第56話 教頭の正体と思惑




 俺達は先生達の後について行く形で『教頭室』へと向かった。



 教員室から離れ、大分離れた地下室にその部屋は存在している。

 魔法で封印された扉を開くと、地下へと通じる階段があった。

 一番下まで下り、ひたすら長い渡り廊下を歩かされる。


 確か学院長室は最上階にあると聞くが、あまりも真逆な場所に何か不気味な疎外感を覚えてしまう。


 まるで危険人物を幽閉しているみたいだ。


「あのぅ、教頭先生が俺達になんの用なんですか?」


 俺はスコット先生に差し障りのない範囲で聞いてみる。


「詳しくは話せないが決して悪い理由ではないから安心してほしい。それに教頭が個人的に生徒を呼び出すなんて滅多にないことだ」


「ウチのクラスで優秀なウィルヴァ・ウェストでさえ招かれたことはないよ。きっと今年度の生徒ではキミ達が初めてだろうね」


 イザヨイ先生も双眸を細めながら補足してくれる。

 まるで光栄に思ってくれと言わんばかりだ。


「どうして『教頭室』ってこんなに離れて地下にあるんですか?」


「教頭先生の意向だ。ご本人の特別な事情もあるが、私と同じで教師だけでなく、国に仕えている重鎮の一人だからな……他者に関与されたくない仕事も抱えてらっしゃるのだろう」


 そういや、シャロ先生は王族の末端って言ってたな。

 ひょっとしたら最下位にせよ、王位継承権もあるかもしれない。

 凄げぇな……それだもん、学院長も頭が上がらないか。



 そうこう思っているうちに、分厚い鉄の扉の前に立った。


 なんだ……これ?


 ガチで地下牢の囚人扱いじゃないか?



「――教頭先生、生徒達を連れて参りました」



 ギィィィ……。



 スコット先生が扉の前で話し掛けると鉄の扉が自動で開いた。


 薄暗い部屋の中から、何か悶々とした空気が溢れでる。


「兄さん……これ瘴気です」


 メルフィは耳打ちしてくる。


 瘴気? 確か上級魔族から発する『負の魔力』か?


 どうして『教頭室』から、そんなのが溢れ出るんだ?


 教頭先生、末端だけど王族なんだよね?

 人族なんだよね?



 先生達の後を追う形で、暗い部屋の中を歩く。


 俺は暗視スキルを発動させ周囲を見渡した。


 相当、広い部屋なのが窺える。

 豪華な調度品が並べられ、壁には『竜』を斃す戦士達を描いた巨大な絵画が一面に飾られていた。


 他にも高価な装飾が幾つも観られ、まるで王宮と間違えてしまうような鮮やかさを持つも、部屋中に漂う独特の禍々しい雰囲気のおかげで全てくすんで見えてしまう。


 奥側に立派な書斎机があり、その上に燭台しょくだいが置かれている。

 蝋燭には火が灯されおり薄っすらと明るい。


 一人の男性が椅子に座り、何か書類に目を通していた。


 黒いタキシード姿であり、灰色の長髪を後ろに束ねた青年だ。年齢は20代前半くらいか?

 真赤な瞳に右側に片目眼鏡を掛けており、品の良い顔立ちは紳士的であり中性的にも見える。


 男性は俺達の姿を見るなり、笑みをこぼし椅子から立ち上がる。


 すらりとした中々の長身だ。


 それに今、一瞬だが口元に牙のような物がチラっと見えたぞ?

 気のせいか?


「よく来てくれたね。私はエドアール、この王立恩寵ギフト学院の教頭を務めている者だ。生徒の諸君、まずは座りたまえ」


 エドアール教頭はそう言うと、いつの間にか俺達の真後ろにソファーが置かれている。

 何か違和感と抵抗感を覚えるも、別に攻撃されているわけではないので大人しく従い腰を下ろした。


 おお……クッションがふかふかで上質なソファーだ。


 他の先生達は、エドアール教頭の背後に周り壁際に立っている。



「こんな地下室部屋まで呼び出してすまないね。今時間、私はこの部屋から出られない体質でね……日光が浴びれないのだよ」


 日光が浴びれない体質だと?


 さっきチラっと見えた牙といい……。

 この教頭、やっぱアレじゃね?


 でも末端でも王族の血筋なんだよな……。


 どういうことだ?


「もう何人か気づいているようだから、あえて言おう――私の正体は吸血鬼ヴァンパイアだ」


 エドアール教頭は唐突にカミングアウトする。


 やっぱりそうか……つーことは妖魔族(魔族)で屍生アンデット系か?


 まぁ、悪魔デーモン族やサキュバスも生徒として在籍しているから、今の時代なら教師が妖魔族でも普通にありだな。


 でも待てよ……王家の末端って話はどうなってんだ?


