第24話 サンド・ダイバー




 そう感じたのは俺自身だけじゃない。


 目の前に佇む拳闘士グラップラーの女に対しても同様の違和感を覚えた。


「――おい、セイラ? お前って俺より背が低かったっけ?」


「あん? アンタ……ついに言っちゃいけない事を言ったね……」


「何だと?」


「アタイをデカイ女だって思っているだろ!? ああっ!?」


「デカイとまで思ってねぇよ(本当は思ってるけどな。特におっぱい辺りが)! つーか、お前も気にしてたのかよ! けどそうじゃねぇ! なんか、今は俺より背が低くなってないかって聞いてんだろーが!?」


「え?」


 セイラは周囲を見渡す。


「……周りの景色が低く見える? クロック、よく見たらアンタも!」


「何だって!?」


 確かに少しずつだが視点が下がっている。

 特に目の前にいるセイラの進み方が早く感じた。


「クロックさん、セイラも足元を見てください!」


 ユエルの指摘で、俺達は自分の足元を凝視する。


 ――!?


 俺とセイラは地面に沈んでいた。


「何だ、これは!? 俺が足首、セイラお前は膝下まで地面に埋まっているぞ!? これはお前の特殊スキルなのか!?」


「違う、アタイじゃない! 同じ効果型スキルだけど性質が異なっている……」


 セイラは言いながら地面に触れる。


「――砂だ! ここの地面は見ためは土や小石だけど、砂のようにサラサラしている!?」


「何だと!?」


 俺が聞き返した瞬間――



 ボコッ!



 セイラの真後ろ側の地面が陥没した。


 俺と彼女は益々下の方へと落ちていく。


 気がつくと俺達を取り囲むように円環状の窪みになっている。


 まるで、すり鉢のような中心部へと誘われる形で、少しずつ俺達は滑り落ちそうなっていたのだ。


 駄目だ、足が抜けられない!


 もがけばもがくほど、余計に身体が沈んでいく……。


「一体何なんだ、これは!? セイラ、俺に掴まれ!」


 まだ上の方にいる俺は片腕を伸ばした。


 セイラは一瞬だけ躊躇したが、そんな場合じゃないと判断して俺の手を握り締める。


 すると、中心部の窪みから何者かが顔を出して見せてきた。

 整った顔立ちに青紫色の肌。頭部に両角が生えた悪魔族デーモンの男だ。


 俺はこの顔に見覚えがある。


「――こいつは確か……Bクラスのアーガじゃねぇか!? これはお前の仕業なのか!?」


 顔だけ出している、アーガはニヤッと不敵に微笑む。


「そうさ。これが俺の潜在スキル《サンド・ダイバー砂の潜水士》だ。その手に持つ、『ドラグジュエル』を頂くぞ!」


「何だと!? 戦いに参加もしてねぇ癖に、戦利品を奪い合うのはルール違反だぞ!?」


「そんなの知ったことじゃない。どうせ教師なんて見てないんだからな。後でどうとでも説明できる……それにクロック・ロウ、貴様達を優勝させるわけにはいかない」


「何ッ!? どういう意味だ!?」


「貴様が勝つってことは同じパーティである、ディネルースがBクラスの一番だってことを証明するじゃないか? あんな下等エルフなんぞ認めてたまるか!」


「アーガって言ったな? お前らはどうして、そこまでディネを毛嫌いする? あいつがお前に何かしたのか?」


「……何もしてないさ。ただ、エルフって存在が気に入らないんだよ……見た目や寿命が長いってだけで、さも知的種族の高貴な上位顔している連中が昔から反吐が出るほど大っ嫌いなのさ!」


「ディネはお前が思っているような高飛車なエルフじゃない! 極めて庶民的なエルフであり普通の女の子だ! 潜在スキルが高くて優秀扱いされるのは、あの学院の問題であって、お前らだって同じ扱いを受けている筈だろ!? 至って無害な筈だ!」


 糞未来の俺にとっちゃ悪戯好きの有害エルフ娘だったけどな……。


「わかってないな、クロック。この世にはヒエラルキーってのが存在するんだよ……数の多い人族ヒューマンは良しとして、エルフ娘が妖魔族の俺より上だってことだけは耐え難いんだ! 俺はエルフの連中がどれだけ下等で無能かってことを周囲に教えてやるんだぁ! ヒャハハハハハッ!」


 こいつ……イカレてやがる。


 しかし俺の知っている範囲でも、妖精族と妖魔族は特に険悪の間柄だからな。

 この世界に『竜狩り』がなけりゃ、とっくの前に種族間で戦争が起こっているのかもしれない。

 でも、それは人族の間だって同じと言える。

 たまたま共通の敵が巨大すぎるから、他国同士が共同して戦っているに過ぎないんだ。


 だが、この事とは明らかに話が別だ。


「アーガ! テメェが差別する種族意識なんぞに興味はねぇ! こいつは絶対に渡せねぇ! 俺は絶対にウィルヴァに勝たなきゃいけないんだ!」


「アンタ……どうして、そんなにウィルにこだわるんだ?」


 手を繋いでいるセイラが不思議そうに見つめてくる。


「説明は後だ! このまま落ちるとどうなってしまうかわかったもんじゃねぇ! 脱出するぞ!」


「――無理だね。お前達は完全に『蟻地獄』状態に陥っている。いくら効果型のスキルを持っても、俺の《サンド・ダイバー砂の潜水士》が発動中で他能力の上書きは不可能。このまま地下空洞にまで落ちてリタイアしてもらうぞ!」


 地下空洞だと!?


