第3話 遡及の世界
暖かな日差しが、俺の顔に注がれる。
どこらか小鳥がさえずり、朝を迎えたと知らせいた。
なんだろう、凄く懐かしく心地いい感触だ。
俺はベットで寝ているのか?
久しぶりのちゃんとした寝床だからか。
妙に幸せな気持ちになっている。
これぞ夢心地ってやつだな。
「――兄さん、起きてください。もう朝ですよ」
懐かしく優しい声。
俺はゆっくりと目を開けると、メルフィが視界一杯で覗き込んでいた。
メルフィ・ロウ。
嘗て義理の妹だった女だ。
俺と同じ色の艶やかで長いストレートの黒髪と、くっきりと二重瞼に睫毛で覆われた大きな黒瞳。小さく整った鼻梁に形の良い唇。
物静かで知的なクールな雰囲気。
にしても変だ。
いつも俺を見てムスっとしている癖に随分と笑顔だな。
それに背が縮んだんじゃないか、こいつ?
「朝ごはん、出来てますよ。一緒に食べましょ、ね?」
「え? は、はい……」
メルフィに腕を引っ張れ、俺は訳もわからぬままベットから起きた。
にしてもメルフィの奴、愛想が良すぎる……不気味なくらいに。
……いや、違う。
五年前まで、メルフィはこういう子だった。
それまでは、超がつくほどの「お兄ちゃん子」だったんだ。
メルフィとは同じ孤児院出身である。
俺は両親の顔を覚えている。
丁度、4歳くらいの時、村に『竜』が襲ってきて食われてしまったがな。
一方でメルフィの両親は不明らしい。
だから当時は苗字がないまま、3歳で孤児院に送られてきている。
メルフィは同じ髪色(多分、同人種)である俺によく懐いていた
俺も彼女が可愛くて、「ロウ」っという苗字をあげたんだ。
それから、義理の妹になったんだっけな。
俺はメルフィの二人は、食卓で向かい合って朝食をとっている。
とても懐かしい光景だ。
にしても、ここはどこだ?
何故、俺はここにいるんだ?
他のパーティ連中はどこだ?
と考えつつも、見覚えのある部屋の間取り。
高等部……いや、中等部の頃に住んでいた一室だ。
俺は中等部までは、メルフィと一緒に住んでいたんだっけな。
つーことは、ここは……。
「――私、寂しいです」
「え? なんですか?」
パンを食べながらメルフィが言ってきたので聞き返す。
「だって、今日からこの部屋を出なければいけなんですよ。高等部に進学したら、兄さんとは別々に暮らさなければいけないじゃないですか?」
「高等部?」
「王立
「スキル・カレッジですか……」
「はい。ところで兄さん、先程からどうして敬語なんです? 私の真似事?」
「い、いえ……」
俺は誤魔化しながら違和感を覚える。
何かが可笑しい、いや絶対に可笑しい!
あの時の『声』の言葉を思い返してみる。
――これは「やり直し」なのだ、クロック・ロウ!
やり直し……
スキル・カレッジ……今日から高等部。
ってことは、俺は戻ったのか?
過去の時代……五年前の世界に?
俺は食事中にも関わらず立ち上がり、洗面所へ行く。
鏡に映る自分の姿を見る。
明らかに若い身形だ……傷一つない。
おまけに髪が自慢だった真っ黒に戻っている。
そうか、そういうことか!
俺は自分の身に起こった事態がわかってくる。
――遡及の世界で何をしてどうするかは、汝次第。
「俺は……
「兄さん、ご飯は?」
メルフィが覗き込み声を掛けてくる。
だが、今の俺はそれどころじゃない。
「――ハハハハハッ! 凄ぇ! なんか知らないけど、凄ぇぞォォォッ!」
喜悦、そして痛快。
心の底から笑いが込み上げてくる。
――俺は五年前の過去に戻ったんだ。
しかも記憶を保持した状態のまま。
今日から高等部へ入学ってことは、おそらく16歳。いや、まだ15歳くらいか?
