜――アースドラゴンがようやく姿を見せたのだ。
俺が設置して燃やした『カラシレの葉』の効果があるのか、相当怒り狂っている様子で、大きな口元から火が溢れ唾液のように漏れている。
「クロック・ロウ! くらえーっ!」
セイラは懲りずにまだ殴り掛かってくる。
「いい加減にしろ! 『竜』が出てきたぞ! いつまでも、お前とじゃれ合っている暇はねぇ!」
「うっさい! 一発くらい当たれェェェッ!」
「子供か!? いいか! 俺達、知的種族は何より『竜狩り』が優先されるんだ! そこに種族間も敵もねぇ! みんな一致団結して殲滅に当たるのが決まり事なんだぜ! ウィルヴァからそう聞いてねぇのか!? ええ!?」
「……ぐすっ。聞いてる」
セイラはぴたっと動きを止める。
涙と鼻水を垂らしながら、ひっくひっくと両肩を震わせていた。
俺より身長がデカい割に幼女みたいだ。
「んじゃ、一時休戦な。奴を斃してから、決着をつけるとしようぜ」
「……わかった、ぐすっ」
ようやくセイラから敵意が消失した。
見るに見かねたメルフィがハンカチを渡し、セイラは遠慮なく「ブーッ!」と鼻をかんでハンカチを返す。
メルフィは受け取りつつ、ちょっとだけ複雑な表情見せた。
「クロック、どう戦うつもりなの!?」
ディネが俺に指示を求めて来る。
いくら五年後は最強の勇者パーティと呼ばれようと、今のこいつらにとっては初の『竜狩り』だからな。
現在のパーティのリーダーであり、経験豊富な俺に頼るのは無理もないことだ。
「よし、デュネはさっきのスキル攻撃を土竜の頭上に浴びせてくれ! メルフィは俺に耐火の魔法で支援だ! そして俺は奴の動きを止める! セイラは奴の顔面に強烈な一撃をくらわせてくれ! 最後に俺が奴の心臓部を狙い『ドラグジュエル』を抜き取る!」
ちなみに『ドラグジュエル』とは竜の心臓のことである。
体内から取り出し外気に触れると鉱石のように固くなるので『竜の宝石』という意味でそう呼ばれていた。
なんでも珍重されており、上級竜の『ドラグジュエル』ほど、相当な高値で売れるアイテムにもなるらしい。
「……なんか、アンタだけ美味しくないか?」
セイラはジト目で、俺を凝視する。
脳筋女の癖に、俺の算段に気づきやがったようだ。
ああ、そうだよ――。
だけどこれ、ウィルヴァと同じ戦法を俺がそのまま再現しているだけだからね。
けどお前、糞未来じゃ奴が提案しても「流石はウィルだね!」って、寧ろデレながら賛同して褒め称えていたじゃねぇか?
俺と何が違う? セイラさんよぉ、んん?
そのアースドラゴンは長い首を大きく振り暴れつつ、外の空気を吸い込んでいる。
思いの外、『カラシレの葉』の煙でダメージを受けている様子だ。
「――チャンスだ! 行くぞ!」
俺の掛け声で各メンバーが駆け出し行動に移す。
「《
ディネは上空に向けて連続10本の矢を放った。
スキルで構成された矢は100本に増え、合計で1000の矢となり、アースドラゴンの剥き出しの頭部から背部と尻尾に掛けて降り注ぐ。
ドドドドドドドドド――――ッ!!!
容姿なく浴びせた矢は全て『竜』の鱗を貫通させ大量の血吹雪が飛び散った。
アースドラゴンは咆哮を上げる。
上級竜なら、その咆哮で知的種族達の精神を混乱させる作用もあるが、こいつにはそこまでの力はないのも知っている。
俺は堂々と正面から突撃して行く。
アースドラゴンは俺に向けて炎を吐くも、既にメルフィから耐火の魔法の加護を受けてやり過ごすことができた。
「くらえ、《
俺は跳び跳ね、胸部に向けて双剣を突き刺してスキルを発動させた。
アースドラゴンの動きがピタリと停止する。
「行くよーっ!」
セイラが叫び、屈伸運動をしながら何かの反動を付けている。
よく見ると、さっき同様に地面がゴムのように柔らかくなっていた。
その勢いと跳躍力を活かし、セイラは上空へと一直線に飛んだ。
ドゴォッ!
