第38話 想い人からの依頼
なんだろう……少しだけ気まずい。
別に意識するようなことは一切ない筈なのに……。
彼女は疎か兄のウィルヴァとさえ別に揉めているわけでもないのに……。
未来の今頃じゃ、そのウィルヴァの周りを常に囲んでいた女子達が、今じゃ俺の傍で仲間として慕ってくれている。
なんかあいつから女子達を奪ってしまったような錯覚に陥ってしまっているようだ。
所謂、寝取ってしまった罪悪感。
いや、別にウィルヴァだって奪われたとは思ってないだろうし思える筈もない。
あくまで未来の記憶を持った俺だけが勝手にそう意識しているだけなんだ。
ユエルは俺と目が合うとにっこりと優しく微笑む。
「あら、クロックさん」
「や、やあ、ユエル……先日はどうも」
林間実習で彼女に命を助けられたので社交辞令として頭を下げる。
「いいえ、私は別に特別なことは……あら、セイラも? すっかりクロックさん達と仲良しになったのね?」
「まぁね。あれ、ウィルは一緒じゃないのかい?」
「ええ、お兄様は早朝から、お義父様に呼ばれて実家に帰っているの。きっと週明けまで学院寮には戻って来ないわ」
ウィルヴァの義理の父親か……。
確か名前は、ランバーグ・フォン・ウェスト。
この国の重鎮である公爵だっけ?
ウィルヴァも変わらず期待されているようだ。
未来でも、ウィルヴァが卒業と同時に『
反面、どういう理由かは知らないが、ユエルには冷たい人物だと聞いたことがある。
本来、養子縁組の話もウィルヴァだけだったようで、ユエルは兄が養子になる条件として引き入れてもらったって話だ。
当時のウィルヴァ本人から聞いた話だから間違いない。
どういうわけか、あの男は俺にだけよく家庭の事情など話していたっけ。
ウィルヴァの心境はわからないが、きっと「エリートの僕だって人並みに苦労してんだぞ」アピールなのかもしれないし、奴にとって俺だけが唯一弱味を見せられる相手だったのかもしれない。
何せ、それ以上に惨めな冷遇を受けていた男だからな。
なので、よく俺も「へぇ、そうっすかぁ」って、さらりと聞き流してやったもんだ。
「ユエルさん、どうしてギルドに? 実は冒険者だったのですか?」
メルフィが気さくに声を掛けている。
そういえば、この子はユエルと同じCクラスだったな。
「いいえ、わたしは冒険者じゃないわ。その逆で、ギルドにクエストを依頼しに来たの」
「クエストの依頼、ユエルが?」
「はい、クロックさん。お義父様からの御使いです」
ユエルは普通に微笑むも、俺は違和感を抱かずにはいられない。
義理とはいえ、彼女は公爵令嬢だ。
どんな依頼なのかは知らないが、普通ギルドへの依頼は使用人とかがやるもんだろ?
わざわざ義理の娘に行かせるなんて……。
双子だってのに、どれだけ兄貴と待遇差があるんだ?
