第21話 我が主のために




~アリシアside



「私に興味だと? ふざけたことを……」


 剣を構えキッと睨みつける私に、ウィルヴァは深く溜息を吐く。


「率直に聞くよ。どうしてキミは、そんなにクロック君に固執するんだ?」


「……何が言いたい?」


「アリシアさん。キミの『フェアテール家』は国王の側近として国を支える由緒正しい伯爵家であり、キミは名家の令嬢だ。一方でクロック君は戦災孤児で孤児院の出身だと聞く」


「……貴様とてそうだろ? 国王の懐刀と称えられた公爵である『ウェスト家』の養子だと聞くぞ」


「その通りだ。特殊スキル能力を買われてね。妹のユエルも養ってくれるって条件で迎え入れてもらったんだ。養父には、今もその期待に応えているつもりだよ」


「それでなんだと言うのだ?」


「キミほどの名家で正真正銘のお嬢様なのに、どうしてただの庶民であるクロック君を『主』と呼ぶのか? 決闘に負けたから? しかし、クロック君はそういう約束をしてないと聞いてるよ」


 ぐっ、この男……。


 平然と私の領域エリアに無断で入り込もうとしている。


 私が何故、クロウ様に惹かれ忠誠を誓っているのか……。


 まだ知られてはいけない大切な領域エリアに――。


「黙れ! 時間稼ぎはさせんぞ!」


 長剣を掲げ、ウィルヴァに向けて突進する。


「もしかしてキミ――クロック君が好きなんですか?」


 その一言で、私の動きが止まる。


「は、はぁ!? 貴様、何を戯けたことを……」


「いやぁ、てっきり一目惚れなのかなって」


 奴の思わぬ言葉に、私はカッと全身が熱くなり顔が火照ってしまう。


「ち、違う! 一目惚れではないぞ!」


「え? じゃあ以前から、クロックを知っていたのかい? 入学前から?」


 し、しまった! こいつめ、また私の領域エリアに入り込みおってぇ!


「どの道、貴様には関係ないだろ!? 少しは戦う気を見せろ!?」


「――でも、キミはもう役割を果たしたんじゃないか?」


「何だと?」


「僕の足止めさ……今から向かっても間に合わない。僕のスキル能力で移動もできるけど、知っての通り10秒間しか発動できない弱点がある。それらを計算しても、クロック君達なら既に『陸竜』を仕留めているか、良くてセイラ達とひと悶着を起こしているか……」


「そういう割にはさっきから随分と冷静だな? 貴様、勝負事に勝つ気はないのか?」 


「誰かに勝つか負けるよりも、僕は自分自身のレベルを上げて行きたい……この世界から『竜』を一掃してみんなが安心して普通に暮らせる世界を作りたい。その力を得る為に養子になったし、この学院にも入ったんだ」


「見上げた精神だな。まさに揺るぎない黄金のようだ……もう少し早く出会っていたらな」


「アリシアさんが僕の仲間になってくれたかい?」


「まさか……私はあくまでクロウ様に忠誠を誓う身。あの方がその気がない以上、貴様とは永遠に相いれないだろう! 私が言いたいのは、貴様がクロウ様の下僕として使ってくださるかもしれぬという意味だ!」


