第184話 戦慄する魔竜と裏切り者

 

 カァッ



 勇者サリィの掌が眩く光輝が放たれ消失した。


 直後、魔竜ジュンターは胸部に違和感を覚える。

 そこにあって当然のモノが失ってしまった感覚に襲われた。

 無論、超硬質な鱗に覆われた箇所に損傷など見られない。


 しかし決して比喩ではなく、本当に奪われていたのだ。


 束の間、ドスンと地響きを鳴らして落下した深紅色の塊があった。

 脈打っていたそれは外気に触れることで硬質化され、巨大な宝石のように鮮やかな光沢を発する『ドラグジュエル』となる。


 そう、それこそが魔竜ジュンターの心臓――。


 いつの間にか、勇者パラディンサリィによって抜き取られてしまったのだ。

 彼女が放った特殊スキル、《強奪者の強制転換ロバリー・コンバージョン》の能力によって完膚なきまでに――。



『バァ、バカな! お、俺の心臓がァ、心臓が盗まれただとぉぉぉぉ!!!?』


「どうよ! これが知的種族の、あたしの力よ! 思い知ったか、害悪なる魔竜めぇ! って――どうして心臓を奪ったのに生きてんのよぉ!!!?」


 限界地点まで跳躍したサリィは、当然ながら引力により下降し地面に着地した。

 通常なら大怪我してしまうレベルだが、魔法で身体強化を施していたことと盗賊シーフならではの技能スキルにより地べたで転がることで衝撃を軽減させ無傷だ。


 だが酷く驚愕し戦慄していることに変わりかった。

 何せ生物なら誰もが弱点となる筈の心臓を抜き取ったにもかかわらず、魔竜ジュンターは健在だからだ。


 思わぬ奇襲にパニックする、魔竜ジュンター。

長い首を左右に振るい、両翼を掲げて今にも飛び立ちそうな勢いを見せていた。


 だが、


『クソォ! 思うように力が入らねぇ……一つだけの心臓じゃ血液の循環が上手く行かず、力が発揮されねぇのか!?』


 心臓が一つだけだと?

 まさか、このエンシェントドラゴンは……。


 サリィはピーンと何かを察した。


「アンタ、元々心臓が二つある生き物なのね! 信じられないけど、それだけ巨体を動かすのなら、そういう身体の構造だって割り切るわ! 所詮、得体の知れない竜だしね! それに一つ奪ってやったことで力が半減しているようなら、まだまだあたしに勝機があるってことよん!」


 知的種族達にとって、エンシェントドラゴンの生態は未知の部分が多い。

 歴史上、何頭か屠られた実績があるも属性やタイプによっては肉体構造がバラバラで能力も多様だ。

 ただ高い知性を持ち、他の竜やモンスターを従わせるカリスマ性を宿す巨大な竜、そう認識されていた。


『ぐっ、駄目だ! 炎も上手く蓄積できねぇ、体の動きも鈍い……空を飛べねぇんじゃ、あのちょこまかした奴を相手にするのは難しいぞ――ぐわぁぁぁぁ!!!』


 突如、魔竜ジュンターは絶叫し、地面に片膝をついた。

 右側の片足が動かない?

 足自体は至って無傷なのに力が入らなくなる。

 咄嗟に何かされたことに気づいた。


『……右足の骨がないだと!? 足の骨がぁ! 俺の右足が奪われちまったのか!!!』


 気がつくと地面には、大木のようなそれっぽい白骨が転がっている。

 血液は一切付着されていない、まるで何日も風雨にさらされた綺麗な状態だ。


 すぐ近くには、サリィが佇み不敵に微笑んでいる。


「――これが《強奪者の強制転換ロバリー・コンバージョン》ッ! 1分よ! 1分のクールタイム後に再び特殊スキルが使えるようになるわ! こうして一つずつ、アンタから何かを奪ってやる! 長期戦上等よ、覚悟なさい!」


 そう断言し、小瓶に入った回復薬ポーションを一気飲みした。

 特殊スキルの源である『魂力』を回復させる、超高級な特殊魔道具アイテムだ。

 

 これからサリィは自身を回復させながら、真綿で首を締めるが如く魔竜ジュンターを追い詰め確実に仕留めようと行動に移していく。


『ひぃぃぃい! 来るなぁ!! こっちに来るんじゃねぇぇぇぇ!!!』


 奪われていく恐怖に、至高の存在である筈のエンシェントドラゴンこと魔竜ジュンターは戦慄し悲鳴を上げた。



◇ ◇ ◇



 それから数分前に遡る。



 ――ドォォォン! ドォォォン! ドォォォン!



