第8話 初めての異能力戦


 


「行くぞ!」


 アリシアはバスタード・ソードを構えて突進してくる。

 一気に畳み掛けるつもりだろう。


 はっきり言って、俺の剣技だけではこの女には勝てない。


 いくら高いレベルの技能スキルを持っていようとだ。


 アリシアの家は代々の貴族家系で父親は豪傑の騎士団長で、彼女も幼少の頃から英才教育で鍛え込まれている筋金入りの剣士だ。


 おまけに天武の才もある。

 いくら技能スキルを高めようとも、本物の天才には勝てないだろう。


 しかもアリシアはレアリティが『SR』級で、相当高い特殊スキルを持っているらしいからな。


 らしい……。


 そうだ。


 俺も五年先の未来まで、この女とずっと行動を共にしていたにも関わらず、実際にこいつのスキル能力は見たことがない。


 あの勇者パーティの中で知っている特殊スキル能力者達と言えば、よく俺を囮として組まされていたリーダーのウィルヴァと奴の妹であり回復系ヒーラーのユエル、そして義理の妹であるメルフィだけだ。


 俺が知らない背景はただ除け者にされているからだけとは言えない。


 パーティ連中にとって『特殊スキル』に関しては、たとえ共に戦う仲間だろうと易々と見せない歪な側面もあった。


 今思えば案外、連中も表面上の仲間であって信頼感に欠けた間柄だったのか?


 まぁ、どうでもいい。


 ――戦いに集中するぜ。




「かかって来やがれ、糞女ッ!」


 と、俺は挑発しながら右手に握るブロード・ソードの剣先を床に突き立てた。



 アリシアが踏み込んでくるのを見計らい、剣を離して後方に下がる。


 彼女が踏み込んだ瞬間――。



 バキィッ!



 床が陥没し、アリシアの下半身がずっぽりと床穴にはまる。


「何だと!? 床が腐っている!?」


 アリシアは穴から抜け出せず驚愕している。


 そう。


 俺の特殊スキル、《タイム・アクシス時間軸》で『床板の耐久時間』を奪い、瞬時に腐敗するまで老朽化させた。


「まずは一撃目だな!」


 俺は歓喜の声を上げ駆け出す。

 身動きの取れないアリシアに向けてブロード・ソードを振り翳した。


 しかし何を思ったのか。


 アリシアは手にしていたバスタード・ソードを天井に向けて投げつける。

 剣はくるりと回転し、一瞬で高い天井に深々と突き刺さった。


「何の真似だぁ!?」


 問いながらも、俺は剣を振う。



 が――



 瞬間。



 アリシアが姿を消した。



「消えた!? 嘘だろ!?」


「――嘘ではない」


 頭上から凛とした声が聞こえる。


 俺は見上げると、アリシアが天井に突き刺さった剣のグリップを片手で握った状態でぶら下がっていた。


「飛び跳ねたのか? いつの間に……?」


「貴様……クロック・ロウと言ったな? さっき床板が腐り陥没したのは……貴様の特殊スキル能力か? だが貴様はEクラス……対したスキル能力はない筈だ」


「降りてこい、テメェ! 次こそ一撃を食らわしてやる!」


 クソッ! 


 何だよ!? 今のがアリシアのスキル能力!?

 まさか高速移動か瞬間移動の能力を持っているとか!?


 いや駄目だ、落ち着け……俺ッ!


 安易な憶測は危険だ。


 ここは冷静に考えろ。


 あの女より、俺の方が『未来』という実戦経験の記憶と技能スキルが上なんだ。


 ……そうだ見極めろ! アリシアの能力を!



「いいだろう、降りてやるよ」


 アリシアは淡々と言い、突き刺さった剣が天井からすっぽりと抜けて降りてくる。


 俺はその瞬間を見逃さず、両手に握られた二剣を振るう。


 だがしかし。



 スッ――……



 アリシアは鼻先の寸前で後方へと身を躱した。


 それは物凄い速さであり奇妙な動きだ。

 まるで何か強い力で後ろへと引き寄せられたようだ。


 実際、アリシアは両足を一歩も動いていない。

 寧ろ床の上を無音で滑り、そのまま後退したように見えた。

 


「な、なんだ!? 今のが、アリシアのスキル能力か!?」


 俺が驚愕する中、アリシアは壁側まで後退していた。

 こちらと距離を保ちながら回り込むように出入口の扉側へと移動する。


「教えんよ。貴様のスキルとて得体が知れなさすぎる」


 アリシアは言うと、今度は綺麗な足取りで真っすぐ近づいてきた。


「――少し本気を出そう」



 ガッ!