そう、思い出した――。
俺がユエルに惹かれるきっかけも、どこか似ていると思ったからだ。
落ちこぼれの無能者としてレッテルを貼られ、周囲から冷遇されてきた俺と重なる部分があったから……。
だがユエルは俺なんかと違い、超有能で
「どんなクエストなのか、良かったら教えてもらっていいかい?」
「ええ、構いません」
ユエルは嫌な顔一つせず、俺達に依頼書を見せてくれた。
流石、公爵からの依頼書だけあり、上質な紙が使用されている。
これが以下の内容だ――。
〇古代遺跡洞窟の調査と探索
依頼主:ランバーグ・フォン・ウェスト
任務期間:2日間程度
報酬:参加者一名につき、100.000G
【依頼内容】
ミルロード王国から辺境にあるゼーガ領は我がウェスト家が所有する土地である。
そこにパーナという集落の村があり、近辺の森に古代より造られたとされる地下遺跡の洞窟が存在した。
数年前に一度、軍隊を差し向けて遺跡内部の調査をしており、住み着いていた魔物たちを一掃している。
だが、ここ一ヵ月前より「また何かが潜んでいる」という村人からの訴えがあり、数名の兵士達に調査させているが一向に戻って来ない。
そう簡単に軍隊を動かすことは出来ないので、ここは冒険者ギルドに調査依頼して様子を見てもらいたい。
【その他条件】
・あくまで調査と探索目的なので、ギルドランクは問わない。
・無事に生還し報告してくれる事でクエスト成功とする。
尚、諸君らの報告次第で再び軍隊を差し向けるか検討材料とする。
以上
「――古代遺跡洞窟の調査か。ギルドランクは問わないと書いているけど、ランバーグ公爵から直々となると成功率を高めるため、ギルドの方で忖度があるかもな……」
「忖度ですか?」
ユエルが可愛らしく首を傾げて見せる。
その仕草に、引き締まっていた俺の顔が自然と緩んでしまう。
他の女子達の手前、軽く咳払いをして、気持ちを切り替える。
「ギルド側が配慮して、より高いギルドランクを持つ冒険者に限定して配布するだろうってことさ。きっとランクA~Sの冒険者が対象かな?」
「そうなると、どうなってしまうの?」
「……う~ん。内容は調査と散策だけ、一人100.000G、つまり金貨一枚だ。高ランクの冒険者だと、中には物足りないと思う奴もいるかもしれない。おそらく引き受け手が見つからず、しばらく放置され時間をかけてランクを落としていくパターンかな?」
俺が説明すると、受付嬢のレジーナさんが頬を膨らませる。
「もう、クロックくん! それを説明するのはお姉さんの仕事だからね! ……まぁ、ズバリ当たっているけど」
「それは困ります……あまり長引いてしまうと、お義父様にわたしが何を言われてしまうか……」
ユエルは俯き難色を示している。
この子がこんな表情を見せるのは非常に珍しいことだ。
未来で俺が聞いていた以上に、彼女は義理父から冷遇を受けているのだろうか?
そう思った瞬間、脳裏にユエルと未来で交わした『
どれだけ女達から迫害を受けようと、ユエルだけは優しく労わってくれた日々。
彼女がいてくれたおかげで、俺は挫けずに頑張ってこれたんだ。
いつも可愛らしく清楚で美しく神秘的なユエル……いつからか俺は彼女に淡い恋心を抱いてしまった。
そういや、俺……。
未来で、ユエルにあれだけ助けてもらったのに、何一つお返しらしいことしたことがなかったな……。
林間実習だって、もろ彼女自身の命を分けて助けてもらっているし……。
ぐっと拳を強く握り締める。
「――俺で良かったらクエスト引き受けようか、ユエル?」
「クロックさんが?」
「ああ、まだランクDだけど……探索や偵察とかの技能スキルはカンストに近いから、下手な冒険者より自信あるよ」
おまけに今じゃ、SRの特殊スキルも備わっているからな。
「嬉しい……でも迷惑になりませんか?」
「そんなことないよ! 前に命を助けてもらったお礼だし……まぁ、依頼料は頂くけどね」
金貨1枚でも学生の俺にとっては大金だ。
実は割のいいバイトでもある。
「みんなも引き受けていいだろ? な?」
俺は仲間であるアリシア達の意見を聞く。
「え? まぁ……我が主がそう仰るのであれば……」
「はぁ……兄さん」
「ふ~ん……ボクは別に」
「いいけど、なんか釈然としないねぇ……」
あれ?
なんだろ?
女子達の反応がいまいちだぞ。
「どうした? ユエルとは同じ学院だろ? 困っているんだから助けてあげないと!」
俺がいくら呼び掛けても女子達はジト目で凝視してくる。
一瞬、未来で受けた扱いを過ってしまったが、また何か様子が違う。
「……妹殿。ここはクロウ様のご身内として、スパッと言ってもらえると嬉しいのだが?」
アリシアに振られ、メルフィは頷き一歩前に出た。
「――兄さん、さっきから鼻の下が伸びてますよ」
「え!?」
俺は咄嗟に鼻と口元を押さえる。
その反応に、女子達がより一層俺を睨んできた。
「ち、違うぞ! 俺は何もやましい思いは抱いてないからな! ただユエルに恩返しがしたいだけだ!」
つーか、俺がそういう気持ちを抱くようになったのも、未来のお前らが散々冷遇してきたことが発端なんだからな!
ああ、もう!
またトラウマが蘇ってきたじゃねぇか!?
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