 遠くから激しい爆音が何度も木霊している。


 きっと勇者パラディンサリィ率いるパーティ達が暴れているのだろう。

 だが今の俺達には他人の戦いを気にしている余裕などなかった。


 何故なら、目の前にいる敵の黒騎士が……未来では『黄金の勇者』として名を馳せた嘗ての好敵手ライバルであり目標であり、そして友と呼ぶまでになった男。


「――ウィルヴァ・ウエストだと?」


 俺の問いに、鉄仮面の兜で素顔を隠している黒騎士が首肯する。


『その通りだ、クロウ君。久しぶりだね……元気そうじゃないか?』


「本当にウィルヴァなのかよ!? お前、何やってんだ!? 何故、俺達を裏切った!? どうして竜守護教団ドレイクウェルフェアに寝返ったんだよぉぉぉ!!!?」


『当然の質問だね。けど今は答えることはできないんだ……ごめんよ』


「あれほど勇者パラディンを目指していたお前がどうして? ランバーグ公爵に何かされていたのか!? 答えろよぉ!!!」


 俺は激しく言及する。

 鉄仮面越しにせよ、穏やかな声質と口調はまさにウィルヴァ本人だ。

 それだけに、余計冷静などいられる筈がない。


『だから答えられないと言っているだろ? ただ言えることは、僕が全てを捨てたのは「創世記ジェネシス計画」のためだ。その為にランバーグ公爵に……祖父に協力してもらったのさ。それは祖父の悲願でもあったからね』


 黒騎士ことウィルヴァの言動に、俺は眉を顰める。


「祖父? ランバーグ公爵が……やはり母親は『ポプルス村』のラーニアって人か!?」


『うん、キミ達にもそれなりの情報が得られているようだね、ユエルからかい? けど、あの子は何一つ計画に関与していない。その資格がない子だからね……あくまで実行犯は僕ともう一人の妹だけさ』


「レイルだろ? 目に見えない謎の妹……いったいなんのために、こんな真似しているんだ!? 『創世記ジェネシス計画』とはなんだ!?」


『その問いにはまだ答えられない……近いうち、必ずキミに全ての真相を話すよ。けど今は無理なんだ。頼むから今回は退いてほしい』


「退いてほしいだと!? そっちがエンシェントドラゴンをけしかけ各国を襲い、さらにミルロード王国まで襲おうとしているんだろうが! 勝手なこと言ってんじゃねぇぞ!」


『こっちも予め用意されたシナリオがあるんだ。それに各国を襲っていたのは、魔竜ジュンターの特訓代わりでもある。彼はエンシェントドラゴンとして知性を得て、まだ間もない赤子のような存在だからね。現にネイミア王国といい、他国にだって侵略など一切しなかったろ?』


 なんだと、こいつ!?

 つまり成り立てのエンシェントドラゴンを鍛えていたってのか!?

 竜守護教団ドレイクウェルフェアとウィルヴァが!?


 わからない……いったいどうなってやがる!?


 俺が困惑する中、ウィルヴァは『それにね』と話を続けてくる。


『シナリオ通りに進まないと『創世記ジェネシス』の恩恵は得られない……僕にとって二度目の失敗はないんだよ、クロウ君』


「二度目の失敗だと!? ウィルヴァ、お前もまさか……」


 俺が言いかけた時だ。


 上空から何かが迫ってきた。

 ずっと待機していた三頭のエルダードラゴンだ。

 さらに地鳴りを響かせ、50体のモンスターが雪崩込み襲撃してきた。


「クロウ様、このままでは!」


 アリシアが叫ぶ。

 彼女達もリーゼ先生の思念で、黒騎士がウィルヴァであることは理解している筈だ。

 だが意外と動揺せず冷静に受け止めているように見える。


「んな裏切り者なんて放っておいて、ここは撤退した方がいいんじゃないかい、クロウ! あれだけの数、流石にアタイらだけじゃ無理ってもんさ!」


 嘗て中等部からウィルヴァに交流があり依存さえしていたセイラですら、割り切ったような反応を見せている。

 

「クロウ! みんなで逃げよう、ね!」


「兄さん、それもその裏切り者の罠です! どうか惑わされないでください!」


 ディネとメルフィも同じ意見のようだ。

 どうやら俺より、パーティ達の方が事態を客観的に受け止めている。


 ウチの女子達、みんな強ぇな……それに引き換えってやつだ。


 ――俺は力強く頷いた。

 

「了解した! 十分に役目は果たしたし撤退するぞ――ウィルヴァ・ウエスト! 次に会ったら、テメェをボコるじゃ済まさねぇ! せいぜい首を洗って待ってろ!」


 こうして潔く撤退を決断した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る