第2話 刻の鼓動




 ――勇者パーティを抜けて逃げる。



 これまで何度も思った。


 けど多額な借金を背負うか、下手したら叛逆者として国を追われてしまう。


 だから中々踏み込めなかったんだ。


 しかしもう、こんな生活はうんざりだ!



 雑用係ポイントマンに『竜狩り』させる糞パーティなんかにいられるか!?


 おまけに俺が必要以上に仕事をこなそうとも、誰も感謝する奴はいない。

 自分らだけいいように盛っているんじゃないのか!?


 唯一の心の支えであるユエルも所詮、ウィルヴァの実妹。


 英雄と呼ばれた男の妹であり神官の聖女様が、雑用係の俺とこの先どうこうなるわけがないんだ。


 このまま、こんなパーティにいても惨めなだけじゃないのか?


 連中に虐げられまま、無能呼ばわりされていいのか?



 ――この世界は、特殊スキルを持つ者が全てだ。



 より、レアスキルを持つ者だけが優遇される世の中だ。



 それに、いつまでもこんな所にいたら、さっきのようにアリシアに嬲られ殺されるかもしれない。


 いいや、あいつだけじゃない。


 他の女共だって似たような連中ばかりじゃないか!?


 ユエルだって……寄り添ってくれるけど仲裁に入るほど度胸がある子じゃない。


 兄である勇者のウィルヴァが見るに見かけて止めにはいるだけ。

 それはリーダーとしてパーティ内の揉め事を諫めているだけに過ぎない。


 考えてみろ。


 ウィルヴァが引き抜いたのも案外、俺を蔑み優越感に浸りたいだけかもしれない。


 惨めな俺を影で嘲笑うだめだけの道具として……。



 ――これまで蓄積された記憶が蘇ってくる。


 誇りを打ち砕かれ。尊厳を奪われ。除け者にされ。虐げられた屈辱の数々。


 物事に悲観しながらも、ずっと堪え続けていた日々。


 おかげで黒髪が白髪交じりになり、夢や希望ごと灰色に染められた青春と貴重な時間。



 そして、あの女の言葉。




 ――無能者め!




 俺の中で『何か』が切れる。



 ………………抜ける!



 俺はパーティを抜けるぞ!


 国を追われてもいい、お尋ね者になろうと、誰もいない土地で生きてやる!


 冒険者として生きられなくても、この技能スキルだけで十分にやっていける筈だ!



 そうだ! 俺は自分だけのスローライフを目指すぞ!




 俺は無我夢中で暗闇の中を駆け出した。



 どれだけ走ったのかわからない。


 最早そういったことすら関係なかった。

 

 今の俺はただ。


 ようやく、あの糞パーティから抜け出し解放感に包まれている。



 このまま地の果てまで逃げてやろうと思った。





『――ようやく決心したな』



『自分を変えようとする決心を――』



 なんだ?


 俺の頭の中から声が響く。


 男か女かわからない。

 不自然に加工された声だ。


 俺は走るのを止めて立ち止まる。


「誰だ!?」


 問うも声は答えない。


 それに周囲の様子がおかしい。

 いくら見渡しても真っ暗だ。


 索敵スキルを発動するも周囲には誰もいない。


 まるで永劫に続く深淵の暗闇……そう思えてしまう。



『……それでいい。汝は無能者では決してない』


「無能者ではない?」


『汝は自身の真の力を知らず目覚めてないだけだ』


「俺の……真の力だと?」


『さぁ、ときは開く――』


 声と同時に、俺の目の前で巨大な何かが円卓のような物体が出現する。


 まるで巨大な『懐中時計』のような形だ。


 懐中時計は真っ二つに割れ、軋む音を立て門のように開く。

 中は一見して空洞のようになっている。

 よく目を凝らすと、紫や青のような渦が巻いており、中心部に小さな光が見えた。


『暗闇という迷走の時間を抜けた時、全てが終わり――そして始まる。それは新しい物語……いや遡及そきゅうした世界への誘いである』


「遡及だと? つまり過去に戻るって意味なのか!?」


『そう、これは「やり直し」なのだ、クロック・ロウ――』


 瞬間、俺は自分の意志とは関係なく、門の中へと吸い込まれる。



 バタンっと、背後から門が閉められる音が聞こえた。


「なんだ!?」


 俺の身体は物凄いスピードで渦の中へと進んでいく。

 中心部の光が次第に近づいてきた。


 また頭の中から、あの声が響いて来る。



 実は俺の自身の心の声が語りかけてくるような感覚。


 この声の主は、ひょっとして俺自身なのか?


 不思議にそう思えてしまっている。



 ――そうだ、それでいい。



 汝は何も疑念を持つことはない。



 何も怖がることはない。恐れることはない。



 これから行く道は、汝が本来進むべき道、向かうべき道。



 しかし遡及の世界で何をしてどうするかは、汝次第。



 汝の選択で世界が始まり変わる。



 そして汝は気づくだろう。



 変わるだろう。



 本来の自分を知るのだ。



「本来の……俺?」



 そう。



 汝は『ときの操者』。




 刻を支配する者――




「刻の操者? 俺が……――?」



 そして、俺の全身が光に包まれる。



 眩い光輝が視界を一杯に広がり、自分という存在が浄化されていく感覚に見舞われる。



 意識が薄れていく……だが、そこに恐怖はない。



 寧ろ、鳥籠とりかごから脱出したような解放感、羽根を広げて飛び立つ鳥になった気分だ。




 こうして、俺の身体と意識は完全にクソッタレの世界から消失する。




 ドクン、ドクン、ドクン――……




 最後に聞こえたそれは、何かが刻み脈動する音。




 ときの鼓動だったのかもしれない。






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