アースドラゴンの顎に向けて、装備された
その猛撃に首から頭ごと跳ね上げ、のけ反るように倒れこんだ。
ドスンという地響きと衝撃の反動が、剣を突き刺しぶら下がっている俺の身体にも伝わってくるが、決して離すことはない。
俺はより二刀の剣を深く突き刺す――アースドラゴンの生命活動を終わらせた。
そのまま固い鱗と分厚い皮を剥ぎ、胸骨を削る。
血飛沫で、もろ鮮血を浴びてしまう。
黒革製のコートを羽織っているおかげで、幾分か血飛沫を弾いてくれるけどな。
こうして相当グロい作業をしているが、糞未来では何度も一人でやらされていたので手慣れたもんだ。
下手したら、その日の飯になっていたからな。
特に『竜の肉』は体力と滋養強壮に良いとされている。
俺が勝手に思っている、ウィルヴァの絶倫説もそこから来ているようなものだ。
胸骨を砕き取り外すと、ドクドクと脈打つ鮮やかな紅色の塊があった。
俺はそれを取り出すと、掌サイズの塊は宝石のように固くなり光沢に輝く石になる。
――これが『ドラグジュエル』だ。
「ついに取ったぞーっ! 俺達の勝ちだぁぁぁぁっ!!!」
俺は、ドラグジュエルを掲げ勝ち鬨を上げた。
「やりましたね、兄さん!」
「わーい、クロック! 凄ぉーい!」
メルフィとディネは両手を上げて喜んでくれる。
「メルフィのサポートと、デュネのスキル能力のおかげだ。本当に仲間になってくれてありがとうな!」
「いいえ、兄さんの作戦と活躍の成果です」
「えへへ……ボク、生まれて初めて誰かに褒められたよ。嬉しいなぁ……ねぇ、クロック」
「なんだ、ディネ?」
「あのね……今度から、クロックのこと――」
「おい、アンタ達。何か肝心なこと忘れてないか?」
俺とディネの間に、セイラが割って入ってくる。
「忘れてるだと?」
「ああ、そうだ! アタイとは『陸竜』を倒すまでの休戦協定だった筈だろ!?」
「……そうだったな」
「だから、クロック・ロウ! アンタを一発殴らせろォォォッ!!!」
セイラは踏み込みし、「ハァッ!」とか気鋭を発しながら、いきなり拳を振るってくる。
「うおっ、危ぶねぇ! お前、こだわる所、そこじゃねぇだろーが!?」
「え?」
「この『ドラグジュエル』が欲しくないのか!? ウィルヴァと一緒に勝利を収めたいんだろ!?」
「……あっ、忘れてたわ」
こ、この脳筋の半獣女が……俺を殴ることしか頭にねぇ。
下手な
そんな中。
少女が一人こっちに向かってくる。
一瞬、アリシアかと思ったが、あの弱々しく走る姿とシルエットは――。
「……ユエル」
俺は嘗ての片想いした相手の名を呼んだ。
「ユエル? 他の二人はどうしたのさ?」
「回復と手当は終わったわ、セイラ。でも不意打ちを受けた恐怖で陸竜相手に戦えるほどの精神状態じゃなかったから、先に先生達が待機している場所に帰したのよ」
「ウィルは?」
「……わからない。きっとまだアリシアさんと戦っているのかしら」
そっか……アリシアの奴、上手く役割を果たしてくれているようだ。
終わったら飯でも奢ってやるか。
「でも凄いわね。たったこれだけの人数で『竜』を斃してしまうなんて……伝説の
ユエルは両手を組み、竜の血で血塗れになっている俺を見つめて、にっこりと微笑んでくれる。
――とても懐かしく安らげる慈愛のある笑顔だ。
俺は気恥ずかしくなり彼女から目を反らしてしまう。
「あ、あんた達の妨害ばかりして悪かったよ……特にユエルに怪我がなくて何よりだ」
「ええ、わたしには常に女神フレイアの加護がありますから……クロックさんは学校のルールに則って行動を起こしているだけ。どうか気になさらないでください」
やばい……あの未来と変わらず凄ぇいい子だ。
また好きになってしまいそうになる――。
しかし、ウィルヴァと対立する以上、双子の妹である彼女とも決別しなければならない。
俺は「……ならいいや」とあっさり返答し、そっぽを向く。
これ以上、まともにユエルと顔を合わせていると決意が揺らいでしまうからだ。
だが、その時――
俺の全身が下の方に引っ張られる奇妙な感覚が過った。
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【うんちくメモ】
◆竜 とは
各地に潜む猛威を振るう存在であり、知的種族達の天敵。
知的種族達を好んで捕食する。
その目的、行動心理など不可解な部分が多い。
〇主な生体、身体機能
・巨大な体躯を持ち強靭鱗、炎や凍氷など口から吐き、両翼で自由に空を飛ぶ。
・咆哮は種族達を発狂させ支配下に置くこともできる。
・回復力が高く(但し魔法攻撃やスキル攻撃以外)、生命力も高い。
・エンシェントドラゴン、エルダードラゴン級は古代魔法を使うことができる。
〇種類や階級
以下が大まかな『竜』の種類である。
・エンシェントドラゴン(古竜)
・エルダードラゴン(上級竜)
・アースドラゴン(下級竜)
・その他眷属(亜竜…ワイバーン)
※長く生きている分、身分階級が上であるようで、より知能が高い存在とされる。
特にエンシェントドラゴンは知的種族の言語を思念として飛ばし、やり取りすることが可能である。
また上記にない変種の竜も存在するらしい。
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