どの道だ。
「もう、あのクソッタレの日々から抜け出したことに変わりねぇんだ……クククッ」
鏡に映る自分に言い聞かせるように、俺は不敵に微笑んでいる。
「兄さん……どうしたの?」
ん? なんかうっせーな。
まぁ、いい。
俺はとっとと高等部の制服に着替え鞄を持ち、一人で学院へと向かう。
「兄さん、待って!」
後ろから、メルフィが後を追ってくる。
「…………」
「兄さん! 一体どうしたの!?」
「…………」
「ねぇ、兄さん!」
メルフィが俺の腕を掴もうとする。
「――俺に触るなッ!」
「ひっぐ!」
メルフィが驚き立ち止まる。
俺は構わず先へ進もうと歩く。
昨日、こいつに言われた台詞を思い出す。
【そんな人でも、一度は兄と呼んだ人……情けなさ過ぎて見るに堪えられません】
――そうだ。
こいつは妹なんかじゃない。
所詮は赤の他人だ。
もう構うことはない……。
どうか好き勝手に生きてくれ。
「……えっぐ、兄さん……兄さん、ごめんなさい、ごめんなさい……うぇぇぇ」
メルフィは一人、道端でぽっつんと佇み肩を震わせて泣いている。
チラッと振り返った俺は、その光景を見て初めて『ある重大な事』に気づいた。
慌てて引き返し、メルフィに近づく。
「す、すまん、メルフィ! そうだなよな!? 俺がどうかしてたんだ!」
「に、兄さん? ……ぐすん」
「そういうつもりで言ったんじゃないんだ……どうか気にしないでくれ」
俺は過去に戻れて舞い上がりすぎて肝心なことを忘れていた。
五年前に時間が戻っているってことは、メルフィとの関係も戻っているってことだ。
あの愛しくて可愛かったメルフィに――。
だから今の彼女に未来の出来事で当たり散らすのは間違っている。
この子が謝っていることだって決して未来のことじゃなく、俺を怒らせたと思っての謝罪だろうしな。
でも――。
俺には未来でのトラウマがある。
あの糞みたいな未来での記憶が鮮明に残っているんだ。
こいつらが俺にしてきた数え切れないほどの仕打ち。
無能者だと虐げられ、冷遇され差別され、下手をしたら人間として見てもらえなかった屈辱の日々。
――駄目だ……やっぱ、そう簡単に消えるもんじゃない。
いくら今のこいつが悪くなくても、頭ではわかっていても気持ちが許せない。
だけど、急に掌を返すのも不自然だよな。
こいつが未来で俺にしてきたように、俺もこいつとゆっくりと距離を置く必要がある。
幸い高等部の寮は男女別々だからな。
――今だけは義理の兄妹を演じよう。
俺はハンカチで、メルフィの涙と鼻汁をそっと拭ってやる。
「……メルフィも飛び級で今日からスキル・カレッジに行くんだろ? いつまでも俺とばっかり一緒にても駄目だと思ったんだ。メルフィのためにも、お互い少し距離を置いた方がいいんじゃないか?」
「でも、でも私は兄さんと一緒にいたいです! ずっと一緒がいいです!」
必死な顔で俺に訴えてくる、メルフィ。
思わず胸がキュンと疼いてしまうようなことを言ってくれるじゃないか。
だが五年後の未来じゃ、俺に向けて「こんな無能な奴を兄と呼んでいた自分が情けない」って堂々と切り捨てやがったからな。
その割にはこいつ、「ロウ」っていう苗字だけは捨てなかったけど……。
俺は複雑な胸中を秘め、メルフィと一緒に学院へと向かった。
───────────────────
【うんちくメモ】
◆種族
ガイアティアの世界に存在する文化と文明を持つ種族達であり、総称して「知的種族」と呼ばれている。
≪種族種類≫
・人族:俗に言う人間である。最も数が多い種族であり、「知的種族」の大半を占めている。
・妖精族:エルフ族、ドワーフ族など。本来は森や山に存在する「妖精界」に住んでいたが、『竜』に大半の地を奪われてしまっため、人族と共同で文化を築いている。
・妖魔族:
・獣人族:二足歩行する獣の姿をした種族。知的種族の中で最も高い身体能力を持つ。普段は温厚で大人しいが、満月になると本能が覚醒するなど厄介な部分もあり共存するため、何らかの手段で抑制している。
〇その他
・同じ知的種族でも、知能の低い種族(ゴブリン、コボルト、オークなど)は、『竜』に洗脳され餌やあるいは手駒兵として配置されているケースが多い。
〇武器や防具
・剣や魔法、盾や鎧、火薬と銃火器といった武器類を駆使して『竜狩り』を行っている。
──────────────────
お読み頂きありがとうございます!
もし「面白い」「続きが気になる」と思ってもらえましたら、
どうか『★★★』と『フォロー』のご評価をお願いいたします。
【お知らせ】
こちらも更新中です!
『今から俺が魔王です~クズ勇者に追放され殺されたけど最強の死霊王に転生したので復讐を兼ねて世界征服を目指します~』
↓
https://kakuyomu.jp/works/16816452218452605311
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます