第1話 虐げられる日々




 無能者。


 つい先程、アリシアに言われた台詞が脳裏に過る。


 ……かもしれない。


 俺はずっと自分の特殊スキルの低さに引け目を感じている。



 『竜』がこの世界の半分以上を支配していた時代。


 俺達のような冒険者が『竜狩り』をすることになった。


 そして、目の前にいる連中は全員が『王立恩寵ギフト学院』を首席で卒業したエース級の奴らばかりだ。

 

 劣等生と言われ続けていた俺なんかとはまるで違う。



 にも関わらず、なんで俺が栄えある『勇者パーティ』のメンバーに選抜されたかというと。

 一つは、雑用係ポイントマンとしての必要な『技能スキル』を修得し、ほぼカンストに近い高レベルまで引き上げていたことにある。


 技能スキルとは、特殊スキルとは違い職種や訓練に応じて獲得できる能力である。

 レベルは10段階まであり、10に近づくほど熟練度が高いとされている。

 (例:剣術Lv.1 炎系魔法Lv.10)


 また予め備わっている特殊スキルと違い、技能スキルは修行次第で幾つでも修得することが可能だ。

 但し職種によって得られにくいスキルも存在する。


 そしてもう一つだけ理由がある。


 ――勇者であり、リーダーであるウィルヴァの推薦によるものだ。


 この超エリートの男が何故、劣等生である俺を引き抜いたのか今となってもわからない。

 声を掛けられた当時から他のパーティメンバーを見て、ゾッとした俺は何度か断ろうと思った。


 しかしミルロード王国から選抜された勇者の誘いを断るという事は、最高の栄誉職を拒むということ。

 つまり国の威信に傷つける行為である。

 そうなれば、これまで援助を受けた費用の全額を弁済しなくてはならず、とても俺が支払える金額ではなかったからだ。


 だから俺は拒む権利もなければ、パーティを抜け出すこともできない。

 もし逃げてしまえば、きっと裏切り者として国を追われるだろう。



「クロウさん、お怪我はありませんか?」


 優しい声で、唯一俺の安否を気遣ってくれる少女、いや女性がいた。


 純白の神官服を身に纏う、華奢で大人しそうな聖女。

 どこか影を帯びた神秘的な雰囲気を持つ。

 少しウェーブが入った長い銀髪に、左右の瞳が異色のオッドアイ。

 左の瞳が赤色で右の瞳が紫色である。

 エルフ族に負けない乳白色の肌に、可愛らしく綺麗な容貌。


 ――彼女は、ユエル・ウェスト。


 神官であり、勇者ウィルヴァの双子の妹だ。

 だから顔立ちの特徴が良く似ている。


「あ、ありがとうございます……俺は大丈夫です」


「でも擦り傷とか怪我をしているわ。よく見せて……」


 ユエルは言いながら、俺の腕を取り回復魔法ヒーリングを施してくれる。


 優しいなぁ……。


 このパーティの中で唯一まともで、俺にとってはオアシスのような女性だ。

 彼女がいるから、俺はまだ踏み留まれるのかもしれない。




 それから。


 俺は雑用係ポイントマンとして、討伐したレッド・ドラゴンの解体作業に入る。

 手際よく終わらせ、直ぐに野営の準備を行った。


 テントを張り、火を起こして調理作業に入る。

 丁度、辺りが薄暗くなった頃、夕食の準備を終えた。


 この作業をしている時だけは誰にも文句を言われない。

 いや言わせないね。

 だったら、テメェらがやってみろってんだ。


 そう思っていた矢先、パーティ達がどこからか戻って来た。



 ちなみに、この女共は戦闘中以外でちょくちょく姿くらませる。

 あの勇者ウィルヴァもな……。

 