 瞬間、俺の背中に何かがぶっかってきた。


「痛ッ!?」


 チラ見して確認する――椅子だった。


 片づけた筈の椅子が、俺の背中を強く打ちつけたのだ。

 てっきり誰かに背後から投げらつけられたかと思った。


 無人……誰もいない。


 俺の真後ろ側には片付けられ積み重なっている椅子とテーブルしかない。


「兄さん!?」


 離れた場所で見守るメルフィが叫ぶ。


 俺は前方から迫って来る気配を感じる。


「――まずは一撃目だ!」


 アリシアが突進し剣を振るった。



 ゴォッ!



 俺の胸に一撃が浴びせられる。


「ぐっ、ちくしょう――!」


 俺は後方へと吹き飛ばされた。

 強打された痛みよりも、あの女にしてやられた悔しさの方が遥かに大きい。


「あと、二撃で貴様の負けだな」


「うるせぇ! 勝負はまだ終わっちゃいねぇ!」


 クソォッ! さっき椅子攻撃も、この女のスキル能力か!?


 跪く俺の前で、アリシアは厳めしく立ち高圧的に見下げてくる。


 マジで五年後の未来と変わらないムカつく女……。


「クロック・ロウ、もう勝負はついている! すでに貴様は私の支配下にあるのだ!」


「何だと!?」


 宣言された瞬間、俺はある異変に気付く。

 

 ――さっきの椅子が、まだ俺の背中にくっついていたのだ。


 何だ、これ……離れない?



 ドッ!



「うぐぅ!?」


 今度は大きな食卓テーブルが背後を叩きつけてきた。

 しかも椅子同様に離れない。


「バカな、これは!? ぶっ――!」


 突如、顔に布が覆われる。


 うわっ、牛乳の臭いだ……。

 さっき、アリシアが俺に投げつけたハンカチじゃねぇか。


 俺はすぐ付着したハンカチを取り剥がす。

 だが何かに引っ張られるように、すぐくっついてしまう。

 しまいには、口や鼻を塞いでくるので息が苦しくなる。


 おまけに超牛乳くせぇ!


「これが……これがアリシアのスキル能力なのか!? 何なんだ、これは!? まるで『磁石』のようにくっついて――ま、まさか!?」


 俺の気づきに、アリシアがほくそ笑む。


「やっと気づいたか? 我が特殊スキル、《磁極騎士マグネティック・リッター》は触れた生物や物質に『磁石効果』を与える能力。無論、剣撃でも効果を与えられるからな。つまり貴様の身体は磁力と化しているのだよ」


 ――磁力を与えるだと?


 そうか!


 先程の椅子攻撃も、予め触れて磁力と化した椅子と能力者のアリシアとの間に俺が立っていたから、挟まれる形で食らってしまったのか?


 そして、あの胸の一撃で、俺は磁力を与えられたんだ。



 ――《マグネティック・リッター磁極騎士》。


 これが、アリシア・フェアテールの能力!



 クソッ!


 やっとこ全貌が見えてきたってのに……。


 いや違う。


 アリシアは自分が勝ったと思って自らネタバラシしてきたんだ。


 俺も絶望させて敗北感を与えるために――


 未来でも、こいつはそういう女だ。



「今楽にしてやる、クロック・ロウ!」


 アリシアは剣を振り上げ迫って来た。

 奴は完全に勝った気でいる。


 ――だがよぉ。


 お前は知らねぇ!


 俺の特殊スキル能力を知らねぇ!



「《タイム・アクシス時間軸》!」


 俺は右手でテーブルと椅子を触り時間を奪う。

 木材である二つの物体は一気に老朽化され、粉々の木屑となった。


 そして、顔にへばりつくハンカチを左手で掴み、原料の綿に戻しつつ、さらに逆行させて『無』へと消滅させる。


「アリシアッ!」


 俺は頭上に向かってくる剣撃を、両剣でクロスさせる形で受け止め軌道を逸らす。


「何だと!?」


 アリシアは自慢の剣が、あっさり受け流されて動揺する。

 

 当然だろ?


 いくら剣の才能があろうと、実戦経験では五年後の記憶を持つ俺の方が上なんだぜ。


 予めわかっている一撃くらいなら、なんとかなるんだよ!

 技能スキルを舐めるんじゃねぇぞ!


 しかし、俺が施したのはそれだけじゃないぜ!


「か、身体が動かんぞ!? これは……!?」


 アリシアは剣を振り下げたままの状態で微動だにしない。


「俺の特殊スキル、《タイム・アクシス時間軸》の能力だ。両手での同時接触は相手の時間を奪い動きを停止ストップさせる。既に人族ごろつきで実験済みだぜ……アリシア、その様子だと全てが停止ストップされたんじゃなく、止められるのも一つのカテゴリーだけのようだ。喋ったり考えたりするくらいは可能ってわけだな……」


 俺は停止ストップ中のアリシアに向けて説明しつつ、改めて能力効果を確認する。

 我ながら恐ろしいスキルだと自覚しながら。


「き、貴様の能力は!?」


「教えねーよ――食らえ!」



 バシィッ!



 俺は剣を薙ぎ払い、ようやくアリシアの腕に一撃を与えた。






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