 んな所に落ちたら、他の魔物モンスターとか、うじゃうじゃいて無事に戻れるかどうか……。


 クソッ! せっかくここまで順調に来たのに、こんな所で終ってしまうのか?



「――クロックさん!」


 ユエルが上から必死で腕を伸ばし、『ドラグジュエル』が握られた俺の手首を掴む。


「ユ、ユエル!? は、離せ! じゃないと、あんたまで落ちてしまうぞ!」


「嫌です! それに諦めないで! 貴方には、わたしがついているわ! だから……」


「ユエル……」


 やっぱり、どの時代でも天使だな、この子……。


 変わらず健気な彼女に、俺の胸の奥がぎゅっと絞られる。


「兄さん!?」


「クロック!?」


 メルフィとディネも駆けつけてくれる。


「……ディネルース」


 アーガはディネを凝視する。


 ただ存在が気に入らないという割には、相当な遺恨があるのではと感じずにはいられない。

 過去に他のエルフ族に酷い目にでもあったのだろうか?


 けど、トラウマなら俺も負けてねぇけどな……。

 いや、今はそんなこと言っている場合じゃねぇ!


 メルフィとディネも必死で腕を伸ばしてくる。


「やめろ、二人共! 一緒に引きずり込まれるぞ!」


「嫌ッ! 私は絶対に兄さんを見捨てません! 落ちて死ぬというなら私も一緒に落ちます!」


「そうだよ、クロック! ボク達パーティでしょ!?」


「メルフィ、ディネ……お前達」


 俺は柄にもなく目頭が熱くなる。

 糞未来とは打って変わって、みんないい奴ばかりじゃないか。


 アリシアもそうだけど二人共、本当に同一人物かよ……。


 今なら、この仲間達を信じられる……。


 ――いや俺は信じるぞ!


 俺は必死で手首を押えてくれている、ユエルを見上げる。


「ユエル、ありがとう! 頼みがあるんだ!」


「は、はい、クロックさん!」


「その手を離してくれ!」


「え!? し、しかし……」


「俺は諦めていない! 決心したんだ! 仲間を信じる! そしてこの手に勝利を手にしてみせるってな! セイラ、悪いがお前も付き合ってもらうぞ!」


「……アンタ、不思議な男だね? 嫌な奴なのか、いい奴なのか……いいよ。最後まで付き合って見極めてやるよ!」


「……わかりました。どうかご無事で、クロックさん」


 ユエルは手を離し、俺とセイラは引きずり込まれ下がって行く。


 中心部にいるアーガはニヤリとほくそ笑む。


「やっと観念したか……仲間を巻き込まれないためにか? いい判断だと褒めておくぞ」


「勘違いすんじゃねぇぞ、クズ野郎!」


「何だと!?」


「観念じゃねぇよ! 決意だって言ってんだろ! この勝負、俺達が勝つ……必ず勝ってみせる!」


「バカめ! その状態で何が出来る!? 虚勢を張るなよ!」


「俺は何もしない……俺は仲間を信じる。信じるんだぁ!」


 俺は握っている『ドラグジュエル』を上にいるデュネに向けて投げつけた。


「クロック!?」


 ディネは見事にキャッチしてくれる。


「行けぇ、ディネ! それを持ち帰れば、俺達パーティの勝利だ! その中でお前が一番身軽で足が速い! 頼むぞ!」


「クロック……わかったよ!」


 ディネは立ち上がり、その場を走り去る。


 そうだ、それでいい……頼んだぞ。


「何だとぉぉぉっ!? ディネルース! クソォォォッ!!!」


 アーガは絶叫し、晒していた顔をすっぽりと砂の中に埋めて姿を消した。


 どうやら、ディネの後を追ったようだ。


「ここまでが作戦通り……だが問題はここからだな。アーガがいなくなっても、このスキル効果はしばらく続くらしい」


「厄介だね……まったく」


 俺とセイラは愚痴を零し、そのまま中央部に入り、砂に埋もれて姿を消した。



「兄さん!? クロック兄さぁぁぁぁぁん!!!」


 最後にメルフィが必死で俺の名前を呼ぶ声が耳に残った。






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