 あいつらが男女の関係なのかわからないし興味もない。


 全員、男なら手を出しても可笑しくない魅力的な美女達だ。

 だが性格が最悪すぎる。

 いくら見た目が最高でも……ってやつだ。


 それに俺は、ずっと前からユエルに密かな想いを……。


 しかし、ユエルも他の女達と同様に姿が見えない。


 いくら英雄色を好むと言ったってまさか、実の妹にまで手を出さないだろう。


 まぁ、全部俺の憶測だけどな……ぶっちゃけ、どうでもいい……。




 パーティ達全員が焚火の前で囲み、食事をしながら楽しそうに談笑している。


 以下がパーティの面々だ。


 勇者パラディンのウィルヴァ。


 女騎士ナイトのアリシア。


 魔道師ウィザードのメルフィ。


 弓使いアーチャーのディネルース。


 拳闘士グラップラーのセイラ。


 神官プリーストのユエル。


 最後に、雑用係ポイントマンの俺こと、クロック・ロウ。



「しかし、ウィル殿の状況判断は見事であったな。流石、私が忠誠を誓った主だ」


「アタイはずっと信じているさ。ウィルとは何せ中等部からの付き合いだからね」


「このままウィルさんについて行けば、最高の名誉と言われた『竜殺しドラゴン・スレイヤー』の称号も夢ではありませんね」


「本当、ウィルって凄いね~。誰かとは大違い~、にしし」


 最後に糞ビッチエルフが、俺をチラ見しながら嫌味臭いことを言ってきやがる。


 チッ、好き勝手言いやがって……。


 今に見てろよ。っと言いたいがこいつら実力だけは本物なんだ。


 全員がSR級のレアスキルを持つ者ばかり。


 とても俺なんかが歯が立つ相手じゃない。



 こいつらと出会って、かれこれ五年……『王立恩寵ギフト学院』からの付き合いだ。

 勇者パーティとして組まされ、二年の月日が流れている。


 その間、俺の周りで色々あり、ストレスが溜まりに溜まってしまう。

 おかげで唯一自慢だった両親譲りの黒髪が白髪だらけになり灰色になっちまっている。


 ――いつまでも、こんなことしているのか?

 

 毎日、自問自答する日々だ。



 俺がそう考えていると、女達が「今日は誰がウィルヴァと同じテントで寝る」っていうような内容になった。


 そのウィルヴァはいつも平和そうに笑っている。

 ある意味、準備OKってか?

 中性的な顔している癖に絶倫かよ……こいつ。


 無関係な俺は居づらくなり、自分の食事を持って場をそっと離れる。


 本当にどうでもいい……。


 流石の好色勇者様も実の妹だけはないだろう。似たような顔をしているし。

 つーか、流石に誰か止めに入るんじゃないか?


 ユエルにさえ危害がなければ、他は自由にやってくれ。


 俺はそこまで関与しないし興味もない。


 しかし、ここに居づらいのは確かだった。




 俺は岩陰で食事を取り終えた頃、何故かあの女が近づいてきた。


 アリシアだ。


「クロウ……貴様、何故勝手に持ち場を離れる?」


「いえ、皆さんが寝られるお話をされていたので、これから見張り番をしようかと……」


「そうは見えんな。大方、我らの待遇で不満を持ち拗ねたと言ったところか?」


 糞女が……何が言いたいんだ、こいつ?

 だが、いちいち構ってられない。余計なストレスが増えるだけだ。


「私のような者がまさか……自分の立場くらい存じておりますよ」


 俺は荒波を立てないよう出来るだけ穏やかな口調で言う。


 しかし、アリシアの目の色が変わる。

 俺の胸ぐらを掴み、顔を近づけて睨みつける。

 女とは思えない物凄い力でまともに息ができない。


「貴様は悔しくないのか? 男だったら立ち向かってみろ!」


 この女……無茶苦茶言いやがって。


 男だろうと、『竜』の頭部をいとも簡単に真っ二つできる女に立ち向かえるわけがないだろ!?

 

「アリシアさん、その辺にしてください」


 魔道服ローブを着た黒髪の女が近づいてくる。


 メルフィ・ロウ。


 俺にとって義理だが二つ年下の妹でもある。


「そんな人でも、一度は兄と呼んだ人……情けなさ過ぎて見るに堪えられません」


「あい、わかった……魔道師殿」


 アリシアが手を離し、俺は地面に蹲り呼吸を整える。

 危なく窒息するところだった。


 そして、二人は何食わぬ顔で去って行く。


 俺はただ跪き、彼女達の背中を恨めしそうに見つめることしか術がなかった。


 もう嫌だ……こんな生活。


 こんな連中……。


 俺はもう――逃げたい。






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