第92話 王女との和解と異変
ソフィレナ王女の政略結婚に至った経由について、俺は憤りを感じる。
自分が二年以内の余命とはいえ、娘を王女としての価値あるうちに嫁がせるなんてあんまりだ。
温厚そうな国王だと思っていたけど、父親としては案外身勝手なんだな。
そりや、貴族内で『反国王派』も出てくるってもんだ。
っと、俺は意見を思い浮かべる反面、
「私はゾディガー王の気持ちもわからなくもないです。現国王が亡き後、きっとソフィレナ王女は王家内で肩身の狭い思いをされるかもしれません。そうお考えになって、隣国への結婚話を進めた可能性もあるでしょう」
アリシアにしては珍しく柔軟な見解だ。
確かにそういう見方もあるか……俺の未来の記憶には、このイベントはないと思う。
あったら国中で話題になっている筈だからな。
流石に覚えているだろう。
きっと未来と異なるイレギュラーの何かで、国王があんな体になってしまい、余命を聞かされて焦って今回の結婚話に至ったのかもしれない。
そう考えれば、ゾディガー王のなりの親心もあるって感じか……。
「……先程も、アリシアにそう言われて、少し気持ちが晴れた所です。それで、彼女のことやクロックの話も聞いて、こうしてお話したいと思ったところですの」
なるほど……やるな、アリシア。正直、見直したよ。
まるで自分も似たような存在のように王女と国王の気持ちを汲んで話たってわけか。
だからこそ余計に不思議なんだよなぁ。
未来のアリシア。
とてもそんな他人の心情を汲めるような奴に見えなかった。
所々、良い所はあったかと思う。
けど、いつも何かにイライラしてピリピリしていた。
――特に俺に対してだ。
それこそ何かやらかしたり怨まれる記憶なんて一度もないってのに……。
おっといかん、またトラウマが……。
深呼吸、深呼吸――。
「ではソフィレナ王女は、ご結婚に納得されたのですか?」
俺の問いに、王女は首を横に振るう。
「それとこれとは話が別です。わたくし、別に国王の娘でなくても違う生き方があると思っています。ずっとお城暮らしでしたし、社会にでて学識を広めたいという夢を持っております」
「学識ですか?」
「はい。
薬学師とは、薬草やら魔物とか他生物の身体から採取した物を調合して、知的種族の病状に合わせて提供する医学の専門家である。
一流と呼ばれる薬学師は神聖魔法に匹敵する効力を発揮するとか。
知的種族達の体の構造や機能に合わせて学ぶ職種だから、そう簡単になれるものではない筈だ。
豪華な城でぬくぬく暮らしているイメージが強い、王女様が学ばれているとはある意味以外だった。
「凄いですね。お父様がご病気になられたことがきっかけですか?」
「いいえ、お母様が亡くなられたことがきっかけですわ。わたくしが幼い頃、ご病気で亡くなりました……しかも神聖魔法では治癒できない、奇病だと聞いております」
病か……神聖魔法は怪我や毒とか呪術系には強いが病気には弱いと聞く。
だから
しかし中々ポジティブで立派な思考を持つ王女様だな。
こうして話していると、とても人見知りの激しい子とは思えない。
そもそも人見知りが激しいのなら初対面の俺やアリシアを前で、ここまで自分の気持ちを打ち明けれるだろうか?
今回の依頼者でありエドアール教頭も、ゾディガー王の伝手に頼まれて、俺達に依頼してきたんだよな?
……何だろう?
上手く言えないけど……何か引っ掛かる。
このクエスト自体が何んらかの思惑が交差して成り立っているような……作為的な何か。
まるで、俺達パーティが意図的に誘き出されたような錯覚――。
あのゾディガー王に……?
「……クロウ様、また深呼吸された方がよろしいのではないでしょうか?」
考え込む俺に、アリシアが妙な心配をしてくる。
いや、確かに気難しい顔をしていたかもしれねえけど、今のはトラウマじゃねーよ。
うーむ。普段が普段だけに、俺ってすっかり
「大丈夫だよ。ありがとう、アリシア。それよりソフィレナ王女、納得されないのであれば、これからどうするおつもりです?」
「……ここまで事が動いてしまってますし、とりあえず『ネイミア王国』には行きます。ご結婚相手の方とお会いして、直接断ろうかと思っています」
「そうですか……なら、王女がご決断されるまで、俺達も『ネイミア王国』に滞在して待機いたしましょう。きっと帰りの護衛も必要となると思いますので……」
「本当ですか、クロック?」
「クロウでいいですよ。アリシア、それでいいだろ?」
「ええ、勿論……我が主よ」
俺が聞くと、アリシアは優しく微笑んで答える。
ソフィレナ王女も嬉しそうだ。
俺達の依頼は『ネイミア王国』までの片道護衛だけだからな。
王女の帰宅までは想定して準備していない。
けど王族に頼らない、ソフィレナ王女の心意味に感銘を受けたのも事実だ。
乗りかかった船でもあるし、ここは最後まで付き合おう。
案外、結婚相手と会った瞬間に恋が芽生えるってパターンもあるし、それはそれでクエスト終了でよしとすればいい。
「クロウ……ありがとう。傍にいてくれるだけでも、どんなに心強いことか。アリシアの言う通り、貴方の優しさは
ソフィレナ王女に面と向かって言われると恥ずかしい。
どうやら、俺は王女様の信頼を得られたようだ。
これなら護衛任務も問題ないだろう。
そう思っていた時――。
ドンドン!
誰かが、扉を激しく叩いてくる。
「クロウ! 大変だよ~! ちょっと来てよ~!」
ディネの声だ。
随分と緊迫した物言いだな。
俺は「失礼」と一言告げ扉を開ける。
すると、ディネが血相を変えて、俺の胸に飛び込んだ。
「ど、どうしたんだ、おい?」
「それが突然、ボク達以外、騎士や侍女達のみんながいなくなっちゃったんだよ!」
「いなくなった? この車両内でって意味か?」
俺の問いに、ディネは無言で頷く。
「パーティのみんなは?」
「セイラとメルフィとユエルは待機場所へいるよ。何かが可笑しいから、クロウとアリシアを呼ぼうってことで、ボクだけがこうしてきたんだよ!」
そうか……彼女達が無事なのは良かったが。
つーことは、
まぁ、セイラの特殊スキル、《
「わかった、俺も行こう。アリシアはこの場で待機だ。ソフィレナ王女の護衛を頼むぞ」
「御意。それとディネよ。貴様に一つ言いたいことがある」
アリシアは軽く咳払いして畏まる。
「どうしたの?」
「異変が起きたのは理解した……しかし、貴様が何故クロウ様に抱き着く必要がある! とっとと離れろぉぉぉ!?」
アリシア……お前は何にキレてんだよ。
今はそれどころじゃねぇだろ?
ディネはチッっと舌打ちし、俺から離れた。
地味にあざといエルフ娘だ。
ったく、どいつもこいつも……。
「――なるほど、アリシアの言う通り、クロウの鈍さも心配の要因でもありますわ」
ソフィレナ王女は口元を抑え、ニヤニヤを堪えている。
王女、今そんな微笑ましいこと言っている場合じゃないですよね?
本当にアリシアは、ソフィレナ王女と何を話したってんだ?
緊迫した状況にもかかわらず、なんか俺までそっちの方が気になってきたんですけど……。
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