「先生の誰かから聞いているかい? 私は王家の血筋を引いていると?」


 俺が抱く疑問をずばり言われ思わず頷いてしまう。


 エドアール教頭は自分の椅子に座り、微笑みながら包み隠さず鋭い牙を見せる。


「その通り私は本来、歴とした人族だった。当時は第一位の王位継承資格者だったが……若い頃、『竜狩り』に失敗して『竜』に襲われ肉体のほとんど失い、命を繋げるために吸血鬼ヴァンパイアになったのだよ……確か1学年のCクラスのメルフィ君なら、この理由がわかるだろ?」


「は、はい……錬金術魔法に『異種交配魔法クロスブリード』という禁忌に類する秘術があります。別の種族同士を融合させる術式……きっと、不死の存在である吸血鬼ヴァンパイアと融合したことで生きながらえたのですね?」


「その通り、流石は将来期待とされる若き魔道師ウィザードだ。但し屍生アンデット系は割と簡単になることができる……私の場合この肉体を完全に復元させるために、禁断の秘術が必要だったのだ……太陽の下に歩けなくなったのは不治の病として割り切っている」


「失礼ですが、教頭先生って歳はいくつですか?」


「ああ、キミがクロック君だね? スコット先生から聞いている……会いたかったよ。答えよう、150歳だ」


「150歳!?」


 聞いた俺だけでなく生徒達全員が驚く。


「そうだ。見ての通り、完全な吸血鬼ヴァンパイアだから王位継承権はない……一応、王家には最下位として名前を入れてもらっているがね。だから、ミルロードの苗字も名乗ることができる。所謂、王家の助言者オブザーバーって立場かな?」


 それはそれで、なんか凄くないか?

 事実上、影の王様みたいな人じゃないか?


 それだもん、他の先生は疎か学院長じゃ頭が上がるわけがない。


 俺達が驚愕する中、エドアール教頭は両手をパンと叩いた。


「――これで諸君らも、私のことは良く知ってもらっただろう。次は諸君らの話をしたい」


「お、俺……いえ、僕達の話ですか?」


「そうだ。昨日、冒険者ギルドと騎士団長のカストロフ伯爵から報告を受けている。『竜守護教団ドレイクウェルフェア』の件だ。私はこの学院始まって以来の快挙だと高く評価している」


 ん? この話の流れ……どうやら俺達は褒められる為に教頭先生に呼び出されたようだ。

 

「いえ、俺達はクエストを受けて、偶然に奴らに遭遇しただけでして……」


 蹂躙したのは、ほとんどメルフィと糞竜牙兵のスパルだけどな。


「正しい決断と過程があるから結果がついてくるものだ。私はそう思っている。今回の諸君らの活躍で卒業に合わせて、私の権限で勇者パーティに推薦してもいいとさえ思っている」


「勇者パーティ……俺達が?」


「そうだ。一国を代表する名誉職だ。幸い全員がレアリティSRの高スキルばかり、誰も異論を唱える者はいないだろう」


「えっと~、エドアール教頭先生。それってぇ、クロック君が『勇者パラディン』のポジって解釈でいいんですかぁ~?」


 エドアール教頭の背後で、リーゼ先生が食いつい聞いている。

 そういや、俺が『勇者パラディン』か『竜殺しドラゴンスレイヤー』になったら、結婚するって話だっけな……忘れてたぜ。


 リーゼ先生、やっぱり本気なんだ……。


 やばくね? どうしょう……。


 いや結婚も、そうだけど一番は……。



 ――俺が勇者パラディンになることだ。



 あのウィルヴァも必死で目指している職種だからな……。


 ただでさえ、未来のパーティ女子達を奪っちまった形なのに、その上奴がなるべき職種まで、この俺が……。


 正直、ウィルヴァは嫌いじゃない。

 未来においてだって、特別あいつに何か怨みがあるわけでもないしな。

 俺が一方的に奴の人気と才能に羨望し嫉妬していただけなんだ。


 今じゃ目標であり、越えるべき男としてライバル視をしている。


 だから、こんな形でウィルヴァの未来まで奪っていいものか考えてしまう。



「リーゼ先生、そこはまだ保留かな……」


 エドアール教頭は曖昧に濁して返答する。


「保留ですか?」


「その通り、確かにクロック君には素質はある……だが私的にはもう一人、目を掛けている生徒がいるのだ……そうですね、イザヨイ先生」


「はい、ウィルヴァ・ウェストですね?」


「そうだ。彼は中等部から優秀な成績を収め、今も他の生徒の良き模範となっている……ただ実戦という形では、クロック君の方が評価は高い。林間実習での優勝といい、特に今回の活躍は国王の耳にも入っているからね」


 マジで!? 嬉しい反面、色々とヤバイんですけど!?

 スローライフを目指す俺として、あんま目立ちたくなかったのによぉ!


 ま、まさか、エドアール教頭……。


 俺とウィルヴァの二人に絞って、未来の勇者パラディンを推薦しようって魂胆じゃないのか!?






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