 私はバスタード・ソードを構え直し、ウィルヴァに向けて皮肉を言ってやる。


 流石の温厚で知られる奴も、今の言葉に苛立ちを覚えたようだ。

 眉間に皺を寄せ、私をじっと見据えている。


「あくまで僕と戦う気なのかい? キミにそこまでさせるクロック君を僕は軽蔑し否定しなければならない!」


「ほう……今の言葉、我が主への冒涜と認めたぞ! 貴様も剣を志す者なら御託を並べてないで戦って己の意志を押し通すがいい!」


「わかったよ……アリシアさん、キミがそこまで言うのなら――」


 ヴォルヴァはようやく、クレイモアを翳して構えた。



 互いに対峙し、仕掛けるタイミングを見計らう。



 膠着状態。



 その一帯に静寂が訪れる。



 ふとした瞬間、ついに二人が駆け出した――。






**********



「――アリシアの奴、大丈夫だろうな……」


 もうじき目的の洞窟に辿り着く辺りで俺は呟く。


 上手くやっているかとかでなく、彼女の身を案じていた。


 ――ウィルヴァは強い。


 入学した頃から異才を発揮していた。


 奴のスキル情報を事前に伝えてはいるが、まともに戦って敵う相手ではない。

 おまけに、セイラにユエルが相手となると、いくらアリシアでも分が悪すぎるだろう。


 だから、ウィルヴァだけ足止めし、他のメンバーはやり過ごすよう指示はしておいた。


 しかしアリシアの性格上、「貴様ら、まとめて掛かって来い!」とか威勢のいいことを言いそうだ。


 以前から、彼女は猪突猛進であり自分に陶酔することがあるからな。

 だから、つい物事にやりすぎてしまう所があると思う。


 糞未来で俺も何度あいつに激昂され殺されかけたことか……。




「クロック、誰か近づいてくるよ」


 トラウマスイッチが入る寸前で、ディネが知らせてくる。


「ウィルヴァか!?」


「そこまではわからないよ……足音だけだからね。でも歩調とかはさっきと同じだから間違いないね。但し、一人だけ減っている」


「一人減っている……ってことは四人だけか?」


「そうだね~」


 どうやらアリシアの奴、上手くウィルヴァだけ足止めしてくたようだ。


「どうする、クロック? 四人ともヤッちゃう?」


「ヤッちゃうってなんだ?」


 俺が聞くと、ディネは背負っていた弓を下ろした。


「今ならボクの特殊スキルで攻撃できるよ……四人同時にね」


「なんだって? しかし木々や岩場もあって視界が悪いぞ?」


「問題ないよ。ボクの能力なら、きっと二人くらいは倒せるよ」


 う~む。


 セイラはどうでもいいとして、か弱そうなユエルに何かあったら良心が咎めてしまう。


 あんな天使みたいな子はそうはいないからなぁ。

 しかし、あの子がウィルヴァの妹である以上、対立は避けられない。


「……わかった頼むよ。でも同級生同士だからキルしちゃ駄目だぞ」


「ははは、大丈夫だよ。出力を弱めて気を失わせるだけにしておくから……ただし怪我はやむ得ないね~」


 出力?


 ってことは、『放射型』のスキルか。


 それによく見たら、こいつの装備は……。


「おい、ディネ、矢はどうした? よく見たら腰元の矢筒は空じゃないか? これまでの魔物モンスターとの戦いで消費したのか? 何故、多めに装備してこなかった?」


「ボクには本来不要だからだよ……少し離れてて、魔道師ちゃんもだよ」


 ディネに言われ、俺とメルフィは少し離れる。

 彼女は弓だけを左手に持ち構えた。


 刹那――彼女の雰囲気が変わる。


 それは人懐っこいエルフっ娘ではない、森の狩人ハンターだ。


「――《ハンドレット・アロー百式の矢》」


 ディネの右手側の掌から鋭い矢尻が出現し、生えるよう伸ばされて行く。


 一本の矢として両腕に収まった。


「矢を生成するスキル……具現化型か?」


「放射型だよ。ヒットしたら消滅するからね」


 ディネは軽く言いながら、矢を放つ。



 ヒュン――



 矢は風を切り、遥か上空へと飛んで行った。


「よし行こう、クロック。時間がないよ」


「……ああ。だが、矢は一本しか撃ってないぞ? 四人同時攻撃が可能って言ったじゃないか?」


「大丈夫だよ。もう終わったから――」



 瞬間、



 ドッドドドドドドドドドドドドドドドォォォ――……!!!



 遠くの方で、まるで豪雨のように何かが降り注いだ。



「ギャァァァァァァ――……!」



 微かに聞こえた誰かの悲鳴。


「に、兄さん、あちらの方で何か大惨事が起きているようですが?」


 メルフィが唖然として聞いてくる。


「ディネ、お前……一体何をしたんだ?」


「ボクの特殊スキル、《ハンドレット・アロー百式の矢》は一本の矢から百本まで自在に増殖させて攻撃する能力だから……うん、間違いないよ。やっぱり二人しか倒せなかったね……半獣の拳闘士グラップラー回復系ヒーラーの二人は、自分らの特殊スキル能力で防御したみたい」


 要は数の暴力スキルってか?

 あるいは数撃てば当たるみたいな?


 しかし……。


「相手が見えないのに、どうしてそこまでわかる?」


「ん~、教えるのはここだけ。後はボクだけの秘密だよ……いくらクロックでも、まだそこまではね~♪」


 ディネは言いながら、片目を閉じて可愛らしい舌をペロッと出して見せる。


 ……うん、かわいいな、こいつ。

 いや、そうじゃない!


 未来のディネは弓だけじゃなく矢も普通に常備していた。


 だからてっきり、弓か矢に何かの効果を与えるスキルとばかり思っていたんだ。


 きっと、あれは周囲を欺くためのフェイクってことか?


 ここでは俺のことをある程度信頼してくれているから、片鱗だけでも見せてくれたようだな……。






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